第一話
ヒイナ視点から始まる最終話。
一日で最も高い場所で太陽が輝く時刻。
町から離れて建つ塔の呼び鈴を鳴らす。
暫く待つと速い足音がしてドアが開かれ、そこには今はこの塔に一人で住む助手が立つ。
「どうした?」
「特別に何かってわけじゃないけどね。休日が取れたのはいいんだけど、やる事がないからお邪魔しに来た」
「そうか。それなら、今は軽い掃除してるから手伝ってくれないか」
「いいよ、ワタシだけ終わるの待ってるのもおかしいしね」
過去の日々と変わらない問いかけをした助手にワタシもいつものように返して塔の中へと入る。
食堂に台所に風呂場にと1階の各部屋を手分けして掃除した後は上階へと進む。
「他の部屋は昨日や一昨日に掃除をしたから」と連れられて行ったのはこの塔の主の自室。
綺麗に整えられた部屋の中、これもまた埃一つなく磨かれた机の上に助手が小さな箱を置く。
ワタシがそれにと視線を向けていた事に気付いたのか、助手は箱から手を離すとこちらを見る。
「ヒイナの店の開店祝いと一緒に何か買っていたようなんだ。その時は実物が無かったようで後で届けてもらう契約だったそうだけど、相手側も時間が掛かって最近になって送られてきたんだ」
ワタシと仲間達の店が開店してから、そろそろ一年が経過する。
塔の主からの開店祝いは、「早く受け取ってもらった方がマスターも喜ぶだろうから」と助手からこの手に受け取った。
その時に隣国で魔導士と助手とに何があったのか、その真実をワタシは知った。
「ああ、そうだ。店の手伝い行けなくて悪かったな」
「それはいいよ。ワタシの助手である前にこの塔の助手なんだからさ」
「そう言ってくれると助かる。それじゃ、ヒイナはベッド側の掃除を頼む」
「任せなさい」
店の話を出したからか、助手が思い出したかのように触れる。
ワタシも沈んだ気持ちを押し上げて笑った顔を作り返す。
助手もまた安心したように返してきたが、拭いきれない寂しさと陰をそこに感じて、その姿を目に入れないように後ろを向いて掃除に入る。
長い間、誰も過ごしていない部屋は綺麗なものだった。
存在するのは窓を開けた時に入り込む埃程度か。
それもいつも助手が欠かさず取り去っているのだろう。
今も棚の上の僅かにある汚れだけを雑巾で拭き取っていく。
この部屋の主の事も助手の事も意識してしまえば考え過ぎてしまう。
だから、手先を動かす事だけに没頭して行く。
そんなワタシの意識を戻したのは呼び鈴の音だった。
「誰か来たみたいだな、行って来る」
「ああ」
特別ではない言葉のやりとりをして助手が廊下に出るのを見送る。
今日も助手はその役割を果たしに行くのだろう。
魔導士のたった一人の助手として。
助手は長らくそうして一人で塔に居る。
ここへとやってくる者へと主の留守を伝えて帰ってもらう仕事を主として過ごしている。
それに疑問を持つ者はいない。
魔導士が今は一人で遠い場所で仕事をしているのだと町の者も思っている。
馴染みの店の店主が「今度は長い仕事だね」と挨拶ついでに語り掛ければ、「ええ、そうなんですよ」と助手もまた朗らかに返す様子をワタシも知っていた。
それがワタシにとっては胸が締め付けられるような光景にしか映らなかった。
隣国が管理する遺跡での出来事は、この地域にまでも情報は伝わっている。
空間を移動する術の事や大地の底で何があったのかは秘められたままに、新聞の片隅にと記事が載っていた。
砂漠に突然に口を開けた古代遺跡。
今度は突然に口を閉じ砂に埋もれてしまった。
今もまだ再度の発掘は行われているようだが、成果は未だ出ていないのだという。
そこに行方不明者が居る事は触れられてはいても、どこの誰だとの詳細は伏せられていた。
その内部から出てきた者はいない。
魔導士の姿をその日から見た者はいない。
遺跡が閉ざされてから一年近くを経過した今もだ。
そこから導き出される答え。
それをワタシは口にする事が出来なかった。
そうしてしまったら、もう魔導士の助手では居られないのだと触れてしまったら、彼もまたどこか遠くにいなくなってしまいそうな予感があってしまった。
その身をどれだけ掴もうともこの手の内から消えてしまいそうで、ワタシは今日も何一つ変える事の無い選択をするだけだった。
独りになって結局は考えてしまう事実。
そうする程に俯いてしまっていた顔を起き上がらせる。
そこには綺麗に整えられた薄灰色のローブが吊るされている。
その持ち主が気に入っていて、特別な時に身に着けるものだと聞いていた。
それは今もいつ主が帰って来ても良いようにそこにある。
季節が幾つ過ぎ去っていっても変わらずに。
「……だから、早く帰ってこいよな」
そこへと向けて小さく溢す。
それを否定するワタシはいなかった。
ワタシもまたそれを望んでいる。
あの魔導士ならば、今にでもこの玄関先に現れるのではないか。
「あ~、ヒイナさんもいらしていたんですね」と、久しぶりだったとの素振りも無く人懐っこい笑顔を見せて。
そんな期待をさせる、どこか不思議な奴だった。
そう、あいつは帰ってくる。
それならばワタシも一緒に待とうと、一人でいるには寂しい部屋から外へと向かって行く。
その少しだけ軽くもなった歩みを止めたのは、階下からのガタンと何かがぶつかる音だった。




