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マスターと助手  作者: 佐久サク
体験学習
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三日目─その五

 そこからはオレがレポートを書き易いようにと、各地の遺跡や都市での物事を聞かせてもらう一時となった。

 これを活かして纏めれば、今回の体験学習どころか学費免除の考査にも通りそうだとさえ思うものを楽しい気分で終えた夕方、ダイニングテーブルでお茶を片手に一息つく。


「僕から言える事はもう無いかなというものだけど、ユーリ君から気になることはある?」

「気になる事ですか……」


 この塔にやってきてから様々な事が気になったが、今はそれに触れる気は失われている。

 しかし、代わりに一生徒として世界を駆け巡る遺跡発掘家に問うておきたいものはあった。

 

「もう世界の全てを旅して回ったんですか?」

「まだそれには遠いね、訪れた事のない国は幾つもあるんだ。それに、もし陸地や海原を制覇しても海や地の底にはまだ手をつけていないから、世界中を知るには時間も力もまだまだかな」

「そういった所にも過去の遺物があり誰かが住み、世界が広がっているかもしれないと考えているわけですか」

「そうだね。後は空に浮かんだ大地や、その上の星々にも違う文化と生きている者達がいる可能性はある。そうした目で見える場所だけじゃなく、別の世界があるのかもしれないよね」

「別世界……?」


 黙って聞いていようと思ったけれど、出てきた単語に思わず触れてしまう。

 続きを言いかけていた彼はそれを一旦止めて俺に対して頷いた。


「これは未だ達成されていない空間転移術についての話になるけれど、この世界で遠くに一瞬で移動するには、一度違う世界を経由することで実現できるのではと仮説を挙げる人もいるんだよ」

「異次元というものですか……」

「そう。流石によく勉強している。と、違う空間もどこかに存在して、世界はどこまでも果てしないのかもしれない。考えれば考えるほど世界は広がるけれど、僕としては目で見える場所を考えるだけで今は精一杯と思うかな」


 彼は穏やかに自分の考えを語った。

 ”目に見える場所”

 そこでのオレの知識は彼の知る何分の一にも満たないと、この日々で強く自覚した。


「何か難しい話してますよね。盛り上がるのもいいですけど、こっちにも構ってくださいよ」


 時刻は夕飯時。キッチンから長く出てこなかった助手さんがトレイに大きな鉢を乗せてやってきた。

 一度気がつけば何度も鼻を働かせてしまう好意的な香りがそこから漂い、目の前に置かれた鉢には黄金色のスープに黄色がかった麺が入っていた。


「これは……」

「ユーリ君に言われた案を入れて作ってみたんだ」

「食べていいですか」

「どうぞ、どうぞ。温かい内に」


 食器は箸にフォークにと用意されていて、これならやはり……と箸を取る。

 麺を持ち上げると黄色がかった縮れ太麺で、口に含めばモチモチの麺にスープが絡みついているのが分かり、じっくりと噛み締めれば味噌の深い味わいが広がる。


「味はどう?」

「美味しいです。この麺が凄く口に合うというか、他で見ない感じで……」

「上手く出来たか心配だったけど、気に入ってくれて良かったよ」

「麺も手作りなんですか」

「旅先で教えてもらったんだ。そこで流れる川の水で作ると麺がモチモチと美味しくなるらしくてさ。マスターがその水の成分を分析して、原因となる物質はこの辺りでも手に入る物だったから、それを練り込んだんだ」


 麺打ちまでするとは本格的。

 良い歯ごたえの麺を楽しみながら、再びこちらの世界に似た物が存在した事に驚きを持つ。

 そう言えば、どうしてこうも歯ごたえが変わるのかとの理由は知らなかった。

 以前の世界でもっと色々と知っておけば良かったな……と、悔しさを沸かせながらスープを飲む。

 見た目からしても味の濃さを感じさせるスープで、麺に絡める事なくゴクリと堪能する。

 コクと甘さと酸味が合わさり、豆ペーストに干し果実を合わせただけでは出ないだろう濃厚な風味。

 出汁も濃くした事は分かるが、それが決め手ではないように思う。


 今度ははゆっくりと口に含み、喉を通るその一瞬までも意識を集中して確かめると、感じる酸味はトマトのようだった。

 この世界でもよく見かけて、家での料理でも学校のカフェテリアや購買でもお馴染みだ。

 ペロリと唇を舐めた時に伝わったのは乳製品の味。

 最初は牛乳かと思ったが、これはもっと深みを与えていた。


「スープはチーズとトマトを入れたんですか」

「お、正解」

「牛乳でも入れたのかと思った。この酸っぱさはトマトだったかあ」


 オレの回答に良い顔で反応してくれた人と、もう一度自分の鉢のスープを飲んで、それでもよく分からないような顔をする人。


「水の成分は分析できるのに、その辺は疎いですね」

「美味しければ何でもいいかな~って」

「そういう事は生徒を見習ってみたらどうですか。それで、ユーリ君に言われた豆ペーストに加えるやつの事なんだけど、濃さは良くなるんだけど酸味が気になってさ。そこからいっそ酸味を強くしようかとトマトを入れて、チーズケーキ食べてたらそのコクと酸味も良いなと思って、チーズを削って入れてみたんだ」


 世に名を知られた魔導士だけでなく、その手伝いをする者もまたオレの知らない多くの物事を知っている。

 いや、知るだけでなく作り出す力を持つ。

 足りない部分があれば別の物を合わせ、新たな物をこの世界に生み出す。

 そんなこれまで知らなかった”味噌チーズトマトラーメン”を食べ続けながら決心する。

 やはりずっと考えていた事は自分の中に収めておこうという事を。 

 彼らは異なる世界から知識を持ち出しているわけではない。

 この世界に既にある知識を合わせて前進していく素晴らしい人達というだけなのだとして。

 

「後はここに肉が欲しくもあるよね。この麺を作っていた所のスープに入っていた豚肉を甘辛く煮た物を使うのはどうだろう」

「あれは俺も好きですけど、今回のスープに入れると全体の味が濃過ぎると思いますよ」

「そうかなあ。ユーリ君はどう思う?」

「そうですねえ。肉は肉でも鶏の胸肉を使ったあっさりした物を入れるというのはどうでしょう」

「あ~、それなら合うかもなあ」

「いいねえ。じゃあ、次はそれで頼むよ、助手君」


 オレの考えなど知らない様子で味を追い求める彼らに乗って、今度は三人でラーメンの具材について語っていく。  

 先日の朝に続いて、ここだけ外部から切り取られた異世界のような空間。

 不思議で夢のようでもあり、居るだけで気分が弾むようなこの場所で、この実習の日々を振り返る。

 この塔に来るまでに浮かべていたような事は何一つ起こらなかった。

 オレがこの世界に在る意味を知る事も全くなかった。

 だからと、学園生活に戻った後にそれを追求しようなんて気分にもならない。 

 今はただ今こうして生きる世界をもっと知ろうかと、この"先生"達を見習って行こうと、これまでには無かった意思の火が灯るのを感じていた。




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