第三話
予定時刻の5分前に呼び鈴が鳴った。
まずは玄関横の棚に置かれた”モニター”へ。
外に取り付けられた”カメラ”が目にした様子がその平たい画面へと飛ばされる。
同じ”カメラ”でも写真という静止画として残す物は世にあるけれど、動く画像を映すものは特別だ。
今はまだ映像を記録として残す事はできず、映像の送受信ができる距離は短い。
けれど、こうして誰が来たのか確認できるのは防犯のために良いとマスターが取り付けた物。
その画面にはメルフィー嬢が箒を両手で持ち身体の前に置き、その緑色の瞳に期待と緊張を混ぜて扉を見上げる様子が映されている。
ここから始まる日々、俺も最初が肝心だと襟を正してから扉を開いた。
「今日からよろしくお願い致します、お師匠様!」
扉を開いて顔を合わせた途端の元気な挨拶。
途中までは良いとして、最後のそれに俺の動きが固まる。
「お師匠様って俺の事?」
「そうです!これから様々な事をお教えていただくお師匠様ですので!」
「ごめん、ちょっと待って。俺はそんなに凄い者じゃないから。マスターは魔導士様でお師匠様になれるかもしれないけれど、俺の場合は呼ぶなら名前に”さん”で十分だよ」
「そういうわけにはまいりません。母も貴方様から得られる事は多いと申しておりました。ならば、せめて”お師匠さん”と呼ばせてくださいませ!」
力強い言葉と訴えるような視線が届く。
そう言われると”様”じゃなければまだ良いかと、暫くの間の弟子の望みには乗ることにした。
「それなら”さん”も要らないから師匠でいいよ。長い呼び方も何だからね」
「わ、分かりました、師匠!」
「それじゃあ、まずは中に入ろうか、メルフィーさん」
「師匠!師匠が私を呼ぶのにもそれは長いですから、もっと短いものにするのはいかがでしょうか!」
「となると”メルさん”?」
「短くて良いと思います!しかし、私から師匠には”さん”が付かないのに、私には”さん”が付いてしまうのは収まりが悪くもありますね」
「それなら”メル”という呼び方にする?」
「それで御願い致します!さらに短くなってこれ以上無い響きなのです!」
「そっか……。では、改めて。メル、中に入って荷物を置こうか」
「はい!師匠!」
と、呼び方も決まり満足気に頷く少女の勢いに確かな両親からの血の流れを感じつつ、二人で塔へと入るのだった。
◇
始まったメルとの日々。
マスターが帰ってくる日までの毎日、彼女は昼食のお弁当を片手に朝に塔へと来て夕方には自宅に帰る日程となっていた。
行う事はといえば共に塔の内外の掃除が主で、そこには古代遺物を利用した物も含まれていたが、メルも父親の仕事柄同じような物が家にあるとの事でそれらの仕組みがよく分かっており、多くを説明せずとも諸々を理解してくれて助かった。
他にも俺一人では手を出せなかった高所も自前の箒に跨り飛んで綺麗に掃除してくれて、これには大助かりだったというのが正直な思いだった。
そして、俺としては日常仕事でも彼女にとっては未知の事であり、何をするにも瞳を輝かせ手伝ってくれた上に”師匠”と慕ってもらえる事に悪い気はしないものだった。
そうして互いにやりとりに慣れきったある日の作業は塔の周りの落ち葉掃き。
二人で行う分だけ進みは早いが、それでも時間も力も掛かるものだった。
何個目かの落ち葉入りの袋の口を閉じていると、近くでメルが箒の先は地面に付けて空を見上げていた。
「疲れた?」
「そうではないのです。考え事をしておりまして、御心配おかけしました」
「何か掃除の事で考えていたのかな」
「そう、そうなのです。学園でも落ち葉掃きは行うものなのですけど、実は常日頃からどう効率良く集めるかを考えているものなのですね。そこでまずはどこかに布を大きく張り、そこへ向かって風魔法で落ち葉を集めるといった方法を考えました。けれども、これは上手く布を張れる場所が見つけられるか、そもそも大きな布を用意するのが大変でもあって使い難い案となりました。しかし、今、新たな考えが浮かんだというわけです!」
それでは聞いてください!と胸を張るようにしてメルは続ける。
布を張らず広範囲に魔術を使わずに済む方法。
それは筒に袋をはめ、筒の中を通り袋へと向かうように風魔法を起こして落ち葉を吸引すれば良いのではないかとのものだった。
それを聞いてこちらは「なるほど」と納得するばかりだった。
大量の葉を一度に処理する事には向かないかもしれないが、日々の住処の周り程度の掃除に使えれば便利に違いない。
「面白い考えだなあ。その場合はずっと魔術を掛けながら吸い込むというものになる?」
「そうするつもりでおりましたが、改めて考えますとそれでは魔力消費効率が非常に悪いですね。となると、吸引するかしないか任意で切り替えられる魔術装置も作るというのはどうでしょう」
「ああ、その方が使い易いね。そうだ、装置の下には車輪を付けて移動もし易くするとか……」
「なんと良い考えなのでしょうか。さすが師匠!一歩先を行く発想が素晴らしい!」
などとまた過剰にも持ち上げられもしながら、会話を弾ませて落ち葉を片付ける楽しい一時は流れていった。




