第五話
外の吹雪の音が強くも届く中、夜は小屋の床下収納に用意されていた布団を被り、恵まれた環境で夜を明かした。
翌朝は雪は残っていたが快晴で、ヒイナさんと助手さんはこの場に残って小屋の検査の続きをするからと、二人にはそこで別れを告げて、残りの二人で下山を始めた。
彼女はといえば最初に出会った時の妖艶な雰囲気はなく、だからと鍋を囲んでいる時の様子も潜めて自分の後ろを歩いている。
少々、いや、大分話しかけ辛い所があって二人で黙々と歩いていたが、足元に雪は無くなり麓の町も大きく見えてきた所で立ち止まり振り返った。
「あの、昨日から本当にありがとうございました」
「い、いえ、これが私の仕事なので……」
こちらのお礼には礼を返しても、そのまま恥ずかしそうに彼女はもじもじと下を向く。
「それで……すみませんでした。仕事中だったのに、逸脱した事もして……」
「顔を上げてください。私としては、また……という気持ちも正直ありますから」
「ま、また……?え、あ、でも、あれはキャラ作ってる感じで、もうあんな風にはしないと決めたので……。技術もヒイナさんがあの助手さんに習ったのを、また私が教えてもらっただけの真似っこなんです……。またやっても前のようにはいかないと思います……」
恥ずかしさを増やし、そこに申し訳なさも加えて彼女は更に俯く。
今の姿が本来の彼女で、あの時は背伸びしたとの思いが彼女をこうもさせるのだろう。
「キャラ作りは分かりませんけど、あの行為自体が偽りではないですし、真似をするに無理していたわけではないでしょう?」
「それはそう、です。全然そういう事はなかったです……」
「迷ってどうしようかという所で貴女に救われて、他にも代えがたい経験を得ました。それに夕飯の時も素敵な時間を過ごさせてもらいましたから、また御願いしたいんです」
「あの時は私は何も……」
「貴女の食べる様子を見ているだけで、こちらも食が進みましたから。どちらかといえば、そういう方が好みといいますか……」
”好み”との単語に反応してか、下を向いてばかりだった彼女の顔が上がりかける。
その顔をもう少し見よう、見たいと続ける。
「野山を駆け巡る……いいじゃないですか。私もこうして山に登るのが楽しみですしね。今度は二人でどこか登るのはどうですか」
「ふ、二人で……?」
「ええ。また吹雪いて貴女に負担を掛ける心配がないような、穏やかな場所というのは……」
「は~、へ~、あ~」
眼前の若い雪女は、山の見回り中に他の登山者を警戒させないためにも身に着けた、本来は必要のない厚い登山用の服装の中で暑そうに、その顔も熱くして手でパタパタとさせる。
その手からは冷気が出ているのか周りがキラキラと輝いて、それをまた美しく思う。
そんな動作の一つ一つに注目していると、落ち着きを取り戻した彼女が顔を上げる。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女は膝に手をつけて深く深くお辞儀をしてから身体を戻す。
それが完全に戻る前に、彼女へと片手を差し出した。
「それじゃあ、今後の事を話しながら帰りましょうか」
彼女は「ふえ~」と、また暑そうな声を出すと、こちらの様子を恥ずかしげに窺いながらも、手を伸ばしてそっと握ってくれた。
手には彼女の熱と皮膚の滑らかさが伝わって、それがスルリと滑って消えないように、軽く引っ張って隣に来てもらう。
そして、はにかみながらペコリと頭を下げる彼女にはこちらも同じようにして、麓までの山道を隣同士で下って行くのだった。
これは、とある一足早く冬がやってきた秋の山、そこにまた一つ早く訪れた春の出来事────
終




