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マスターと助手  作者: 佐久サク
魔法使いの助手の弟子
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第七話

 互いに心身共にスッキリとした後はおやつの準備が整った食卓へ。

 木の実入りケーキも我ながら良い出来で、視線の先でケーキをざくっと切り取り口に運んでいく少女の動きが更にその満足感を満たす。

 あまり見つめてはとの気持ちはあったが、本人もこちらには気づかずにケーキに夢中のようで、まあ、いいかとついつい見続けてしまった。

 そうして最後の一口をごくりと飲み込んだ後にメルは、その瞳を輝かせてこちらを見る。


「ご馳走様でした。今日もありがとうございました、師匠」

「そうも美味しそうに食べてくれる相手がいると作り甲斐があって良いよ」

「それはもう実に美味しく、師匠の作られるお料理やお菓子から多大な感動を与えていただいておりまして、こちらこそ感謝の限りです!」


 小柄で可憐な様子から発せられるこの勢いは、受け止めきれない所があると思う一方で胸が温まりもするもの。

 そんな自分の満更でもなさを自覚していると、メルは今度は空いた皿を見て寂しそうに。


「あ、お代わり要る?」

「いえ、そうではないのです。なぜこんなにも美味しく作れるのだろうかと気になる毎日なのです」


 そういえばメルは食事中にじっとその皿を見ている事がよくあった。

 それは決して不味そうにというわけではなく、何かを考えている様子だとは伝わった。

 それが俺の料理の腕を褒める物であった事を知った嬉しさよりも、彼女の寂しげな姿が今も気にかかる。

 

「私はどうにもそうした事に向いていないようで……。母からも薬草学については小さな頃から教えられて、その理論を覚える事は楽しくもあったのです。けれど、薬草を作る段階となると、その待ち時間の長さに落ち着いていられないのです」


 それらの事についてはマスターの姿から分かる。

 薬を作るに何種類もの薬草を擦り弱火で焦がさぬよう煮詰めてもいく。

 料理にも共通するものであり、料理よりも神経を尖らせる作業だろう。


「学校でもやはりそうしたじっくりと行う事が苦手でして、このままで良いのかと思うのです……。学問だけでなく、私はこの先々の事が心配になってしまうのです」

「例えばどういう事で?」

「周囲と生活を合わせられない自分がいるのです。級友が興味を持つものというと”演劇”や”シシュウ”といったものなのです。そうしたものを知識として得るのは好きですが、それ以上のものはなく……」


 話しながら俯いていくメル。

 要は周りの女の子達と趣味が合わないという事のようだ。

 俺も女の子の世界は分からない。

 ”シシュウ”と聞いてもその図が浮かばない。

 シシュウ、ししゅう……と考えて遅れて頭に浮かんだのは”刺繍”だった。

 家で母親が良い内職になると、時間を見つけては狭い家の隅で細かく縫っていたな……と思い出す。

 家事全般をやる俺でも裁縫は得意ではなく、特に”刺繍”は細かく根気の要る作業で自分に合わないだと分かる。


「”シシュウ”って、こうして布に柄を縫ってやつ?」


 手で縫う動作を付けながら言うと、メルは一瞬不思議そうな顔をした後に二度ほど頷いた。


「そうした物も行う友人も何人おりますね、やはり私もとても苦手です。と、それだけではなく、学園内での流行といいますと、物語を読み解くといったもの、特に”詩”の朗読をしたり自分でも作成したりというものなのです」


 説明を聞くに、どうやら”刺繍”ではなく”詩集”だったようだ。

 そして、その”詩集”の意味は分かっても、中身についてはぼんやりとしか分からない。

 物語を綴った本なら読んだ事があっても、”詩集”なんて物は手に取った事もないのだ。

 こんな俺だからメルの悩みをどれだけ汲むことができるか……と不安も湧く。


「それでも色々と覚えて、腰を据えて行う事も頑張りました。そうして周りと足並みを揃える事を第一に過ごしていましたところ、気が付けば級友はそれぞれの将来の道を決め始めていまして、私はこれから何がしたいのだろうかと、最近はそのような考えがいつも回っているのです」 


 その悩みについては、自分に当てはめられるものがあった。

 俺の場合は深く物事を考えずに過ごしている内に村の同世代の面々が生き方を決めていって、自分も焦るようになったというものだった。

 あの頃はこんな今の自分を想像もしていなかった……と振り返ったところでメルが頭を下げる。


「申し訳ございません、師匠の前でこんな姿を見せてしまって……」

「いいんだよ、弟子の事をよく知るのも師匠の仕事だから」

「なんという優しいお言葉!やはり師匠は素晴らしいとの、その一言に尽きます!」


 メルの落ち込む姿を見ているのはこちらも心苦しいと、出来る限りの語り掛けをする。

 そうすれば彼女は再びこれまで見てきたような勢いを見せて、自分でも「恰好付けたな……」となる表情と言葉の結果だったが、彼女が元気になってくれたなら良いかと新たに注いだお茶をゴクゴクとも飲む彼女を見て思うのだった。




◇ 




 夕方になり、塔の外でメルを見送る。

 彼女は俺に挨拶を終えると、箒に跨りふよふよと飛び上がって帰りの道を進んでいく。

 それはやがて勢い良く真っすぐに進み、そうして走るより速く器用に飛んでいく彼女に、やはり一時の事とはいえ俺が師匠になっている事への不思議さを湧かせながら、その姿が遠く見えなくなるまで居続けた。


 それから夜を通して考えたのはメルの事だ。

 マスターならば言える事も多いだろう。

 前に聞いた話によれば全寮制の魔術学校に在籍していたとの事で、そこに男子校と女子校との大きな違いはあれども、互いに通じるものがあるのではないかと思う。

  

 だが、俺には学校生活のなんたるかは分からない、魔術の指導どころか基礎魔術すら使えない。

 しかし、それでも、今の俺はメルの師匠であり、力にならなければならない。

 と、進めた考えをそこで止めた。

 それは師匠だとか役割だとか理由を付けて行う事じゃない。

 ただ俺がそうしたい、メルに何か言えたら良い……と、それだけの事だ。

 そして「俺に出来る事……」と自室のベッドで考え続け、その夜は更けていった。




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