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マスターと助手  作者: 佐久サク
番外編:ウサギ・ルナティック
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第三話

「先輩、出来はどうでしょうか!」

「ボツ」


 新聞部の部室、興奮気味に尋ねたマーシュさんの前でコッドは無表情でその一言を伝えた。

 いつもはこんな対応をする奴ではないのに、どうしたんだろう。


「な、なんでですか?何がダメでした?」

「何がってなぁ……。まあ、その、紙面の空きが無いんだよ。今度はもっと短い文で他の物を題材にしてくれよ。その枠は俺がきちんと用意するから」

「分かりました。先輩の仰る通り、私の記事で紙面を沢山埋めてしまうわけにはいきませんね。あれもこれもと書き過ぎたのは反省です。では、私はネタを集めに行ってきます!」


 自信たっぷりで提出した原稿が不合格を貰って落ち込んでいたマーシュさんだったけれど、コッドにその言葉を貰うと顔を明るくし張り切った姿で部室を出て行った。

 オレはコッドの編集作業の手伝いにここを訪れていて、今はそれに移るべきなのだけれど、彼女が書いた物が気になっていた。


「それ、読ませてもらってもいいか?」

「ああ、俺としてもユーリからの感想を貰いたい」


 なんだか難しい顔をしているコッドから原稿を受け取る。

 いずれ他の記事を書かせるつもりなら、マーシュさんの作文力は認めているのだろうけれど、何が悪いのだろうか。

 と、全体的に丸く可愛らしい字で書かれた原稿を読んでいく。


 そして、オレはコッドの一連の反応の理由を悟った。

  

 その原稿にあるのは、あのペンキ洗浄の体験談。

 端的に言えば他人に丁寧に身体を洗われた話だった。

 と、短い言葉で纏める事は出来るけど、あの日の出来事はそんな簡潔に表して良いものじゃなかった。

 あの空き部屋でオレは作業を見守っていて、アルマさんは手順通りに手を動かし、マーシュさんは気持ち良さそうに横たわっていた。

 それだけのはずだったのに、途中から様相が変わっていったんだ。


 髪を洗われている時のマーシュさんの表情や声に吐息、その反応の全てが何とも悩ましげだったというか、それを見ているだけで身体がソワソワとしてきた。

 それをどうにかしようと太腿を拳で叩いたり、マーシュさんからは視線を外しアルマさんだけに注目して、「アルマさんは一生懸命に頑張っているんだから」と自分を戒め律して、何とかあの状況を乗り越えた。


 それで、今日のこの原稿だ。

 ここにはあの日、あの教室での出来事が事細かく書いてある。

 特にマーシュさんが受けた感触や機敏についてが詳細に触れられており、その”ねっとりと”とも言うべき描写を読んでいると、どうも下半身がムズムズするというか、全体的にムラムラするというか、とにかく落ち着かない状況になっているんだ。


 文章で書いてあるだけなのに、あの状況がまざまざと思い浮かぶ、その臨場感に圧倒される。

 いや、それだけでは済んでいなかった。

 マーシュさんが洗髪を如何に心地良く受け取ったかとの部分に目を向けると、オレがあの時に彼女に対して「気持ち良さそうだ」と感じた以上のものがそこにある。

 オレの記憶にあった彼女の姿が上書きされてしまいそうな程の力を持っていて、それはより蠱惑的な姿でオレへと襲い掛かってきている。

 洗髪の場景が書かれているだけと頭ではその文章をしっかりと読み解けてはいるのに、その頭の一部がそうは受け取ってくれない。

 と、身体の下の方に熱がどんどん集まるのを感じて、一旦その事を考えるの止めて隣にいたコッドを見る。 


「やっぱりユーリにもクるだろ?」

「ああ、これはクる」

「良かった。俺の想像力が豊か過ぎるわけじゃなくて……」


 オレと同様の事が起こっているようで、悶々とした様子のコッドがボソッと漏らす。

 先に原稿を見てから自分の反応を抑えるのに必死だったんだなと、今ならその気持ちに寄り添える。

 オレ達は今は他に誰も居ない事を良い事に素直に、それでもこれ以上は直接的に触れるのは恥ずかしく、微妙に誤魔化した会話を続ける。 


「これは掲載却下もするわけだ」

「載せれば発行部数記録を更新できそうだけど、俺の代で新聞部を終わらせるわけにはいかないからなあ……」

「その判断をオレは歓迎するよ」


 オレにもこれが載った新聞が男子生徒相手に飛ぶように捌けていく未来が見える。

 でも、そうなるとこの体験談の登場人物のためにはならない。

 多分マーシュさんは自分がそれ程の能力を持っている事を知らない。

 記事を載せれば彼女に注目が集まるだろうけど、学校を巻き込んでの大きな話になるのも想像は易い。

 あの明るく元気な彼女をそんな輪に入れてはいけないように思う。

 それにアルマさんにも影響が及ぶだろうし、それをオレは阻止しなければならない。


「いや、本当、凄えよ。ここ最近に読んだ官能小説よりも刺激が強くて」

「オレ達じゃそういうの本屋で買えないのに、どこで手に入れてるんだ?」

「バイト先の新聞社の人が古本を譲ってくれるもので、まあ、色々とな」

「その経路か。それで、確かあの娘に新聞部に来る事を勧めたのってコッドなんだろ?凄まじい逸材を見つけてしまったな」

「ユーリに続いて二人目ってか」

「いや、オレはそんな大層な者じゃないし……。今日オレは天才というものを目の当たりにした、これが本物ってやつだ」

「しかし、簡単には世に出せないからな、この天才。といって、このままにしておくのも勿体なくてなあ……」

「その気持ちも理解するけれど、その話は追々やるとして今は予定を進めていこうか」

「そうだな……」


 今はこの原稿の事を、そして、マーシュさんの事を考えてしまうと、おかしな方向に思考も身体も引っ張られてしまう。

 それはコッドの様子を見ても丸分かりで、お互いそれ以上は触れずに黙って椅子を動かして机に向かう。

 とりあえず今は冷静さを取り戻すべきと、磨けば更にどれだけ輝くか分からない原石の未来を語るのは今後に回して、オレ達は黙々と編集作業に打ち込むのだった。



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