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マスターと助手  作者: 佐久サク
食えないアイツ
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第六話

「これ、これならいけるから貰えないか」

 

 ヴェルフさんが顔を明るくして紙袋から取り出したのは上級の白胡麻の袋だった。

 物自体は珍しくはないが、あまりの安さに購入したものだ。


「構いませんよ」

「ありがとう。では、早速」


 ヴェルフさんは袋を開くと、その端から口へとザラザラと白胡麻を流し込む。

 それらを噛み砕き呑み込み、小さな菓子を食べるような動きを何度か繰り返す。

 その内に彼の顔色が変化して、白さだけがあった場所に赤みが差してきた。


「そういう物で良いんですね」

「ああ、こうした種とか生命の素になる物は多少は効くんだ。君が居て良かったよ、用意も良いし潔さもある。その辺はアイツとの出来事を思い出すよ」

「マスターと何かあったんですか」

「今と似たような事がな。その時は俺がどうようもなく乾いていて、縋る思いで頼んだんだよ。そうしたらアイツ、さっきの君のようなものだよな。サクッと自分の指先を切って「じゃあ、どうぞ」って見せてきて。断られるより受け入れられた方が良いけど、あまりの迷いの無さにこっちが恐縮して何も言えなくなったね、あの時は」

「らしいと言えばらしいですね」

「俺もそういう奴だとは分かっていたんだけどなあ。でも、自分の水筒の水を注いで渡すみたいなノリで出すからさ、それだとこっちも受け取り難いんだよってなっちまって。いや、まあ、その時は今よりのっぴきならない状況だったから飲んだけど……」


 苦味があるように思い出を語るヴェルフさんの表情に当時の様子を思い浮かべる。

 マスターが傷を付けた指を差し出して、それを直に噛みはしないようにして口を近づけて……としていると、彼はじっとりとした目でこちらを見ていた。 


「また違う想像されてると何だから言うけど、舐めたりはしてないから!こう、上から垂らしてもらう形で……」

 

 やや深くも想像していたところ、どうも察せられたようだ。

 まあ、お互い舐めも舐められもされたくもないよな。

 と、そういう形かと納得していると、ヴェルフさんは白胡麻を食べる前よりも深く俯いてしまっていた。


「まだどこか具合が悪いんですか?」

「……いや、違う。その時の事を思い出したら精神に来た」

「何かその時に起きたんですか?」

「無い、何も無い。でも、考えてもみてくれよ。口を開けて相手を見上げながら欲しい物を待つ図って恥ずかしいんだよ」

「分かる気がします」

「これで相手が「仕方ないから血をくれてやるよ」って態度なら、屈辱的だけど自分の中で割り切れたと思うんだけど、その時もアイツは淡々としていて……。それが勝ち誇られるより心に刻まれるというか、羞恥が湧くんだよな。でも、そう考える自分が悪い気もしてな……」

「それはかなり分かります」

「君も一緒にいてそういう事あるんだ」


 ある、何度もある。

 耳やら目やらを弄られる時にそれはやってくる。

 マスター自身も好き好んでやっているのは伝わるが、細かな作業中は真剣そのもの。 

 そんな相手に見せるわけにはと、心地良さを表には出さないようとの我慢と共に増す恥ずかしさ。

 それが触られる事で起こる好感に味付けをしていき、意識する程に強くなるのに止められない不思議な感覚。


「俺の場合は種族的な話ではないんですけどね……」

「そうか。まあ、アイツといると色々あるだろうな」


 全ての説明をするには気が引けてそれだけを口にすると、ヴェルフさんはそれ以上踏み込まないとの表情を見せてきて、お互いその辺りの事からは離れた方が良いかと今度は別の話に。


「そうなると、人の血を飲むとしたら、気分も含めた形としては直飲みが一番良いんですか」

「ああ。といっても、それもご無沙汰だけどな。相手が見つからないものだから」

「やっぱり勝手に貰うのは問題が出るんですか」

「社会的な問題もあるけれど、俺の場合はまた別の心配でさ。さっきも言ったろう、直だと好意を向けられるようになるって。飲んだ後に今度は相手から付け狙われたりして面倒が増えるんだよ。ならば、そもそも好意を持たれてる相手に夜の付き合いついでに……としたんだが、それもトラブルばかりになってしまってな。そのせいで仕事先も何度も短期間で変える事になってるし……」

「どういう事になってしまうんですか?」

「結局、吸われた相手は俺に依存的になるわけよ。行動が俺基準になってしまう。しかし、それって俺にとっても重いし、周りとの関係が壊れやすくもなる。それに、吸われた効果が消える頃には依存の反動があるのか、「何故そんなことを……」と自己嫌悪が湧くようで、今度は俺との関係が崩れ易くもなる」


 俺もさっき想像したのはそれだった。

 彼に好意を持つ事よりも、その後が気に掛かった。

 植え付けられた好意から覚めた時に見る目が変わってしまう、以前と同じようには付き合えないと思うだろうと、それが第一にあった。


「互いの関係を崩したくなければ血を吸い続ければ良いのかもしれないけど、それは健全な関係と言い難い。血を吸って相手を縛り付けてもいれば、俺も血を吸うという行為に縛り付けられている気がして自由がない。そういうわけで他の小さな生物の血で代用してばかりで、もう数年も飲んでないんだよな」

「辛くないんですか?」

「そりゃ辛い。けど、トラブル続きで居場所が無くなるよりはな。そもそも行儀が良い種族と思われていなくて目の敵にする連中も多い。この学校も何とか頼み込んで働かせてもらってる場所だから」


 そうした扱いに触れるヴェルフさんには日頃の苦労が強く感じられる一方で、喋っていく内に気が楽になったのか顔色の良さは増してもいた。

 俺としては聞いていて気分が悪くなる愚痴では無かったし、吐き出して調子が良くなるのなら存分に使ってもらいたいものだった。

 と、迷宮に紛れ込んだ事も一時忘れて休憩を取れた所で、遠くでゴゴッ……と何がが動くような音がした。


「音、しましたよね」

「気づいたんだ、鋭いな。これは空間がまた動いた音だ。これは捻じれたものが自己修復機能で元に戻ろうとしているんだろう」

「それが終わるまで待つ方がいいんですか?」

「いや、いずれにせよ先に進んで本来の学校の領域まで戻るべきだな」

「分かりました」




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