一日目─その三
塔の傍まで来ると、掃き掃除をしている若い人間男性の姿を目にする。
塔には魔導士とその助手がいるとの事で、その助手の人なんだろう。
「ユーリ君?」
「はい、そうです」
箒を動かす手を止めて寄ってきた、背はオレより高く健康そうに見える風貌の彼と自己紹介のご挨拶。
「俺の事は”助手さん”でいいよ。君の学校にマスターと行く時も先生方からそんな呼ばれ方だから」
雇い主をマスターと呼んでいるわけか。
オレの場合は塔の主については”先生”呼びでと言われているので、それを通す事になる。
「それじゃ、中に入ろうか」
彼の後ろについて塔の中へ行く途中で彼のステータスを拝見する。
体力値はCランク。それ以外はDが並び魔力に関してはE-と、ここは魔術学園生徒はもちろんのこと、そこらの人達と比べても低いな。ある意味珍しい。
これといったスキルもなく、魔導士は凄くても助手は普通の人とは聞いていたものの、普通というよりこれでは何も持たな過ぎではなかろうか。
どうしてそんな人が有名らしい魔導士の助手として付いているのだろう……。
そう思いもしながら階段を上っていった先のドアが開かれ、これから世話になる魔導士との対面の時だ。
出入口から真っ直ぐ見た先には机が置いてあり、彼はその上で何か作業中だったようだ。
部屋の両脇にはごちゃごちゃと物が置いてあり、歯車のような物や楽器に見える物の全てが砂や泥で汚れた様子も目立つ。
遺跡から発掘した物を清掃し復元するとの事だったから、これはそういう物品だろう。
「いらっしゃい」
「これから三日間よろしくおねがいします」
写真からの印象と変わらず緊張感は与えてこない塔の主。
やっぱり凄腕魔導士には見えないのが第一印象だ。
「えっと、それじゃ、まずは寝る場所に案内してあげて。後の話は食堂でお茶でも飲みながらやろうか」
「俺は部屋の案内したら途中だった外の仕事に行っていいですか。学校の話は俺が聞かない方が良い事もあるでしょうし」
「そうだね。では、そういう流れで」
と、簡単な挨拶の後で案内された部屋は本棚が幾つも置かれ、家の自室よりも広くてベッドや机も大きく綺麗で過ごし易そうだった。
最初に行こうとしていた実習先では皆と雑魚寝の予定だったから、これだけでまず恵まれた話に違いない。
過ごす部屋に対して気分を良くした次には1階のダイニングに。
その入口で助手さんとは別れて魔導士の彼と二人きりとなる。
テーブルの所で「椅子に座っていて」と言われたが、「周りの物を見たい」と望んでみると「勉強熱心で良い事だね」と明るい了承の声が帰って来た。
ダイニングも広くて整っている事に喜びを得ながら、今の内に彼の実力の程がどんなものか見て置こうと決める。
彼がこちらに背を向けてテーブルの上を片付けているのを見計らい、手をかざしステータスオープン!
「ん~」
その瞬間に彼がこちらを向いた。
完璧に油断した。
オレの行動に気づいたのだろうか。
過去にどこの誰を探ろうとも気づかれる事はなかったのに。
学友は当然の事、魔力に長けた学校の教師達、教頭や校長相手ですら問題なく行けたというのに。
ほんの少し上げていた手を何事もなかったかのように下ろしながら、心臓はバクバクと鳴り冷や汗が流れる。
発動まではしていなかった、発動していても他人からは数値が見られるわけではないはずだが、名の知れた魔導士相手にはどうなる事かと息を呑む。
「そうそう。色々見たいって言ってたけれど、この部屋の物は別にどれも見るのは構わないし、他の部屋の物もそれでいいよ。ただ、屋上と地下は困るな~っていう仕事の物もあるし止めてね」
セーフ、セーフ。全然バレてなかった。
さっき「物が見たい」と言ったせいでこうなったのか。
こんなにも動揺する羽目になるなら他の理由をつけて立っていれば良かった。
まだ焦りを残すオレを他所に目線の先の彼はテーブルを布巾で拭いて清掃中。
よし、今度こそだ。
屋上も地下も行かないが、この部屋で何かを探るのは止められたわけじゃない。
そうして見た彼のステータス。
体力はCランクで他がそれより高いと、その助手とは逆の様子だ。
殆どがBランクで、魔力だけその上を行く。
でも、おかしい。
それすらB+程度しかない。
これなら学校にもいるという能力値だ。
スキルは”各種属性魔術”が並ぶ。
けれど、それも上級のものではないし、数も多種多様というほどでもない。
正直に言わせてもらうと高名な魔導士という割にパッとしない。
ここに居ても収穫は少ない気がにわかに沸いてきた。
この世界の上級者に出会えば参考になると思ったんだけどな。
彼は噂だけが過度に広まった例なのかもしれない。
目の前で片付けする様子を見ても”先生”というには心許ない。
表向きには”先生”と呼ぶにしても内心は気が乗らない。
これはもう期間を適当に過ごして、後は学習レポートをどうそれっぽくでっちあげるかに力を入れようか。
「お茶だけじゃ寂しいよね、何か食べる物もつけようか」
「はい」
そんな今後の方針を固めていた所への声に意識を戻すと、深くも考えずその後ろをついていく。