三日目─その三:☆
第一研究室より上階にある第二研究室、二人の話を盗み聞きした部屋へとオレは連れていかれた。
全てを聞かされる中で色々と考えた。
そりゃ確かに体験学習に来ただけの相手に「整体させてくれ」だなんてなかなか言い出せないよな、とか。
オレだっていきなり身体を任せるわけにも……とも。
けれど痛みと共に指摘されれば自分の不具合が気にはなるもので、覚悟を決めて治してもらう事にした。
用意された装置とは厚みのあるベッドの形で、背中側の機械仕掛けのローラーが背中を刺激する仕組みとなっていて、これも古代文明遺物を改造したものだという。
それによって背中を解され良い気分になっているオレの横で、その装置を作った人物は身体を小さくしていた。
「出会ったばかり子に頼む話じゃないって止めたのに、昨日の夜は釘を刺したら「我慢する」とまで言っていたのに、結局は歯止め利かないんですから……」
「今日なんて本を読んで寝不足になってしまうくらいだし、そうしていつも本を読んでいる内に姿勢が悪くなっているんじゃないかなと思ってさ。それなら早くにその事も含めての矯正をしておく方が、と……」
「それで反対されそうだからと俺がいない時にですか……。どうしてもだからと言っても、コソコソと話を進めるのは止めましょうよ。あれじゃ何の話かと無駄な緊張を与えるだけですよ」
「うん……。ごめんね、ユーリ君」
従者にこんこんと叱られた主人はオレに向けて謝る。
本当に無駄な緊張と豪快な勘違いをさせられたと思うものの、その頭を下げて謝る様子に追撃を与える趣味は無いなと笑顔を向けた。
「いいですよ。まあ、何の話かと驚いたのは実際ありましたけど」
「君の立場を考えたら本当にそうだよね。それなのに許してくれる、装置も試してくれる。こんないい子が来てくれるなんて助かったよ。やっぱり思い切って言ってみるものだなって」
「そんなにうまく転がる話ばかりじゃないんですから、止める身にもなってくださいよ……」
叱られた後は直ぐに元気が出たようで自分の行動を良しとする相手に叱り役は忠告をまた付ける。
その顔は仕方がないとも見えて、こういう事が何度もあって慣れているのだろうとオレに伝えるに十分なものがあった。
「あ~、それで後はどのくらい寝てると……」
「ちょっと時間かかるかな、その機械では本場のようにはいかなくてね」
「本場って……?」
このローラー装置は古代文明においての別の用途の物を流用したと説明された。
だから、それが本場ではない、元となる機械そのものが存在していたわけではない。
やはりこの人はオレと同じように違う世界を記憶しているのだろうか。
この世界の機械を利用して向こうの世界と同じ物を作り出す。
そうは思いはしても、整体について詳しい事は知らないからいまいち判断がつかない。
こんな装置があったような気はするけども……。
「身体の歪みを治すのにとても腕のいいリザード族の人達がいてね。その人達の居住場所に行かないと受けられない技があるんだ」
そっちかよ、整体の本場かよ。色々考えて損した。
ここに来てから、こんなのばかりだ。
「今のローラーの感触のように、尻尾でぐいぐいやってくれるんだよね。僕としては技術の流派の中でも赤派。年季の入った極太い一品を持ったおじさん達に力強くやってもらうのがたまらないんだよね」
なんかまた誤解しそうな事を言ってるぞ、この人。
「俺としては青派が譲れませんけど。細身の尻尾にやられるのがいいんですよね。叩く動きで最初はかなり痛いんですけど、それが途中からフッと気持ちいいものに変わって……」
また派閥で争ってるし、今度はツッコミもなく自分も怪しく聞こえる事を熱く語ってるぞ、こっちの人。
「と、使われる技術が違うんだけど、僕らの好みは上手に再現できなくて。それで真似できそうな動きだけ採用したんだ」
その間も「リザード族の尻尾の根元に近い部分でグニリグニリと背中を揉まれるとたまらない」とか、「もう少し下を叩いて」と、もどかしさを待つのが良い」だとか聞かされる。
そんな二人の熱い語りには、「オレもやってみたいな」と、背中を休まず往くローラーの動きに慣れる中で思いもしていた。
そんなローラー作業が終わったら本番だ。
オレは一度立たされて、装置上に薄いマットが敷かれるのを見ながら待つ。
整体の施術経験は無いが、出版物の中、または画面の先、自分以外の誰かが受けていた知識はある。
その時のバキバキ、ボキボキとの怖さを煽る音がハッキリと思い浮かびながら、今更退く事は出来ないと、いざ戦場へ。
「身体を横にして、胸の辺りで自分を抱くようにしてくれないかな。ギュッと身体を抱かずに軽くといった感じでね」
言われた通りに寝転んだ身体に施術のための手が置かれる。
ここまで数々の仕事を手伝って、その手先が器用であることは分かっている。
だが、それでも取れない緊張が存在する。
「それじゃ、力を入れないでね」
声は優しく、オレに触れる手も押さえつけるようではないが、覆いかぶさるようにされて身体が固まる。
片手は天井に向けた身体の側面に、もう一方の手は背中へと当てられる。
「よしっ」
その声と背中からのコキャッという音がほぼ同時に伝わった。
身体の中で何かが動く感触は確実に分かった。
痛い!というものはなかったが、多少の衝撃と音によって身体が冷たくなっていくようだった。
そんな背を強めに撫でられる。
どこかずれている所を探しているのか。ここから二段、三弾と続くのか……。
「どう、この辺り痛い?」
「い、痛くはないですよ」
「あ~、じゃあ、いいね。それじゃ、上を向いて」
「え、もう終わりなんです?」
「背中はね。助手君が触れた場所がもう痛くなくなったって事は上手く嵌っている証拠だよ」
言われてみると確かに先程の手は助手さんの時と同じ場所を撫でていた。
けれども、あの激痛が今はまったく伝わらず、二人の力の加え方が全然違ったとも思わなかった。
「もっとバキバキやられるのかと思ってました……」
「そう考える人は多いみたいだね。けれど、それでは施術中に怖がって身体を固めてしまう人がいて、それは良くないから出来るだけ一撃で終わるように迅速に……というのが本場の教えでね。僕らも相当厳しく教えられたよねえ」
「短期集中講習でしたしね。これが本場だともっとスコンスコンはめていって凄いんだ」
そこからはリザード族の技術面の話を楽しくも聞きながらの施術になった。
上を向いて首の後ろを持つようにしてから乗られて一発。
両肩を持ち上げられてパキャッ、コキッと左右に一つずつ。
途中からのオレはその音を愉快と思えるようにもなりながら進んでいった。