第三話:☆
「次は瞼の内側もやっていくから、これまで以上に動かないでね」
両目を撫でられ、この作業にも身体が慣れた頃に届いたもの。
そこにこの人でさえも無にはできない緊張感を受け取りながら身体を固めた。
そしてマスターの左手は俺の右目を開くように添えられて、右手で持たれた触手がゆっくりと近づく。
じゅぷ……じゅ……
先程よりも強い水音を伴って触手は瞼の内側を撫でる。
丁寧に舐め取るようでもあれば、何か品定めをしているような意思を持つようにも思う動き。
ドロリとした液が目の中を埋めながら、そこから沸く境目を撫でられていた時以上の感触。
今度は右目左目と何度も行き来しての作業に意識が埋もれていく。
視界は鮮明で、その何もかもがはっきりと見える。
そこに痛みは無く、異物が這いずり回って行く毎に恐怖心といったものは舐め取られていくよう。
気が付けば口は半開きになり、手と足は何の力も込められずそこにあった。
触手に侵されながら視界に偶に映るマスターの表情はそんな俺を気にするでもなく、俺をこの様にすることを楽しんでいる様子でもなく、極めて真剣に仕事をやり遂げようとしている。
その姿を見ると、受け取るだけ受け取ってこのような状態である自分に恥ずかしさが湧いてもくる。
むしろ相手が加虐的でないからこその過去に覚えのない羞恥心が生まれたようにも思える。
だが、結局は続け様に訪れる目の中での不規則なダンスによって、そのような思考もまたとろりとした液体に包まれ排除されていく。
目尻や目頭の狭い部分は一度深く刺すようにされてから小刻みに動かされ、チュクチュク……と小さな音も連続してやってくる。
そのまま突き刺されもしたら……との想像は浮かぶが、コレにならもっと奥にまで来てもらっても良いような、既に脳まで直接撫でられているかのような頭の奥の奥から沸くような快感に、自分の考えがおかしい事には気づいても変えようという気は起こらなくなっている。
ちゅぷ……ぬる……じゅ…ぷ……
やがて触手は眼球にも直接触れるように自由に動き、粘度を増した液体が眼球を覆う。
気色の悪さを感じる音だと脳は判断を下して、まるで蛇が獲物を前にチロチロと舌を出しているような動きをされて嫌悪というものが心のどこかで引き起こされるのに、それはすぐにまたやってくる快楽に押し切られる。
ぬる…ぬるぬる……
眼球を瞼を液と触手そのもので侵され、今の状況を深く考える思考や他の要らないものは強制的に眠りにつかされて、代わりに身体を熱と幸福感が支配しきっていた。
出てくる息は荒く止まらず、表情筋は自然と動かされて口の両端は上がり、その満たされた思いを前面に出していく。
ぬるんっ
最後に右目眼球の上半分。
周りを包む肉との間の奥にも深く侵入したような感覚を最後に触手は遠く離れた。
それと共にもたらされた最大の好感に、思わず肩も大きく揺らして反応してしまう。
「こんなところかな。身体を戻していいよ」
終わりの言葉を残してマスターは薬瓶の箱を持ち上げ窓際の机へと移動して、その背中を確認した後に身体を起こす事にした。
触手に撫でまわされた感触は未だに目に僅かに残るが、良いようにされていた間の事はまるで遠い日の話だったかのように身体にも意識にも現実感が戻ってくる。
俯くようにして瞬きを何度か行うとそれはより早くなり、更に「ふうっ」と大きく息を吐けば、残っていた心地良さと気怠さを合わせたような感覚も抜け出ていくようだった。