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マスターと助手  作者: 佐久サク
助手の休暇
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第一話

助手視点の洗髪話。

 買物を終えて帰宅し封筒を一つ食卓に置く。

 中に入っているのは列車の乗車券とホテルの宿泊券。

 以前に商業組合主催のキャンペーンがあると店の主人から応募を勧められ、お得意さんだからと「手続きはこちらでやっておくよ」と全てを任せる事にしたものが見事に当選したようで、店で品を受け取り帰ってきた。

 そこにコツコツと足音がして、これは丁度良いとその持ち主を呼び止める。


「マスター、ちょっといいですか」

「何?何?」


 近づいてきたマスターに説明して封筒の中身を見てもらう。

 乗車券も宿泊券も二枚組で、当選者+一名まで利用可能となっている。

 使える期間は限定されていて猶予はそれほどない。

 幸いその頃は仕事の予定は入っておらず、マスターに声を掛けてみようとの考えだった。


「当たったんだ。良かったねー」

「それでなんですけど、一緒に行きませんか?」

「んー」


 誘いの言葉にマスターは行き先の紹介チラシを見ながらの悩み声。


「誘いは嬉しいものだけど、僕は止めておこうかな」

「それは残念」


 断られたが、それもまた仕方なし。

 マスターは時々塔で一人になりたいと、俺だけ外で数日間過ごす事を願われもするもので、今回もそういう事とする。

 それでは他に旅の仲間を……と行きたいところだが、これがいない。

 彼女はいないし、この機会に誘いたい誰かも今はいない。 

 男二人としても、一日近所で遊ぶならともかく共に旅行を考える程の友人は近くにいない。

 マスターとならば旅慣れているし、どこに連れ立って行こうが多くを気にする事はないのだが。


「一人旅も良いんじゃないかな」


 マスターの一声に俺の悩みも止まり、それが一番かと思う。

 

「それじゃあ、行ってきますかね」

「僕と旅に出ても何かと用意させてしまうし、そういう事が全くない旅でゆっくりするのも良いんじゃないかな」


 そう後押しされて、俺も単独休暇を決断するのだった。




 



 当選した券は一名で使っても問題にはならなかったが、引っかかる点が一つだけ存在していた。

 代わりに応募してくれた店の主人が土壇場で俺の名前がどうも出てこなかったらしく、「いつも呼んでいる「助手」君でいいや」と送ったがために”ジョシュ”さんとして当選してしまい、宿泊先で偽名を使う羽目になった事。

 それも俺が気になったというだけでどこかで怪しまれる事もなく、過去に縁のなかった地域で旨い名物を知りもして充実した旅となった。


 が、しかし、その帰りに思わぬ事態に遭い、列車の不具合で足止めを喰らう事になってしまった。

 とはいっても数時間後には復帰するとの事で焦りはなかった。

 時間はまだ朝方で、出発が昼過ぎになった所で問題は少ない。

 それならばと珍しい場所に足を伸ばして暇を潰す事をすぐにも決めた。


 駅から少し歩いた場所にある広い湖。 

 それ自体も青く澄んでいて良い場所なのだが、珍しさはその一角にあった。

 湖はほぼ丘に囲まれているのだが、その一部のみが細かな砂に覆われた砂漠とも云える様子となっているからだ。

 その部分だけ別世界のように変化しており、"緑の中に敷かれた白の絨毯"とも呼ばれる不思議な場所がここにはある。


 元々はそこにも緑溢れた丘があったそうだが、この辺りに溜まった魔力が暴発し大規模な事故が起こり、十数年前に一瞬にしてこの様に姿を変えたという。

 まさかそんな出来事があったとは、当時には大きな事件だったろうに話の一つも聞いた事も無かったのは、やはり俺の故郷は情報の伝達の少ない田舎だなと改めて思いもした。


 それだけの出来事が起きたにも関わらず、何人かの怪我人を出しただけの事故として済んだこの場所は、今も不吉だとして足を踏み入れない人もいるにはいるが、多くはその物珍しさに観光で訪れたり、走り込むに丁度良いと軍隊の訓練場としても使われている事をそこに至るまでの道程で知る。


 荷物の多くを湖の近くの預り所に入れて、身軽な恰好で目的地へ。

 そこは噂通りの場所で、高い位置から眺めると湖畔の一部が半円状に切り取られたかのように色を変えていた。

 実際に踏み込めば細かな白い砂がただただ広がるばかりで、このように様子を変えてから植物が再び生える事が無いとの話でもあった。

 事故の原因の全ては未だに解明されていないようだが、魔力の暴発だとしてもどれほどの事があればこんな事に……と足を進める。

 サクサクと音を立てる砂の音は心地良く、多くの緑が失われたのは悲しい事だが、今を活かして観光場所等に役立てる人達の考えもよく分かり、そうした姿勢は見習いたいともしながら散策を続けていく。 


 訪れる人の少ない日だったようで、誰とも擦れ違う事なく大地の上を歩く。

 かつては丘が在り上り下りが出来た場所だが、今は砂が真っ平に広がるだけ。

 そんな足元を見ながら歩いてる途中、ふと顔を前方に戻すと大きなカラスのような鳥が四羽上空にいる事に気づいた。

 視界の中でそれらが滑空して行った先には二名の存在があり、「あっ」と思った次には彼らは鳥に囲まれ攻撃を受けていた。


 危ない場所とは聞いていなかったが、念のためにと持ち歩いていた衝撃銃の充填を始めて前方へと走る。

 砂ならではの走り難さを感じ、充填までの時間の焦りも抱え急ぐ。

 急ぎ、走り、何とか充填は完了したかというところで、攻撃を受けていた一人が大きく手を動かして鳥共を追い払い、彼らと鳥達の間に距離が出来た。

 これが好機だと引き金を引けば、衝撃波は勘づかれることなく命中し連中は吹き飛んだ。

 その思わぬ攻撃を受けてそのまま離れるように去っていく鳥の動きを見て、一つ大きな息を……と思った時、一羽だけこちらへと向かってきた。 


 そいつのみ傷が浅かったのか、どうにか次を……と、充填を再び開始しつつ反対方向へ逃げる。

 速度では明らかに不利だが間に合ってくれと、焦りを込めて必死に走る。

 そうして頑張ろうとはしたが、距離は軽々と詰められて体当たりを喰らってしまった。

 跳ね飛ばされて白い砂の上を転がり回る俺に対して鳥は満足し帰っていきはせず、その爪で追撃してくるのを銃を握るのとは反対の腕で交わしていく。

 

 これ以上は……と限界を感じ、充填は少なめでありながら追跡者に向かって撃ち放てば、奴は遠くへと吹き飛ばされて、そこでようやく諦めがついたようで遠くに離れて行った。

 ここで死体を作ってしまうのも面倒になりそうで、目的が果たされる程良い力の溜まり具合で良かった。

 そう深く安堵しながら立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。

 爪で怪我したのが不味かったのかと頭は働くが、身体は動いてくれない。

 そうしている内に砂地から少し浮かせていた肩からも力が抜けて行き、その場にばたりと倒れ込む。


「大丈夫か」

 

 そこに届いた声に反応しようとするが、今はもう唇を僅かに動かす事しかできない。

 

「ここではどうにもならないな、二人で連れて行こう」


 そう続いた言葉にも何もできず、声を掛けてきた者ともう一人の手により支えられ立ち上がる。

 そこで分かったのはこの二人は眼鏡をかけた人間の男性と人狼族の男性であり、先程鳥の集団に襲われていた人達だという事。

 しかし、それがどこの誰かとも分からないまま俺は黙って運ばれるしかなかった。




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