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マスターと助手  作者: 佐久サク
シャドウ・ユニゾン
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第三話

 やがてドブールさんの手強い硬さを解し尽くし、彼がシャツを着直した所で二人で並んで寝台に座る。

 彼がすっきりとした表情で身体を伸ばす様子を見つつ、気になっていた事に触れてみる。


「ここでいつも姿を隠していたのは、ずっと俺の姿を取っていたからだったんですか?」

「いや、君の姿にしたのはこの部屋に来てからだよ」

「じゃあ、それまでは元の姿を……」

「それも違うかな。君は知らない誰かの姿を取ってはいたけれど、それは元の姿ではない。というか、自分でも元の姿が今となっては分からないんだよね」


 以前に事故や何かで記憶が失われたという事なのだろうか。

 願えば誰かの姿になれるのなら、変身を解くと願えば基本の姿に戻るとはならないのだろうか。

 どういう事なのか……?と顔にも出ただろう俺を彼はちらりと見た後に前を向く。


「自分がいつから存在していたのか、最初は何だったのか分からないんだよね。他者の姿を取らないと自分が存在できないって事だけは判るんだけど。昔はね、手あたり次第に複写しては相手を驚かせてもいたな。記憶も人格もその誰かそのままにして生きてきた。でも、それは途中で楽しい事ばかりとならないと分かって止めたんだけど、その時にはもう自分がどういう存在だったのか、どんな振舞いをするのが自分らしさなのか何も分からなくなっていた。何をしても「これは他の誰かの仕草なんじゃないか」となってしまってね」 


 ドブールさんは寝台から伸ばした足をぶらぶらと揺らして軽い世間話のように話す。

 声は明るく、白い歯を見せ笑いながら。

 けれども、その事を受けとる俺は明るく楽しくとはいかないものがあった。

 俺はそんな能力は持たないけれど、彼の話から分かるものはある。

 誰かを複写し隠されたものを見る事で、知らずとも良い事を沢山知っても来たのだろう。

 自分がどういう道を歩いてきたのかが分からなくなるだなんて、考えるだけでも恐ろしくもある。 


「それからはこんな力を持っていると危険も多い事に気付いて、複写するにも行き倒れとか亡くなった誰かの外見だけ借りて、名前も適当に名乗って隠れてコソコソとして過ごして来たよ。その時にここの魔導士君と出会ったんだ」


 その記憶や性格も複写して誰にでもなれる能力。

 それだけでなく、自分と相手と感覚を共有する能力。

 悪く使おうと思えば、いくらでも出来るだろう。

 自分を利用しようとする者達を避けるためにした苦労もあったのだろうと、語られずとも想像は付く。

 

「他の誰も訪れないような遺跡に一人で居たものだから凄く心配されちゃってね。で、上手く説明も出来なかったから、自己紹介するのに彼の姿を取ろうとしたんだよ。そうしたら、これが出来なかったんだよ」


 できなかった、無理だった。それをドブールさんは心底愉快な事のように話す。

 マスターの複写はできなかった。今回も感覚を共有することが不可能だった。それで俺に頼まれた。

 マスターが触れていた事情とはこういう事かと把握する。


「魔術に長けた者相手にはオレの能力は通じ難いようでね。それは後で分かった事で、その時はそういう事が初めてだったから、それはもう驚いたんだけど。まあ、それでもどうにか他の人の姿を使わせてもらって証明は済ませてさ。そこからの付き合いなんだ、君のご主人とはね」

「そういう事でしたか。それで今回はマスターの研究の手伝いを……」

「あ~、いや、オレはそんな事はしてないよ。オレは隣にいて喋っていただけだね。オレが町の賑わう所に行ってみたくて、そのついでに寄ったんだ。ここ何日かは近くの町に滞在して、そこからこの塔に通ってね。これまで隠れて生きてきたから、着込んで身体を隠していないと落ち着かなくてさ。でも、そうして過ごしている内に「なまじ目立って駄目だな、これ」って気づいたけどね」


 この旅の来客も訳有りの人ではあったが、話し相手なだけだっのか。

 そう今回の来訪理由が分かり、二人共お互い喋ってスッキリして良い時間を過ごしたのだろうと思う。

 と、そこでドブールさんが俺の顔をじっと見ていたかと思うと、目を細めニヤリとした顔つきに変わる。


「こういうオレってどう思う?」


 難しい質問を振られたと真っ先に思う。

 マスターならばそこから哲学的というか学術的な話が出来るのだろうけれど、俺にはそのような発想は出来ない。

 なんて他の人ならなぁ……と思い続けているわけにはいかず、自分の考えを示す。


「そうですね。自分の事をそれだけ深くも考えて、そんな生き方を選べるのは他の誰でもない貴方という人で、俺としては付き合い易い相手だなと思いますよ」

「褒めるねえ。そうか、そう言ってくれるかい」


 飾らずに答えたものにドブールさんは朗らかに言い放つと、次には考えるように遠くを見る。

 俺の言葉はどう受け取られたのかと黙って見守っていると、彼はふふっと笑ってこちらを見てきた。


「実はさ、町に出て誰かと話していてもキザとか軽薄とか言われて、やりとりに自信が出なくなる時もあったんだけどね。付き合い易いとは嬉しいなあ」

「まあ、そのような感想も出るかとは思います」

「あ、君もそこはそうなんだ。ま、どう思うか聞いたのはオレだものね。実に率直な思いをありがとね」


 と、ドブールさんは顔を顰めてみたり笑ったり深く頷き理解を示したり。

 言葉毎にコロコロと大きく様子を変えていく彼は見ていて飽きない。

 その点も俺としては付き合い易い気分にさせてくれると、自分と同じ姿などという事は今はもう欠片も気にもならずに、その後も彼との世間話を楽しんでいった。

 



 



 夕方、ドブールさんが帰る時間となり、出来上がった燻製を渡すために俺の姿をしたままの彼と二人で製作小屋へと入る。

 近くの町への滞在予定期間はもっと短かったらしいのだが、マスターが是非お土産にと勧めて出来上がりまで滞在を伸ばしていたようだ。

 それは期待も大きく掛けられていそうだと、口に合えば良いけれど……と燻製を包んでいると、ドブールさんに軽く肩を叩かれた。


「一つ君に頼みがあるんだけどいいかな?」

「構いませんよ。俺に出来そうなことなら」

「君に出来そうというか、君にしか出来ない事かな」


 と、ドブールさんは笑顔で自分の胸元に手を置いた。


「この姿さ、これからも借りさせてくれないかな。気に入っちゃって」

「えっ……」


 俺にしか出来ない事とは何だと全く思いつかなかったが、それは紛れもなく俺にしかできない事だった。

 けれど、快く「はい、どうぞ」と言うには戸惑う申し出でもあった。

 

「あ~、やっぱり簡単には行かないよね。いや、いいんだ、押し通せはしない話だから。帰り際に悪かったね」


 「忘れておくれ」と付け加えて、ドブールさんは頭を下げる。

 そんな彼を見て思う事。

 彼は誰かの姿をし続けなければならず、これまで長く人知れず死んでいった見知らぬ人の姿を借りて生きてきたという。

 相手に許可されたわけではなく、それには後ろめたさも感じてきたんだろう。

 彼がそういう存在だと知っているのは俺とマスターだけで、彼はマスターの姿を取る事はできない。

 今は俺だけが彼の事実を知り、彼の悩みを取り除く事ができるわけだ。

 俺が彼に付き合い易いと伝えた事に嘘はなく、今後も付き合いを続けたい思いはある。

 彼が気楽に過ごすための力になれるのなら構わない。

 

「俺の姿を今後もとるのはいいですよ」

「本当かい!?こんなに嬉しい事はないよ。あ。もちろん。君の記憶には触れないからね。それは誓う」


 ドブールさんは弾んだ声で歓びを表して、次に俺の中身を利用しないと約束するその姿は騎士の振舞いのように真摯だった。


「分かっていますよ。でも、全く同じではややこしいですし、一部を変える事はできませんかね」

「それなら、髪の毛でも染めようか」

「それは区別がつき易そうで良いですね」

  

 それで話は決まりだと、お互いが同じ顔つきをしてガッチリと握手するのを最後にして、ドブールさんはこの塔から去って行った。




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