第十一話
オーブン内部や床に零れていた細かな小麦粉や砂糖までも一掃していく。
掃き掃除に拭き掃除とメルと二人で進めていれば、それはもう見違えるほど綺麗になった。
その頃には部屋に夕陽が射していて、そろそろメルの帰宅の時間かと時計に目を向けた所で呼び鈴が鳴った。
「助手くーん」
独りで玄関に向かうと、玄関モニターを確認する前に三日後が帰宅予定だったはずのマスターの声が届く。
「おかえりなさい、早かったですね」
「頑張った甲斐があって仕事が早く終わってね」
玄関ドアを半分ほど開いた所で長期間の出張を終えて疲れた顔のマスターが目に入り、そのままドアを大きく開くと、そこには違う人の姿があった。
俺達よりも圧倒的に大きな熊のような体格の人物。
予想をしていなかった事もあって思わず唖然と見上げてもしまった。
「君が助手君か、話は聞いてるよー」
大きな身体のその人は固まる俺の身体を抱き抱きとして背中をパシパシと叩く。
何だか距離が近く熱い人だ。
嫌な気分は湧かなかったのだが、大人になってからこんな風に扱われる事などなく、急なこの状況の全てを受け入れられないでいる。
「お父様!」
背後からその声とトトトッと床を走る音が聞こえると、彼はそこで俺からは手を離して膝を折り小さく屈み、走ってきたメルがそこにと抱きついた。
「お帰りなさいませ!お久しぶりでございます!」
「おー、おー、今日も元気だな、メルは。ちょっと見ない内に大きくもなって……」
彼はメルを身体から離すと、その頭をガシガシとも撫でる。
力強い撫で方ではあるが、メルはそれこそが嬉しいのだという表情を満面に出す。
その様子を眺めながら「なるほど」と把握する。
メルの父親もマスターと同じ所で仕事をしていて、こうして二人で帰って来たのだろう。
そして、何よりもその身体の大きさに、メルのその点は両親のどちらにも似ず育ったのだとも知りつつ、その久々の親子の再会の図を微笑ましくも見るのだった。
◇
皆で塔へと入った後に帰還者達の話を聞くと、やはり二人でここに来たのはメルを迎えに来たとの理由で、連絡を入れなかったのは驚かせる意味もあったとの事だった。
確かにメルは驚きと喜びに溢れていて、こういう驚かせ方は有りだよなと同意する。
それからはすぐに別れるというのも何だという事で四名で夕食を取る事に。
俺とメルの日々はメルが自宅へ帰る度に母親に伝えていて、そこから父親の仕事先にも毎日報告していたようで、彼だけでなくマスターも欠かさず把握していたようだった。
その事について改めて礼を言われたりと楽しい時間を過ごしての夜、塔の外で二人を見送ることになった。
外は既に暗く、挨拶は軽めにし別れる事にして、二人は手に照明を持ちながら暗い夜道を帰っていく。
今回の件については後日また俺が彼女の家へと挨拶に訪れる約束はしたけれど、共に過ごす日々はこれで終わりだという事には、緊張の糸が解けたようでもあり寂しくもある。
しかし、そういった感情よりも今のメルの姿に思うものが一つあった。
夕食中も如何にここでの日々が楽しかったのかと父親に話していたが、今も二人で並びながらまだ話し足りないかのように父親を見上げ必死に語る彼女を見て沸くもの。
最初はトボトボと独り帰って行った姿を思い返しながら、あの時に追いかけていく決断をして良かったとの思いが俺の心を占めていた。




