第二話:☆
部屋に入り、小さめの横長ソファに座る。
目の前のテーブルには厚さ2cmほどの円柱状の装置があり、その上にポットが乗る。
装置に埋められた火の魔力石の熱によりポットの中の湯がシュンシュンと音を立て、それを装置が感知すると魔力石がその動きを止める……と、これも古代遺物と現代魔術を合わせた湯を沸かすためだけの道具。
これもまたマスター製であり、今回の依頼を受けた時に御土産に渡したそうだった。
「これ、本当に役立ってるんだよ。魔力石の欠片でも長持ちするし、火の心配も要らないし。頼まれた物も要求通りで文句なし。いやー、助かるよ~」
奥にある机上でマスターからの届け物も確認してイラーノさんはホクホク顔。
とはいってもその顔色はどこか青白く不健康にも見える。
そんな彼は近くの棚から二つのマグカップを取り出して、黄色い角砂糖のような物を入れてこちら側に持ってきた。
マグカップはテーブル上の俺の前とその反対側の端に置かれ、イラーノさんはポットを持ち上げ湯を注ぎ掻き混ぜる。
すると、マグカップの中に乳白色の液体が満たされ、その香りはミルクティーのようだった。
そこにイラーノさんの「飲んで」との手の動きも映り、それを早速飲んでみるとやはり甘いミルクティーだった。
「美味いですね」
「湯を注ぐだけで茶が飲めるって最近の人気らしい。まあ、葉っぱから入れた物に比べると香りは乏しいし、「こんな茶は邪道だ」なんて言う人もいるようだけど、君らのように色んな所に旅に出る時はこういう物があると気分転換にも良いんじゃないかと」
「確かにそうですね。帰りに買って行くのも良いか……」
「他の味もあるし、揃いの良い店は紹介するから是非そうしなよ」
そうして向かい側のソファに座ったイラーノさんは、カップに口を付けた後にふうっと一息吐く。
どうもその一息が重いような、ここでまたその草臥れた様子が気になってくる。
「大丈夫ですか?どうも疲れているようですけど……」
「ああ、今はテスト週間で授業の心配が少なくて良いもので、この時間を使って自分の事をやろうとしたら根を詰め過ぎた所があってさ、まあ、それだけの事だから。そうだ、もう知らない中でもないし、呼ぶなら名前でいいよ。”ヴェルフ”って呼んでくれれば」
「教師というのも生徒を教えるだけではなくて大変ですね、ヴェルフさん」
「苦労を分かってくれる言葉だけでも気が楽にもなるなあ。それとさ、何なら呼び捨てでいいよ」
「そういうわけにはいきませんよ、マスターの先輩に当たる方に……」
「真面目だな~、雇い主同様に。アイツも「学生時代とは違うんだから、そうも先輩相手の振舞いじゃなくて良い」って言ってるんだけど、いつまでもきっちりしてるから」
全寮制の魔術学校において同じ高名な魔導士に師事したという先輩は、そう後輩に触れながら楽しそうにも笑う。
魔術学校の話なんて俺にはさっぱり分からず、マスターがどういう風に過ごしたかも知らないが、この先輩と後輩が良い関係を築いていただろういう事はよく分かる。
「あ~、そうだ。ここから戻る前に一つ頼みたいんだ。肩がバキバキいってて辛いものだから解して欲しくて。君も上手だとは聞いてるから」
「いいですよ。じゃあ、そっち回りますんで、そのまま座っていてください」
残りかけのミルクティーを飲み切って、向かい側のソファの後方へ向かう。
その間にヴェルフさんは上着を脱いで薄手のシャツ姿になり、こうなると更に伝わる薄い身体を見ながらその右肩に手を乗せた。
ヒヤリとした体温がシャツ越しの俺の手に伝わる。
親指でその身体を押すと硬い感触が返ってくる。
冷え性の雪女も似たような所があったが、彼の場合はそれ以上のものがあった。
血が通っているのかと思う程に冷たく固い身体だ。
それだけ解しがいがあるかと、右手の親指を力強く押し込んだ。
固いには固いが人の身体だ。
まずは特に固さを感じた身体の左側。
背骨に近い肩甲骨の曲線部分を何度も何度も力強く押す。
ギュッと押しては離し押しては離し。
その動作を何度も続けていくと、その一部分が温かくなり指も奥に入り込みやすくもなる。
それを確認できた後はその柔らかくなった場所を更に探り、親指の腹で一帯をクリクリと撫でていく。
そこにゴリッとした感触。
理屈は未だに自分でもよく分かっていないが、疲れた人の身体にはこういうものが表れる。
今度はそのゴリゴリと固い箇所を親指でグリグリと回す。
傍の肩甲骨にぶつけるようにしてゴリリと押し出す。
そうすれば中に在った固い物が小さくなっていく。
ゴリゴリとした箇所はコリッコリッと控えめな感触と音に変化し、その一部を退治するだけで周囲の肉も柔らかくなる。
身体の管の詰まりを消したおかげで勢い良く流れ出した物がそうさせるのだろうか。
その理屈は未だ分かっていないが、とにかくそれを消せば良いのだと経験を元に力を入れ続ける。
左側を終えて右側に移ると、そこも左側の処置の結果か随分と柔らかくなっていた。
それでも固い部分はまだ健在で、後一息だと気合を入れ直し、この右手の親指一つでそれらをグリグリと押し消していった。