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マスターと助手  作者: 佐久サク
遠く歌声を聴きながら
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第四話:☆

 ナディアさんの事情を知った翌日、マスターは一人で作業したい事が出来たとどこかへ出かけ、残りの三名も外出する事となった。

 最寄りの町ではなく足を伸ばしてここらでは一番の都市にまでに行き、俺が案内人兼財布の預かり人となってこれでもかと遊び疲れての次の日、俺は慣れ親しんだ寝台に寝ていた。


「寝てからいうのもなんですけど、取る物ありますかね」

「僕としてはあると予想するね」


 これはまた何か新しい思いつきをしたのかと浮かべる俺の横で、マスターは隣に立つナディアさんへと顔を向けた。


「それじゃあ、ナディアさん。ここで一度歌ってみてくれないかな」


 俺も彼女もその言葉には「え?」というものをマスターに向ける。

 特に彼女はマスターを見上げて、その目を大きく開いていた。


「この中は色々置いてあるけどね。今は”固定”の魔術が掛けられているから影響が出る事はないよ。ここが何もない広い場所だと思って歌ってみて」

「はい……」


 ナディアさんは頷き歌う準備に入り、俺はマスターのひらめきを信じて身体を元に戻す。

 そこに届くセイレーン族の本気の歌。

 どうやら彼女達の種族語のようで、その歌詞の意味は分からない。

 服の袖や裾が僅かに揺れるけれど、柔らかな風に吹かれた程度のものでそれには何も不快感はない。


 歌は緩やかなものだった。

 切々と歌い上げられるそれを、目を瞑り耳だけに意識を向けて聴く。

 瞼の裏に浮かぶのはいつか故郷で見た夕焼け空。

 遊び疲れた帰りに山の向こうに見た景色。

 郷愁の思いが歌に乗って次々と浮かぶ。

 小さく揺れを感じる服だけでなく心をも揺り動かされ、そこに纏わりついていた汚れが落ちていき、心が晴れ渡るという感覚を強く感じていた。


 何分か続いた歌声が終わると、俺は寝台から起き上がりナディアさんへと向いて拍手していた。

 そうしなければならないとの意識が俺に自然と起きていた。

 マスターも隣に立つナディアさんに向けて拍手をして、ただただ「凄いねえ」と感嘆しているものだった。 

 そして、この感動をくれた御本人はといえば、拍手の中で照れたように身体を小さくさせていた。

 こんな可愛らしくもある姿からあのような歌が奏でられるとは、経験した今でも信じられない面もある。

 と、まだこの身に残る歌の感覚を思い出しながら彼女をずっと眺めていると、マスターがこちらに向かってきた。


「では、今度はこれを耳に入れてから寝てみて。仰向けよりもうつ伏せが良いかな」


 と、差し出されたのは、耳孔にスッポリと入りそうな筒状の綿だ。

 耳栓というには音が通りそうな隙間が幾つも出来ていて、感触は綿棒よりも随分と柔らかい。

 そんな事を認識しながら右耳にその綿を入れると、異物を入れた分だけ音は聞こえ難くなったが、やはり栓をされたというには程遠い感覚で、これに何の意味があるのだろうと思いながらうつ伏せに寝転ぶ。 


「ナディアさん、もう一度歌ってみてくれるかな。今度は短めに、その代わり最初から力を込めるようにしてね」

「分かりました」


 再び歌が始まり、今度は最初から最高潮というように服も体も心も震えていく。

 そして、耳の中の綿がざわざわと動き始めた事に気付いた時だ。

 ビリッと脳天に衝撃が走り、思わず肩と膝がガクンと動いて、膝が当たった寝台が大きな音を立てた。

 それに気づいたのか、ナディアさんは歌を止めてこちらに駆け寄り、マスターもついてくる。


「だ、大丈夫ですか?」

「身体を動かさないように……との言葉も付けておいた方が良かったみたいだ」


 俺をとても心配している様子のナディアさんと、計算違いだったというように頭を掻くマスター。

 それを聞く俺の頭はここにあるようでここに無いというか、覚醒はしているのにどこか夢心地だった。

 ぶつけた膝は痛くはないけれども、足の先までにも及ぶ甘い痺れが残っていた。


「な、何なんです、今の……」

「まあ、それはまず耳に入れた物を取り出してからにしようか」


 起き上がり寝台へと座った俺の右耳にマスターが手を伸ばし、スッと取り外された綿を俺も見てみると、そこには砂の粒より細かな汚れがいくつか付いていた。


「うーん、思ったよりだね。これは道具の機能というよりも、身体の状態からによるものだろうけど」

「汚れを取る用なのはわかりますけど、それって何か特別なものだったんですか?」

「いや、これ自体は粗く作ってあるだけの綿だよ。それを細かな振動と合わせたら、いつもは取れない汚れも取れるんじゃないかと、ナディアさんの声を貸してもらう事にしたんだ。それで、受けた感想としては、どう?」

「……その辺も先に説明しておいてくれると良かったです」

「ああ、そこはゴメンね。どうも驚かせてしまったようで。僕としては梵天掃除のちょっとした延長線上くらいに考えていたから……」

「かなりの延長線上ですね、その……気分としても、非常に良かったですけど」


 それを口にする羞恥心は当然に存在したが、受けた側の素直な意見としては伝えなければならない。

 それに何よりこちらを不安げに見るナディアさんを、そのままにしておくわけにもいかなかった。


「なるほど。これは想定外の良い効果がありそうだね。よし、今度は両方で行ってみよう」


 そう言うが早いか、マスターは新たに綿を二つ用意して差し出してくる。

 これから起こる事を心待ちにするように弾んだ声で、こちらには拒否権など無いように。

 俺とて拒否するつもりはないけれども、どうしても拭えない思いがある。

 またあれをやるのか、場所が二倍で感覚も二倍……と。

 誰かの前でその姿を晒す事には、考えるだけで激しい照れが湧いてくる。

 

 が、残りの部分ではあの感覚をこの身に受けたい気持ちが湧いて、マスターの手にあるそれにそっと手を伸ばし受け取ると、両耳を軽く塞いで寝台に俯せになり、顔は二人が居ない方へ向ける。

 下向きは苦しく、これから起こる表情は見せられないものになるとの想像が簡単についていたからだ。


「では歌いますね」 

 

 奏でられる歌。

 両耳が塞がれて少し遠くなりながら届く澄んだ歌声。

 やがて歌は盛り上がる部分へと差しかかりナディアさんの声の力も増す。

 両耳の中で綿が細かく振動をし始める。

 これは……来る!と目を力強く瞑り、両手で寝台の端を掴むようにして全身にも力を入れる。

 その次の訪れたのは、そんな俺の考えや意識や何もかもを弾き飛ばしていく快感。


 耳孔内の振動が直接繋がったかのように頭の中が揺れる。

 その衝撃は身体という海に快感という波を引き起こし隅々にまで広がっていく。

 力を込めて寝台に掴まろうとするが、入れた先から抜けていく。

 歌の振動によって外側から身体が揺らされることはないが、内側から巻き起こされたものに手の先や足の先の細い部分が震えてしまっている。

 

 更に力は増した歌が来て脳を揺らす。

 他の部分に意識を向ける力も失っていき意識が遠のく。

 ナディアさんの歌に案内されて意識が空高く連れていかれるようだった。

 口からは小さく呻き声のようなものが出てしまう事には気づいたが、それを止める意志も恥ずかしさも今はどこにもなく、彼女の歌が導くままに全てを委ねるだけだった……。




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