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マスターと助手  作者: 佐久サク
助手の休暇
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第三話:☆

 浴場は大理石の豪勢な作り。

 薬湯やら浴槽も幾つもあって、これまた入口で腰にタオルを一枚巻いた姿で立ち尽くす。


「まだどこか身体の具合が悪いですか?」

「い、いや、そうじゃないよ」


 そこを心配そうにフィル君に問われて強く首を横に振る。

 その動きにしても身体の状態は良くなってきたなと気を取り直して、まずは砂を落とすべく洗い場に。

 蛇口からお湯を汲み頭から流して……と思ったのだが、どうも手に力が入らない。

 蛇口をひねる事はできたけれど、お湯の入った桶を持ち上げられそうにない。


「手伝いますよ」

「ありがとう」


 これは頼らないとどうしようもないと、フィル君の申し出には飛びついた。 

 風呂椅子に座り、首を後ろに少し傾け目を瞑る。

 「行きますね」とフィル君から声が掛けられての第一投、ザバリッとお湯が頭に掛けられる。

 それが二回目、三回目と続けられて髪に水分が行き渡る。

 砂はこれだけでも大分落ちたようで頭部の解放感を感じる。

 

「次はシャンプーで洗いますね」


 ボトルから出されたシャンプーの豊かな香りが漂った後に頭にふわりと泡が乗る感触がやってくる。

 手で泡立ててからと手順を守るのは細かな所までしっかりした青年だ。


 シャコシャコシャカシャコ……


 指の先で柔らかく刺激され、更に頭の上で泡立っていく様子が目に浮かぶ。 

 

 カシュカシュコシュカシュ……


 頭頂部から側頭部、そして後頭部と軽快に続く動きが気持ち良かったけれども、途中から消えていた痒みがまた呼ばれてきた。 


「痛くないですか?」

「痛くはないよ。むしろ、もうちょっと強くてもいいかな」

「後少し……と」


 緩いもどかしさを感じて、今日出会ったばかりの青年に注文をつけてしまう。

 彼はそれを気にする様子も見せずに刺激を強くする。

 使用されるのは指の腹から爪の先へ。

 獣人の爪と言えば武器にもなる物だが、彼のその先端は柔らかく、人間よりも爪を扱う事に慣れているからか、これが欲しかった刺激を存分に与えてくれていた。


 ガシュゴシュガシュ……

  

 旋毛の周辺を摘まむように爪が動き。

 

 カシュガシュカシュガシュ


 頭頂から側頭部へと前後に掻かれもする。

 それは耳の裏側にまで達して、その感触もさることながら、より大きく聞こえる頭皮を掻く音までもが快感を呼ぶようだった。


 カシカシカシカシカシカシ

 

 後頭部は片手の爪で横方向に小刻みな刺激で、意識の全てがそこへと引っ張られそうなくらいに心地良い。

 ふえ~っと目線は自然と斜め上へと向き、自分でも呆けてるなと自覚する。

 

「それじゃ流します、これはシャワーにしましょうか」


 流石高級ホテルの浴場で温水シャワーも完備されていた。

 自宅の浴室も完備であり、その生活に今では慣れきっている。

 仕事の旅先でシャワーのない事に不満を持つわけでもないが、いつも通りの事が出来る事への歓びは大きい。 

 ジャーっと温水が出る音が聞こえて頭へと近づく。

 泡が、汚れが、未だ残っていた細かな砂までもが、一斉に流されていく。

 邪魔者が何もかもいなくなった皮膚が伝える爽快感がたまらない。 


「砂が残っていないか見て行きますね」


 シャワーが止められて、フィル君の両手が頭にとやってくる。

 指の腹で髪を掻き分け頭皮を確認しているのだろう動きが続く。

 丁寧に丁寧に細かく細かく、僅かな汚れも逃すまいとの強い意思が伝わってくるかのようだ。 

 これが……凄くいい。

 獣人の掌の厚さ、その肉付きのおかげか、それが自然なマッサージになっていた。


「これで大丈夫そうですね」

「あ、いや……」


 そう思っていた所で指を外されて、つい間髪入れずに否定してしまった。


「どこか違和感が残ってます?」

「それはないんだけれど、もうちょっと続けてもらっていいかな。できるなら頭を掌で揉む感じで」

「あ、はい。いいですよ」


 フィル君はほんの一瞬だけ「どういうことだろう」との顔を浮かべたが、すぐに笑顔で頷く。

 本当に気持ちのいい青年であって、そんな彼を困っているわけでもない事に使ってしまう事には後ろめたさもあったが抗えなかった。


 ワシャガシカシュガシュ


 注文通りに厚い掌が俺の頭皮を掻き回す。

 指先で確認している時よりも一気に広範囲に。

 豪快な動きでありながら、その圧力は僅かだ。


 カシャカシュカシュカシュ

  

 頭皮に伝わる感触と熱。

 髪が擦り合わされる音。

 

 ガシュコシュガシュコシュ


 頭の両側を大きな掌が包み、時に早く時にゆっくりと回される。

 その触れ心地はどれも優しく、押し潰されてしまうとの恐怖感は全く起こらない。

 頭皮が小刻みに揺れて、その振動は脳へと伝わり、脳からは全身へと流れて、手の先や足の先までも震えてしまいそうだった。


「こんな感じで良いんでしょうか……」

「いいよ~」

「あ、あの、大丈夫です?どこか痺れているように聞こえて……」


 俺を心配しながらも手は止めずにいるフィル君。

 正解だった。

 身体は末端まで感覚を取り戻しつつあったが、意識は快感を残して他のものを痺れさせたかのよう。

 それは口には出来ないと判断する程度の理性は保つけれども。

 そして、「大丈夫、大丈夫~」と、やはり自分でも腑抜けていると思う声を出しながら、今の状況に浸って行った。 




 



 そんな頭のマッサージは凄まじく気持ち良く、まだずっとやっていてもらいたかった。

 けれども二人共ずっとタオル一枚は駄目だろうと、名残惜しくありながら終わりを決めた。

 そうしている内にも身体の麻痺は改善しており、後は自分で身体を洗って湯船へ。

 幾つもある浴槽の中で一番大きなものへ二人で並んで入る。

 塔の浴槽も大きく作ってあるが、これに比べたら小さなもの。

 これほどの大きなものは外出時ならではの楽しみだとゆっくり浸かり、温まった所でフィル君に話かける。  


「ありがとね。おかげで砂一つ残らず頭がすっきりだよ」

「お役に立てたようで良かったです」

「本当、これまでにない思いが出来たよ。実は最後の方はマッサージして欲しいなと、それだけで続けてもらっていたんだけど……」

「それでも僕は構いませんよ。しかし、そんなに良い物だったんですか?」

「類まれな才能を感じたね」

「こちらとしては何せ初めての事だったの怖々ともいうものでしたが、そう言われると今後は自信をもって行いますね」


 黙ったままではいられなかった俺の告白にも爽やかに答える彼に、こちらも気分晴れやかというもの。

 そのまま足先や指先を握ったり細かく動かして身体を確認する。


「身体の調子はどうですか?」

「もう問題ないかな。砂に倒れ込んだ時はどうなるかと思ったけど、今こうしてゆっくり出来ているから、俺にとっては良い旅の思い出になったよ。それでだけど、そちらは何をしていたのか聞いてもいいかな」 

「偶々寄ってみようかという話になって、あの砂地に用事があったわけではなかったんです。教授は近くの学校で集まりがありまして、僕はそのお供だったんですよ」

「なるほど、教授か~」


 正体を知り納得する。

 知的な雰囲気と佇まい、誰かに物事を教える仕事にはぴったりだ。

 俺への扱いの様子からすると専門は医学とかそういうものか……と考えを膨らませていると、隣でフィル君がしまったという顔をする。


「あれ?何かあった?」

「その……外では「”教授”と呼ぶな」と強く言われているんですけど、すぐやってしまって……」

「そういう事か。まあ、俺が告げ口するわけじゃないし、そんなに落ち込まないでよ。そうなると、君は学生?」

「ええ、そうなんです」


 フィル君の顔に大事かと思ったらそうではなかった事に安心し、フィル君にとっては一大事だったんだろうなと、強く物を言われるとそこに恐さがあるのは俺にもよく分かるクラインさんを浮かべる。

 そこからは二人について教えてもらった。

 クラインさんは医学が主ではなく科学技術全般に通じているそうで、主に研究している物についても説明を受けたが、学のない俺には何がなんだか分かりませんというもので、せっかくのゆったり湯船に緩んだ頭が疲れてしまいそうで、早々に深く考えるのを止めた。


 それでも俺に分かった事はある。 

 魔術のように術者の持つ魔力に左右されず、知識さえあれば誰にでも使える技術の研究を行う。

 だからとマスターのように過去に失われた技術を復活させようとするわけではなく、魔術も古代技術も参考にしながら科学技術の探求を続ける、それがクラインさんという人のようだ。

 フィル君は彼の元で勉強や手伝いをしているとの事で、「厳しいけれど、知識を追い求める事にはどんな後押しもして下さる方なんです」と、嬉しそうに話すその姿には、クラインさんを尊敬している事がよく分かるものだった。




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