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マスターと助手  作者: 佐久サク
食えないアイツ
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第九話

 この場所の邪魔をしていた者が意識を失ったからか、残りの道は整ったものに変わっていた。

 長く続いていた廊下から少し歩けば、目的地の印でもある三角形の出入り口が見えた。

 それを潜って本来の校舎内へと戻り時間を確認すると、中での冒険は二時間も経っていないものだったが、それとは釣り合わない随分と疲れた身体で事態の収拾に移る。


 とはいえ部外者の俺にやる事はなく、ヴェルフさんが事を終えるまで一時間ほど待ち、「また明日に話をしたい」と学校側から言われて解放された。

 学校から出た時はまだ昼過ぎという所だったが、急に起きた出来事に思った以上に疲れてしまったのか、その日は予定の買物も止めて宿で早くに寝てしまった。


 翌日に学校へ行くと、校内の揉め事に巻き込んだ事を学校長から丁寧に謝られた。

 しかし、今回の話は彼らがもっと周りに目を向けていれば……というものではないし、事をしでかした者からも謝罪を受けなければ納得いかないという話でもなかった。

 だから、「特別に気にしていない」と伝えて話は早くに終わりにしてもらった。


 その後に事の中心に居たヴェルフさんと二人で話す事になった。

 あの三角枠の先の空間は不安がまだ残るために使用せず、元々校舎に存在する彼専用の個室で椅子に座りながら向き合う。


「俺は何という事もないですけど、そちらは大丈夫なんですか?」

「心配は要らないよ。彼女だけこの学校を離れる事になって終わりの話だったから」


 つまりはクビという事か。

 正直なところ行った事を考えると、罪に問われなかっただけマシな寛大な処置だと思う。

 そして、学校としては大事にしたくなかっただろう事は俺も昨日と今日のやりとりでも感じていて、この結末には「そんなものだろうな……」という感想が占める。

 

「それなら良かったですが、結局どういう事だったんでしょうか」

「まあ、昨日に俺が触れた通りの事だよ。全ては俺をどうにかしようという考えからの事。空間術の勉強までして事故を装って二人きりになって、上手いこと事実を作りたかったようだ。どうしようもない状況に追い込んで、自ら血を吸わせる目論見もあったようでな、上手くいけば同族に、と。さすがにそこまで考えているとは思わなかった……」


 ヴェルフさんは疲れた様に笑い、それは俺にも理解できるものだった。

 男女関係のやりとりにおいて状況を自ら作るというものが無い話ではない。

 だが、あまりにも思い切りが良すぎる。

 そんなやり方をしてくる相手は御免だというのは正直な思いだろう。


「以前から何かあったんですか?」

「無いよ、無いから恐ろしいとも思ったものさ。仕事上での会話はあったけれど、それ以上の付き合いの誘いもなかったしな。なのに、急に思い切った行動を取ってくれたものだ。本来は君が来る前に二人きりの状況を作るはずが、その前に君が来た事であんな事にとなったようだ」

「それを貴方はどの辺りから気づいていたんですか?」


 思い切って触れる。

 いつからかは分からないが、ヴェルフさんが何かしら感づいていたに違いない。

 

「空間がぐちゃぐちゃになっていた時点で他の誰かの存在は考えたよ。最初に考えたのは、俺がこんな場所にいるのは許せないと喧嘩を売ってきた形だな。過去に色々やった同族がいるから、今でもそういう相手は結構いるんだ。何かと説教してきたり、酷いのになると退治しに来る奴もいる。けれど、そうした正義感にかられた奴は他者を巻き込むのを避ける、だから、そうした面々が犯人ならば、俺が如何に悪い者かと君に伝えるために向こうから姿を現すと考えた」

 

 可能性の話をよくある事のように語るヴェルフさんだったが、こちらとしては聞いていて心苦しくもあった。

 種族がそうだからと実力行使での排除にまでやってくるのは理解しがたい。

 彼の事を悪く言われたら面白くもないし、そう説明されて「はい、そうですか」とはならない。

 だが、その時に異を唱えても騙されてるやら操られてるだとか、俺の言い分なんて通じなくもあるのだろうとの想像も易い。


「しかし、そんな素振りはどこからも感じられなかった。段々と敵意を持たれながら行動を監視されているのは分かったけどね」

「その敵意は俺に向けられていたと?」

「そう。そこで考えたのは、誰かがよりを戻しに来たんじゃないかというもの。そうなると俺は平気でも君への危険性が高かった。俺から君を離してどこかに捕らえ、その後で何も知らないように登場して俺とやりとりしようと考えているのでは?と当たりを付けた」

「「俺を無事に届けなければ」というのは、その誰かにも向けた言葉だったという事ですか」

「その通り。君が色々話してくれたから、俺も会話の中で宣言できて良かったよ」


 具合が悪い中でもヴェルフさんがするすると話していったのはそういう意味があったのかと、昨日の様々な出来事がカチリと綺麗にはまっていくが、まだ分からない事もあった。 


「最後の方法を取ったのは何故なんでしょう」

「尻尾を出す様子も掴めない中で空腹が極まっていたのは事実で、早くに決着を付けたかった。実は俺らの吸血行為は他者の目を惹くというのが種族内の共通認識でね。俺達を嫌っているような者ならそこで止めに入るし、そうでない者は単純な興味で身を乗り出して見続けてしまう、そういう物のようなんだ。それで、今度は俺から聞きたいな。どうして俺のして欲しい事が分かったんだろう」


 その質問は俺も来るだろうとは思っていて、ヴェルフさんを見据えて答える。


「あの時の貴方は他の場所での姿とあまりにも違いましたしね。それは空腹に耐えかねた結果というよりも、他の意味があるのだと思ったんです。わざわざ銃の存在に気付かせるような動きもおかしかったですし。まあ、決め手だったのは、あの状況で「助手君」は無いって事ですかね」


 あのような雰囲気を作っておきながら名前を呼ばないのはどうだろう、と。

 今は随分と線引きが曖昧になってしまったが、マスターが俺を”助手”と呼ぶ時は「これは仕事だ」と伝えるものだったように、ヴェルフさんも他の意味を持たせた、俺に道を提示している、そう受け取っての行動だった。 


「望んだ事を全て察してくれて良かったよ。口で説明できれば手っ取り早かったんだが、小声でも向こうに届いてしまったら……と、あんな方法しかなくてな。改めてすまなかった。意図が伝わっていたとしても、気持ちの良いものではなかっただろう」


 と、ヴェルフさんには頭を深く下げて謝られたが、それは早くに止めてもらう。


「気にしてませんよ。銃撃が上手く決まるかと緊張はありましたけどね」

「全く以て完璧な仕事だったよ。俺にも君のような手伝いがいたらと実にアイツが羨ましい。と、嫉妬してここに囲っておくわけにもいかないからな。約束通りそちらの仕事に役立つ物を買いに行くとしようか」


 そうして人の血を吸いはしないために今日も顔色が悪い吸血鬼の彼は、そう笑顔で伝えてくるとドアへと向かい、俺も喜んでお供をしようと後を追うのだった。

  

 




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