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マスターと助手  作者: 佐久サク
洗眼
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第二話:☆

 そこからの俺は予想に反して目を”ぐりぐり”とも”こちょこちょ”とも弄られずに、温かな水分を含み草の匂いを仄かに漂わせる薄手の布を両目を覆うように掛けられ顔を揉まれていた。

 「順番にやらないとね」との寝台の頭側に回ったマスターの言葉から始まったものは、少し前まで緊張が走っていた俺の意識も身体も柔らかく解していっていた。


 最初は両の掌で円を描くように頬を撫でられた。

 掌には滑りを良くするクリームが塗られているようで、シュルシュルと軽快な音を立てながら顎の先までも丁寧に広げられていく。


 それが行き渡った後は長い二本の指の腹で顎から頬を撫でる動きへ。

 絶えず伝わる人肌の熱と感触の心地良さに浸りながら、指先が円を描くように動き回る様を感じ取る。

 それには頬だけでなく肩の力も自然と抜けて行き、身体は指の踊り子が舞い踊る舞台になったかのようだった。


 自由に動き続ける指は今度は額へと向かった。

 三本の指が額の中心に置かれたかと思うと、そこから顔の外側を通るようにして顎の下まで。

 その動きを何度か繰り返した後には、指はバラバラに顔の表面を小さく叩き続ける。

 指の動作とパタパタパタという音には今度は身体が何かの楽器になったかのようで、その感触と音にだけ意識を向けて身体を完全にだらけさせる。


 そこから指は一旦離れて布の上へ。

 今度は両の目頭の傍から鼻根を摘まむようにしてククッと強く押されれば、目の疲れを感じて自分で揉む時よりもその疲労が弾けて消えて行くようだった。

 その後は鼻の形に沿って少々強めに撫でられたり、目の周りも骨の形を確認するように動かされる。

 どれもこれもその力強さは感じるが痛みはなく、顔の形を整えられていくようで気分の悪さは全く湧かなかった。


 これは噂に違わぬ技術だと、施術前にマスターから聞いた今回の依頼の流れを思い返す。

 依頼主は南の港町にある鍼を身体に打って機能の回復させる治療院の院長。

 鍼を打つとの行為は敬遠する者も多く、何年か前からは手で身体を揉むという形を用意した所、これが世に大きく受けた。

 そうして世に広まると同様の事を始める所も増えてきて、差別化を図ろうとしたのが今回。

 「顔や頭を揉むものは既にやっているから、更に他の具合も良くなるような何かを付けられたら……」というものが院長の願い。

 マスターは迷いもなく引き受けて、既に在る施術の流れに組み込まれるものなら自分もそれを覚えて策を考えたいと、その治療院に何日も滞在して今日に繋がっていた。


「本当ならもっと柔らかさがあるんだけれどね……」


 と、治療院で各種族の綺麗処から代わる代わるその技を身で受けたという何とも羨ましい期間を経た本人は納得していないようだが、指先は扱いの危険な古代遺物を蘇らせる繊細な作業に慣れているのもあってか、その手つきには合格どころか満点を送りたかった。

 などと称賛をしていると顔を滑る手が去っていき、目の上の布を取られ一度起き上がる事に。

 目の周りは少し重いようにも感じるが、これは最初の布に染みていた消毒薬と麻酔薬によるものと聞いていたので気にせずに他の場所へと意識を向ければ、顔全体が柔らかくなる一方で肌の表面はピンと張った感覚が在った。


 それには綺麗でありたい者達だけでなく、仕事やら試験やら大事な局面に向かう前に精神を高揚させるために治療院を訪れる者もいるとの話も理解できると、現状の幸せポイントが高く積まれていた時に視界に入ってきた物。それを捉えた途端にそのゲージは激減した。

 マスターの手に持たれて真っ直ぐに立つのは、黒く細長く先端はツルリと丸く形取られた紐のような長さは15cmほどの物体。

 あれで今から目をどうされるのか……という思いは強くあったが、最も気にした所はそれではなかった。その物自体だった。


 それはいつかマスターが遺跡から見つけ出した古代文明遺物。

 2mm程の細さでありながら鋼より強く、力自慢の大男二人で抱えてようやく持ち上げるような箱をそれ一本で釣り上げても千切れることはなく、一方で自由自在に曲げられる柔らかさを持ち合わせた現代の技術では原理の理由のつかない未だ多くの謎に包まれた物。

 発見された内の大部分は研究に回され、その内の一部が国立博物館においてその強度を見せつけながら展示されて、残りの短いこの一本は見つけた本人のマスターが「「持って行って良い」って言われて、せっかくだから」と、こうして自らの居城に持ち帰ってきた。


 そんなとんでもない一品ゆえに、今マスターが持っているあの程度の長さの物でも収集家なり個人研究者なり出る所に出れば争奪戦。

 中央街で一軒家を買える程の金銭がそれと引き換えにすぐにでも手に入るとも聞いた。

 それが、今、目の前に。


「それ、使うんですか」

「貰ったは良いけれど、何か使い道が欲しかったしね、道具は使われてこそだから。ただ、これは遺物を元に作った物なんだ。完全に複製するのは無理で、だから、これは少しだけ幅が広いんだよね」

「地下研究室に籠っていたのは、それが理由だったんです?」

「そう、考えにあった以上に時間が掛かっちゃって」


 空いた手で肩を揉みながらの「久々に疲れたねぇ……」との感想を聞きながら思い出す。

 確かあの遺物は複製研究が長くされているが、どうしたら作り出せるのかその初期段階から躓いているとかどうとか……。


「知らない内に国立研究所での解析が進んでいて、ノウハウを聞いてきたんですか」

「いやいや、僕が一から頑張ったんだよ?向こうもまだ全然研究は進んでないって聞くし」

「じゃあ、逆に今度その成果を伝えようとか」

「それは考えてないけど」

「教えてあげたら良いじゃないですか。今後の技術利用に期待が高くて、国からの研究費用も凄く投入されてるんでしょう?」

「それはどうだろうなあ。だって、これ、結構ぬるっとさせてしまったし、他の人達が考えるようなものに役立つのかどうか……」

「いきなりぬるっとさせたんですか?」

「違うよ~、今回の用途に合わせて手を加えて……」

「なら、加える前の段階で伝えれば良いのでは」

「あっ、そ、そうかー」


 と、大発見かのような顔をした相手に、大勢の技術者が揃ってどうにも出来なかった事を実現させる天才的な閃きがあるかと思えば誰でも気づきそうな事にはこれだとは、この人は凄いのかボケボケなのか分からねえ……との思いを送るしかなかった。







 そんなやりとりをしている間にもマスターの手は動き続け、遺物の先端を薬瓶に付けたりと準備を終えて、今はそのぬめぬめとした紐状の物が顔の傍に在った。

 粘着力のある液体に纏われ光沢を放ちながらも少しも折れ曲がる事もなく真っすぐに立ったそれは、現代の一般的な道具とは違う事をそれだけで伝える。


「じゃあ、目は軽く閉じて寝てみて。触れられても驚いて動かないように頼むね」


 覚悟を決め言われた通りに横になると、まずは左目の下瞼が指で下に引っ張られる。


 スルッ


 下瞼の内側と外側、その境目を撫でられた。いや、舐められた。

 その感触は滑らかで柔らかく、似ている物として浮かんだのはある森の奥に生息していた植物だった。

 動物を捉えて栄養にする者。鞭のようにしなる触手を持ち、それに足を取られて転んだ時にぬるりとして生暖かい物が身体を巻いて掴んで……。

 幸い傍にいたマスターがすぐに斬り離してくれたので、締め付けられはせず悪くはない感触だけを記憶に残していたが、それが再び鮮明に思い出される。


 紐……いや、触手はそんな俺の下瞼の境目を何度も往復する。

 耳の中より柔らかい部分を撫でられるのは、表面が敏感な面もあれば少しでも間違いがあれば傷を負う緊張感もあって、身体を快感と恐怖心が混ざったようなものが駆け巡る。

 息も荒くなりそうだったが、その動きでマスターの手元が狂っても不味いと必死に押さえつけて小さく呼吸を続ける。その間も触手はスルスルヌルヌルと撫で上げて、顔全体もサワサワと撫でられ舐められたかのような感覚を引き起こし、目の奥や後頭部にも緩やかな快感が訪れる。

 

 下瞼が終わると、次は上の瞼を上へと引っ張られる。

 こうなると嫌でも視界が開かれてマスターの手にした物も見えてしまうために、少しでもその存在を認めないように眼球を下へと向ける。


「ああ、ぜひそのままで」


 マスターが手間が省けて良かったように伝えてきた中で、それでも視界の端にぼんやりと映る近づく手。

 それには身体が冷えるが、再び瞼の端に沿って触手を動されると、その柔らかく心地よい感触に引っ張られて目の筋肉も身体の筋肉も弛緩していく。

 そうして三度ほど行ったり来たりをされた後に目頭の傍で触手は離される。

 

「「あっ」」


 そこで俺とマスターの小さく発した声が綺麗に重なった。

 触手と共に何かが離れた感覚を得て身体を起こすと、マスターは触手の先を凝視していた。


「何か取れました?」

「これくらいだけどね」


 触手の先を素早く拭き取り見せられた布の上には黒色の薄く小さな欠片があった。

 灰だろうと一目見て思う。

 塔の外でゴミはよく燃やすから、そこでいつの間にか入り込んでいたのか。

 違和感には全く気が付かなかったが、取れてみると爽快感は相当にある。


「気分は良くなりましたね」

「大体こういう物は涙が流してしまうのだろうけど、在る所には在るものなんだねえ」


 と、マスターは言葉では冷静に分析しながらも、目を開き口元も上げて思わぬ発見への満足感を表情に強く出す。

 理解できるかと問われれば理解できない部分はあるものの、本人が楽しいのならばそれで良いかとして再び寝転び、右目も同じように撫でられていった。



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