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マスターと助手  作者: 佐久サク
今日も掃除をしよう。
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第四話:☆

 年代物の邪魔者が取れた場所を匙が攻める。

 俺は脱力し、その快感を身体に染み渡らせて楽しむ。

 カーム氏も「おお~」と声が出る程で、痒みをこうして掻かれる彼は俺以上に幸せな気分を得ているのだろうと分かる。


「こんな風に耳を掃除される経験はなかったが、このガリガリと響く音も良いものだね」


 そう感想を述べつつカーム氏が口から吐き出す息は、それはもう心地良さに満ちていて、自分の方に音が無いのは寂しいものもある……と、そこで思いもする。


「どうも全体的に痒くもなってきたようだ、他の部分もそのようにしてもらえないかな」

「分かりました」


 そこから耳の孔全体をしっかりと掻いていく形になり、力強い動きの匙で掻かれる度に俺の頭までもが気持ち良く痺れていくようだった。

 

「私としてはもう少し力を強くしてもらいたいが、助手君の感覚はどうかな?」

「大丈夫ですよ~」


 カーム氏の希望にも気の抜けた声で了承の言を出してしまった俺へとやってくる更なる波。

 寄せては返す度に脱力していくようで、今はこの感覚だけに浸りたいとマスターの手元を見るのも止め、椅子を後方に移動させ目は閉じ顔を上に向けて、離れた場所から送り出されるものを全身で受け止める。

 その快感にはカーム氏のように声を出したくもあったけれど、後ろで煩くするのも……と、流石にそこは我慢していた時、耳に違和感がやってきた。

 痛みでもなく快感でもない第三のもの、それは”痒さ”。

 感触を得る内に俺の外耳道も痒みを発生させてしまったようで、これは相当痒いな……と頭に過ぎった次の瞬間だった。


 ふおっ!


 思わず変な息を吐き出し、身体を大きく震わせてしまった。

 痒みが出てきた所を思いっきり掻かれて、脳が真っ白になったかのような衝撃がそこにあった。どうにか落ち着こうと椅子にきちんと座り直してみても心臓の音は速まるばかりで、身体の各所にはびっしりと鳥肌も立っている。


 この痒みと圧力が手を組んだ状態は凄いが不味い……と気づくが、俺の思考など知った事ではないというように、耳は絶大な快感を送り出すようにと更に脳に伝える。

 手足の末端までフルフルと震えるような身体で寝台の様子を見てみれば、カーム氏は彼にとって丁度良い加減の心地良さを堪能し、マスターも熱心に手を動かす姿がある。

 これでは痛みがあるわけでもないし、弱くして欲しいとも言えない……と、カーム氏の満たされた表情を最後の力で覗いた後は傍にあった机に上半身を預け、後はもう止めどなく身体を何かが這いずり回るようであり、それによって己が幸福の海に沈んでいくかのような奇妙な感覚をひたすらに受け入れ続けるしかなかった。




 



 やがて「ふ~~」とカーム氏の実に満足したという息が届いて、俺の耳も解放される。

 しかし、俺はまだ全身をこそばゆい感覚に襲われたまま、二人の方を向く気力すら無くそこにいた。


「助手君?」

「大丈夫です、痛くは無いです。次は反対側ですか……」


 俺の様子に気付いて声を掛けてきたマスターに何とか助手役に意識を戻して答えると、マスターは横になったままのカーム氏の方へと戻る。


「どうやら彼への負担が大きいようですね。これ以上続けるのは危険なので、もう片方はまたの機会ということでお願いできますか。申し訳ありません、僕の術の力が足りませんでした」

「私はそれで良いから気にしないで欲しい。片方が聞こえるだけでも生活には十分だ。今度の休みは山登りではなく、またここに来るということにしよう」


 カーム氏は快く答えて起き上がり帰り支度をすると、俺の傍へと来て今日のお礼と身体の心配をした後に部屋を出て行った。







俺はそのまま部屋にいての暫く後、外までカーム氏を見送りに行ったマスターが帰ってきた。


「すいません。術が悪いわけじゃないですよ、俺の……」

「分かってるって。あの場はその方が収まりも良いから。足りないものはあるんじゃないかというのも事実でね。どうだろう、今後こうした方が良いと思うものは……」

「とりあえず実用前の確認はやっぱり耳を使って欲しかったです」

「それは受け入れられないかなぁ。一度どんなものか分かったから、そこはもういいでしょ?」

「ま、そうなんですけどね。後は……音も共有できたら良いかと」


 互いに軽口を叩きあった後は素直に思いついた事に触れてみると、マスターは「お?」と早速興味が惹かれたとの顔に変化をした。


「音か~。そうなると鼓膜から奥への繊細な術の技法が必要になる……けれど、考えとしては面白い、それでいこう。実に良い発想だ」


 そうして瞳を輝かせるマスターには、また凄い技術を小さな事に注ぎ込むのだなと呆れもすれば、話に聞くだけで困難だと分かる事をこの彼は近い内にやり遂げるのだろうなと、また一つ尊敬の念をこの胸に抱くのだった。





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