第五話
それから夜も更けて就寝の準備をしていた時、アルセイさんが部屋へとやってきた。
安眠に良い温かい茶を貰って、そこから少し話す事にした。
「今日は誠にすみませんでした。私がこの地を離れる事と助手さんや導士様は関係はないと、仲間にしっかりとは伝わっていなかったせいで……」
「俺の事はいいですよ。それより、アルセイさんはどこか他の場所へ行くつもりなんですか?」
「ええ。実は以前から考えていたのです。私達が作った道具を自分の手で世界に広めてみたい、と。それについては仲間に話してもいたのですが、導師様や貴方に旅について聞いているのを見て、お二人に影響を受けるだけでなく、この機会に貴方が私を強引に連れ出して行くのではないか……と疑ったようです」
「そういう事だったんですね。これで帰る当日まで誤解されたままでなくて良かったです。それにしても、俺なんて田舎から出る時に他の家族も村の友人もさっぱりしたものだったんで、そうも気にかけてくれる仲間がいるのは羨ましい限りですよ」
「そういっていただけると。本当に良い仲間達ですから……」
アルセイさんの顔が綻ぶ。
彼女自身もまた仲間達を大切に自慢にも思っているのだろう。
そんなこの森のドリアード族へと思いを寄せて、俺もここで良い経験が出来たとの満足感を改めて得ていった。
その後の数日はアルセイさんと道具の細かな確認だけでなく、今後の役に立てればとこれまで以上に旅の注意点などを彼女に伝えて行く事となり、やがて訪れた俺が変える日。
アルセイさんも旅への出発をその日に合わせて途中まで共に行く事となったが、森を出る直前に俺は一つの俺は唐突に思いついた。
ここへと持ってきたカメラ。
まずは残り2回となっていた撮影枚数を使い切る事にした。
森の出入り口近くの広場にアルセイさんを含むドリアード族の皆が並んだ姿を記録して、その集合写真ををこの森に一枚、もう一枚はアルセイさんへと渡す事にしたのだ。
お互いにいつでも仲間の姿を見られるようにと。
加えて俺の撮ってきた写真もアルセイさんに渡した。
どんな場所でどう品物が作り出されたのかと、この森の姿も共に見せる事でこれから出会う者達に興味を持ってもらい易いだろうとの考えだった。
それには撮った写真はマスターに渡す事を知っていたアルセイさんに断られかけた。
けれど、こちらとしてはカメラの調子の証拠には最初に撮った一枚が手元にあれば十分だと、より役立つ形に収まるのが一番だと伝えて納得してもらった。
そのやりとりをまた浮かべながら、今は輪になり彼女らにとっては物珍しい写真という技術を見てはワイワイと盛り上がる彼女らの様子を傍から見守る。
アルセイさんが旅に出るのは事実と知ったパラスちゃんも、アルセイさんから説明されて送り出す事を納得したようで、今はアルセイさんの傍で出発までの時を過ごしている。
その別れの悲しみにのみ暮れるわけではない明るくもなった雰囲気の中で、俺はアルセイさんと森を出た。
俺は持ってきた荷物の中に少しの持ち物を増やして、アルセイさんは麦わら帽子を被りマスターからの贈り物の銀色のトランクを手にしての出発だった。
◇
そこから馬車や徒歩を経て着いた広大な砂地。
俺は塔のある国へと曲がり、アルセイさんは別の国へ行くと真っ直ぐに、後少し進んだ先の道で別れる事になっている。
チリチリと暑い日差しの中では休憩に足を止める事もあり、何度目かのその中でアルセイさんの麦わら帽子の下の目が遠くを見つめているのに気づいた。
もう視界に入れる事は出来ないが、その方向は彼女が長く暮らした森へ続くもの。
彼女は仲間に「行ってきます」と静かに冷静に伝えていたけれど、やはり故郷に思うものがあるのだろう。
どこにどう進むのかと細かくは聞いていないが、彼女や仲間達の様子から出かけて直ぐに帰るなどというものではないのは察する事が出来ていた。
「長い旅になるんですね」
「ええ、その決めて出てきましたから。もう戻る事はない旅です」
アルセイさんの言葉に一瞬前まで気軽に話していた俺の顔が固まる。
何週間や何ヵ月にもなる旅とは想像していた。
それでもいつかは帰るものなのだと当然の如く思っていた。
彼女の横顔は決意を秘めたものをしていたが、俺の様子に反応してか穏やかな表情に戻ってこちらを向いた。
「私達は森を離れては長くは生きられません。僅かに外に出ては森へと戻り、出た時間の何倍も森で過ごせば活力は取り戻す事もできますが、それでは世界を広く旅をする事はできませんから」
アルセイさんは淡々と己の宿命と決断について触れる。
俺はそれを完全には受け止めきれないままに聞いていた。
「そんな顔をなさらないでください。私は長く生き続けました。そして、私を生んだ大樹も枯れる道を辿っています。それならば、私や森が生きた証を残したいと願っただけですので。森に居続ければ後何十年と生きられるのでしょう。けれど、私はその時間を森で過ごすよりも、その何分の一の時間にしかならないとしても、遠く遠くどこまでも進んでみたいと思ったのです。だから、行きましょう」
最後に一度だけ故郷の方角を見てアルセイさんは言った。
その言葉は俺に向けてのものであり、きっと彼女自身に向けたものなのだろう。
俺にそれ以上に何か言える事はなく、その導きに従って足を進めた。
やがて訪れた分かれ道、ここから俺達はそれぞれの道へ往く。
きっともう出会う事のない者同士が互いに進むべき道の傍へと立って向き合う。
「それでは、ごきげんよう。写真、ありがとうございました」
アルセイさんは晴れやかな笑みを見せ一礼し終えると、くるりと背を向けて歩いて行った。
最初で最後の命を削り進む旅路へと。
俺は自分の帰路へ進むのも忘れて、彼女を見送っていた。
広がる砂地に長く伸びる道を太陽の光を目一杯に浴びて進む一つの生命の姿。
それは強く輝き存在して、俺の目を捉えて離さなかった。
未知の世界への期待に満ちた彼女の笑顔は一層美しく、残された僅かな時間を使い切るための旅と知り湧いた俺の寂しさや哀しさを凪ぐようにして、いつまでもこの胸にと残っていた。
終




