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マスターと助手  作者: 佐久サク
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第二話

 それから一時間の後、俺達は今日に泊まろうとしていた宿ではなく他の場所へと辿り着いていた。

 役所の一室、それも簡単には入り込めない奥の部屋で、マスターと共に厚い革で作られた豪勢な椅子に座る。

 ここに連れて来られた時点で察する事ではあったが、依頼の主はこの国の政府だった。


 昨年、ここよりも西に広がる砂漠で発見された地下古代遺跡。

 この国と西の隣国を横断するようにして存在していたもの。

 その事実が判明した後は「この場合はどちらの持ち物になるか」と互いに理屈を挙げて激しい論争がなされ、最終的には他国の代表者も合わせた機関の投票制判断により遺跡への入り口を持つ隣国が所有するもものとして決着がついた。


 そうしてその遺跡は隣国の者達が隅々まで暴く事になった。

 砂漠の中に突然にぽっかりと口を開けた遺跡。

 見つかる少し前に嵐が吹き荒れ砂の大移動が起こった事により、その入口の存在が知られる事になった場所。

 これまで誰にも見つかっていなかったようで、中は潜む動物もおらず綺麗なものだったという。


 地下一階、地下二階……と、その石の遺跡はどの場所にどんな物があるか調べられていった。

 強度は強く保たれ落盤の恐れやガスの充満などの危険はなく、他の遺跡ではぼちぼちと見つかるような侵入者を阻む罠もなく極めて順調に。

 そうして全体の把握が終わった後に多くの作業員と四人の考古学の学者が中へと入った。

 壁に刻まれた碑文の解読のために集結した者達。

 その作業も何事も無く進み、手伝いに出ていた作業員の話においても和やかな雰囲気に包まれていたという冷たい地下の空間。

 だが、それは前触れもなく終わりを告げた。

 そう外部に伝えたのもまた作業員の者達だった。

 

 遺跡の最下層となる地下三階で仕事をしていた時の事。

 作業員達は広間で一休みをし、学者達は先の小部屋で壁画の解読を続けていた。

 距離にしても僅かで、少し歩けばその壁画も見える場所での休憩。

 団欒を続けていた作業員達だったが、一時間も経った頃に学者達が根を詰め過ぎてもいけないと休憩の誘いに奥の部屋へと進んだ。


 けれども、そこには何も存在していなかった。

 壁にと文字の刻まれた小部屋があるのみだった。

 小部屋から戻ってきたら広間を通らなければ他の場所へは行けない。

 だが、学者達のその姿を見た者は誰一人としていなかった。

 物音も悲鳴も聞こえる事なく、忽然と四名の学者達は姿を消してしまったのだという。

 作業員達は直ぐに外に助けを求めに行った。

 砂漠の上に建てられていた遺跡発掘隊の建物から隣国の中枢へとその話は届けられ、今度は捜索隊が組まれる事になった。


 マスターと同様の古代遺物専門家や多くの魔術を操る者達で構成された捜索隊は遺跡の中へと進んだ。

 最後に居たはずの小部屋。

 その場所は特に丹念に丁寧に調べられた。

 けれども、そこに落とし穴がある事はなかった。

 小部屋の何かに触れた所で罠が発動するわけではなかった。

 その天上の壁の四隅までも調べてもそこは古い文字が描かれただけの部屋であり、消えてしまった者達が残した痕跡すらも見つからなかった。


 この遺跡は何なのか。

 和やかな時間も存在した時から一転、中に居る者にとって緊張の走る場所となった遺跡。

 だからと逃げ帰るわけにもいかず、捜索隊は最も疑うべき小部屋だけでなく他の場所も探していった。

 十二名の捜索隊。

 細か互いの存在を確認しながら、それぞれがどこかに消えてしまわないように進んでいった。

 やがて小部屋があった場所からは離れた二つの中部屋が並んだ場所。

 荷物置き場にしていた場所へと彼らは戻った。

 これまでの捜索でも何度か出入りをしていた場所。

 小さな虫が這うくらいで何も起こらないと思っていた場所。

 その二つの部屋に六人ずつが入り休憩をとった。

 

 身体は休めても気分は休まらずに捜索隊の者は悩んだ。

 手掛かりは見つからず時間だけが経過していく。

 学者達はどこに行ったのか。

 だからと自分達も今日は限界だろうと、頃合いを見て彼らは部屋の外に出た。

 しかし、出てきたのは並ぶ部屋の内、右の部屋に入っていた者達だけだった。

 壁を隔てて左隣に存在した場所。

 そこにと声を掛けに行った時、彼らの目に広がっていたのはもぬけの殻となった部屋。

 少し前までには自分達の部屋にも声が届いていた確実に誰かがいたはずの部屋は、荷物ごと無人となっていたのだった。


 二度続けての大人数の行方不明事件。

 彼らはどこにいるのか、無事でいるのか。

 何も分からないままに隣国が次に選んだのは再度の捜索だった。

 だが、捜索隊の第一陣はどうにか集められたものの、再び隊を組むには隣国の大都市に戻るには遠すぎた。

 そこで彼らが助けを求めたのは俺達が住む国だった。

 是非手助けして欲しい、必要な物も何卒貸し出して欲しい。

 彼らは恥も外聞も無く頼みに来た。

 

 それに対してのこちらの国は即座に首を縦に振った。

 大勢の人の命が掛かっている事態に悩む暇はない。

 話し合いの時間も無駄になる。

 それは事実と言えた。

 だが、それだけではない理由は当然にあった。

 ここで恩を売っておくべきとの考え。

 領地の地下にまで侵入される事には以前から苦々しく思う面はこちらの国にはあった。

 これを機に遺跡に対する有利な条件を引き出せるかもしれない。

 その後のやりとりによっては遺跡の事にかこつけて砂漠上の領地を広げる事ができるかもしれない。

 そんな政治が絡む思惑がそこにあり、それは当然の如く相手側も思うものであったろうけれど、今は議論の重ね合いをしている場合ではないと、東西合同の第二次捜索隊の結成は早くに可決された。


 即座に用意される事になった物資に人材。

 一刻も早くと出来る限りの連絡経路を取ってそれらは集められていく。

 その流れの中で遺跡の専門家、類まれな魔術師とその場に相応しい人材であるマスターが今は近くに居る情報を知った国はこうして俺達の元にやってきたわけだ。


 その願いをマスターが断る事は無かった。

 事件か事故かも分からない。

 原因の一つも分からない、多数の者達が忽然と消えてしまった出来事。

 そこには恐ろしさが立ち塞がるが、居なくなってしまった者達の事を思えば断るマスターではなかった。


 だが、それだけの理由でない事もその場に居て俺も分かっていた。

 俺達に選択肢は存在しなかった。

 国から頼まれた時点でそれは受け入れるしかなかった事だろう。

 マスターの頭の中には一番上の兄である国の中枢で政治に関わるシグルズさんの事が浮かんでいたかもしれない。

 彼は西の隣国とのやりとりの仕事を主に担っていた。

 この事にもまるで関わっていないなどという事はないだろう。

 マスターの隣に座りながらそんな事を様々に考えつつも俺だけが拒否する意志は存在せず、マスターへの同行を俺もまたその場で選んだのだった。





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