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マスターと助手  作者: 佐久サク
彼の旅路に祝福を
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第二話:☆

 通された隣の部屋に置かれてあったのは寝台と椅子と道具箱が幾つかで、ここでアルセイさんが製作した耳掃除道具の審査を行う。

 マスターは他者に耳を触れさせることはないので、俺が代わりに判断をする役となった。

 

「それでは、まずこの道具を使いますね」


 仰向けに寝転んだ俺の視界に映されたのは木製耳かき。

 よくある物よりも軸が細く匙も薄い事で、僅かな力の違いで折れてしまいそうな繊細な作りをしている事を確認すると、軽く頷き受け入れの合図を送る。


「始めます」


 ツッ……


 透き通った声と共に右耳への静かな侵入が行われる。 

 そろりと控えめに入ったそれが入口近くを弱く掻く。

 これまで経験したマスターの得物よりも匙の当たりが小さく柔らかい。

 そんな第一印象を経て耳孔内の感触に意識を向ける。

 ススッと浅い場所を探るように匙が動けばカリッカリッと固い音がして、垢の層を崩すのが伝わってきた。


 サクサク、カリカリ、コリコリ……

 

 塔を出発してからここに来るまでに溜まった物が落ちて行く。

 皮膚を直接に掻かれなくとも、その音だけで心地良く身体も意識も緩んでいく。


 ツッ……ツーッ……


 パラパラと孔内に落ちた垢が外へと掻き出されていく。

  

 スソッ……ススッ……


 露わにな皮膚を匙が前後する。

 匙の作り、アルセイさんの手捌き、どちらも優しさに満ちている。

 呼び起こされた快感は全身を隈なく巡り、垢汚れだけでなく俺の心に長らく留まってきた物も消え去っていくようだ。


 カリカリ……パリパリ……

 コリコリコリコリ………

 パリッ……スッ……サリサリサリ………

     

「あ~」


 完全に油断して声が出て、それと共にアルセイさんが耳かきを引き抜き俺を見下ろす。


「どうされました?」

「すいません、気持ち良くてつい……」 

「そうでしたか。こうして行う事は初めてでしたが、それならば安心いたしました」

「あまりに御上手なので、初めてだったなんて全く思いませんでしたよ」

「ありがとうございます」

  

 アルセイさんが僅かに頬を緩ませて小さく頭を下げ、その感情にこちらも嬉しくなるものがある。

 今もどこか神秘的なものを感じるのは変わらないが、初めて逢った時の緊張は解けていくようだった。


「今度は耳を上側にする恰好を御願いできますか」


 その頼みを快く了承して、アルセイさんに背を向ける形で右耳を上にする。 

 

「もう少しこちら側に……」

「あ、はい」


 体勢の微調整もしていくと、最後には寝台のギリギリまで背中を寄せるような形になった。

 寝台はしっかりと作られて、そこから落ちそうだとの思いはない。

 だが、その近い距離にアルセイさんの存在を強く感じてしまう。

 彼女はそんな俺の耳に手を当て中を覗いている様子。

 耳に触れる細い指先によって別の緊張が走り始め、気持ちの波が荒くなり身体に力が入る。

 どこか別の場所に意識を……と、頭の中で無意味な言葉を吐いてもみる。


「では、次はこの道具を使用しますね」


 一つ一つ道具を俺が確認してからの作業。

 今度の道具は細く長く伸びた緑色の物だった。

 なんとか身も心も落ち着かせてしっかりとそれを観察する。


「蔓みたいですね」

「ええ、その通りです。この森に在る植物の蔓を加工したものになります」


 その切り取った蔓のように見える物は、木製の耳かきと同程度の長さで、先端が耳かきの匙のようにクルリと曲がっており、見た目から大体の使い方は把握して体勢を整える。


 スッ……


 そこから届いたのは、過去に受けたどれとも違う感触だった。

 木製の耳かきよりも柔らかであるのに、金属製のような冷たさを伝えてくる。

 一瞬は首筋にまでゾクッと走り抜けるものがあったが、意思を強くして身体を固める。

 そこで一度閉じた目はそのまま開かずに、耳への感触に意識を集中させる。


 蔓が外耳道を撫でる。

 奥から手前にスルスル、孔を一周するようにクルクル。

 そのくすぐったさの中にあるのは小さな快感だ。

 スルッともツーッとも撫でられる毎に身体から程よく力が抜けていく。

 そうして撫でているかと思えば、時々にピリッと何かが剥がれる感覚が走る。

 今も僅かに残っていた汚れが取られているようだ。

 それを三回程繰り返された後は奥に蔓が侵入してくる。 


 ────ペタリ


 それは耳の皮膚へと張り付いた。

 匙の底の部分がくっつきでもしたように思う。

 そこから蔓が動くにつれて皮膚からチリッと何かが浮かんでいく。 

 耳かきで掻くわけでもなく綿棒で擦るわけでもない、これは初めての感覚だ。 


「この道具はいかがでしょうか」

「いいですね、皮膚に張り付いた汚れを取るに適してると思いますよ」

「では、これを基準にして数を作りますね」 


 ペタッ……ペリッ…………

 ペタリ……チリッ………… 


 一定の間隔で訪れる感触を楽しく受け取り、道具の検査も兼ねての掃除は続く。 


「奥に進みますので、お気を付けください」


 耳の奥、鼓膜にも近い場所。

 塔での掃除の時にもマスターを信頼していてもなお緊張が走る部分。

 けれども、こうして柔らかい蔓で撫でられていくと、硬く細い耳かきを向けられる時と違いそれが起こらない。


 ベタリ……

 

 その時、これまでの中でも強く身体に張り付くものを感じ、そして、過去一番にゆっくりゆっくりと剥がされていく。


 ベリ……ベリベリ……


 鼓膜近くでの大音響にも怖さはない。

 今、俺の身体は素晴らしく綺麗になっていくのだ……との歓びだけがある。

 

 ベリベリベリ……

 

 張り付いた物は広範囲にあったようで音はまだ続く。

 薄い物が剥がれるにつれて最奥の敏感な皮膚から巻き起こる快感に震えながら、それが取り出される瞬間を待つ。


 ピリッ……


 最後に鼓膜の傍での軽い音と鋭く剥がれる感覚が流れた。

 ツーッと蔓が外へと出て行く。

 何が取れたのかと気になってアルセイさんの方へと顔を動かせば、蔓の先に付着していたのは極薄い汚れの膜だった。

 円状で鼓膜に張り付いていたと思わせる物だ。

 これは匙で取るには難しいに違いない、この蔓だからこそ成せる技だろう。


 シュルシュルシュル……

 クシュ……スリスリ………

 

 仕上げにと綿棒が中へと入り、内部に残った粘着物が細やかで優しい手つきで拭われる。 

 微かにあった痒みの解消と共にそれが取り出されれば、今までにない耳の解放感を得ていた。

 ここに来た時よりも外の風の音が強く届くようで、あの鼓膜を覆っていた膜が音の邪魔をしていたのかもしれない。

 それだけでなく、耳の中にも風が通り抜けたかの様に爽やかな感覚があって、その余韻に浸りながら身体を反転させて、俺はもう片方の耳の底までもを満足行くまで磨かれていった。




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