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マスターと助手  作者: 佐久サク
この道を踏み締めて
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第三話

 第一研究室の壁の傍に置かれた無地のベッドにドブールさんと並んで腰かける。


「助手さんの御親戚だったりするんですか?そんなに似ているなんて」

「うーん、それは違うな。でも、血の繋がりはあるよ……というか、彼の血そのものと言っていいかもね」

「どういう意味ですか、それ」

「俺ね、他人に姿を変える事が出来るんだ。姿形だけでなく相手の記憶も複写して、更には触覚や痛覚や共有する事もできる。それで訳あって助手君の姿を写させてもらっているんだ」

「つまり貴方は"ドッペルゲンガー"という事ですか」


 オレの持つ他者によって植え付けられた知識。

 その中に当てはまる存在があった。

 本人の生霊であるとか、誰かの姿を写し取る魔物だとか。

 正体が何にせよその姿を見てしまった本人は死んでしまう話や、その感覚を共有できるとの能力も数々の伝承の中にあった。

 助手さんとドブールさんの双方に面識はある様子からすると、見た人がその命を落とすとの部分は当てはまらないようか。

 そう彼の正体に触れてみると、隣の彼は「なるほど」という表情を強く出して頷く。


「へー、俺ってそういう存在かもしれないんだ」

 

 このドブールさん、そのやけに大袈裟な動作にこちらの調子が崩されそうになる。

 それだけじゃなく今の言葉には疑問が浮かぶばかり。

 オレの指摘が正解か不正解かも分からない、その謎の反応は何なのか。

 そのオレが抱えるものに気づいたのか、彼は照れ臭そうに髪を掻く。 


「いやー、俺ね、何十年も他人の姿を写し取っては変えていたら、自分の最初がどうだったのか忘れちゃって。同じ性質の仲間にも出会った事が無かったから、自分が何なのかは知らないんだよ。この名前も芸名兼任本名というか、勝手に自分で付けただけでね。本当は別に最初の名前があったのかも全然分からないんだ」


 たった一人で自分が何なのかも分からずに生きてきた。

 先程の反応からは想像もしてなかった驚愕の事実が並ぶ。 

 なのに、ドブールさんは最近あった小さな失敗事を伝えるような口調だ。

 その軽い語り口でオレはドブールさんのこれまでの思い事情を次々と知っていった。

 

 いつが始まりだったのかも忘れ、覚えているのは誰かの姿を取り続け生きる日々。

 他人の記憶と姿を読み取り利用して生きてはいたが、やがて盗み見る事に拒否感を覚えて世界の陰に隠れた。

 そこで先生と出会い、やがて助手さんに出会い、意気投合してその姿を貸してもらったと教えられた。

 全く同じ姿では困るとの事で、日頃はドブールさんがその髪を緑色に染める事で話が落ち着いたのだと。

 今日もその恰好で来ればいい話だったのだが、いたずら心を出して助手さんと同じ姿にしたそうだった。

 その事については「不安にさせてごめんね」と謝られて、ついでにオレがすぐに見破った事には「非常に鋭い感覚を持っているよ」と褒め讃えてくれた。


 オレはもちろん先生や助手さんよりも長く生きているようだけど、何だか同世代の級友と話しているような若さと快活さがそこにあって、その不思議な雰囲気に包まれて壮絶な過去もするすると聞けてしまう。

 ヒイナさんは彼の写真に芸能人のオーラがあると言っていたけれど、オレもそれが分かる気がした。

 助手さんを写し取り、身体はその欠片までもが同じ物を持つけれど、その内側にある物は彼だけのものだ。

 ドブール=ミランジュさんだけが持つ魂の輝きをオレは間違いなく受け取っていた。 

 そこに気付くと、今日ここまでの話には出てこなかった彼の役者稼業の事が気になってもきた。

 

「役者をやるようになったのは、どうしてなんですか」

「元から目指したわけではなかったよ。この姿になって最初に就く事が出来たのが芝居小屋の裏方仕事だったんだ。それで、ある時に演者の一人が事故で劇場に辿り着けないとの話になって、俺、自分の事は覚えてないくせに他の記憶力は良くってさ。舞台稽古を見ていて一通りの台詞も動きも覚えていたんだよ。「この際は物語の邪魔さえしなければ演技力も多くは気にしない、頼む!」って急遽代わりを務めてね。まあ、主役の脇を固める役だったんだけど、それが好評となってさ。そこから裏方から演者に回って、更に大きな都市の劇団に誘われて、元の芝居小屋の人らにも後押しされて都会に出たんだ。そこから流れ流れて今では各地で歌ったり踊ったりかな」


 他の誰かのように振舞う代わりに選んだのかとも想像していたが、きっかけは偶然か。

  

「それがとても自分に合った生き方になったんだ。結局、誰かの人生を見る事が好きなんだろうと思う。実際には存在しない誰かの人生を思い描いて、「この人ならこんな時にこう言う」、「こんな経験を積んできたのなら、ここでちょっと表情を変える」と考えて行くのはとても楽しくてね。自分が何なのかなんて未だに分からないけど、それが好きなのが俺かなって思えるようになってから、自分の見ている景色も明るくなった気がしたな。仕事としては演劇をするのが一番好きなんだけど、他の歌や踊りの仕事も俺がそうする事で違う景色が見られる誰かがいるなら良いかなと思って過ごしているんだ」


 非日常の劇場。

 限られた夢のような時間。

 それを存分に楽しんでもらおうとするアイドルスターの心意気か。

 最初に軽薄とまで思ってしまった事を反省していると、彼がニコニコとして話していたその表情を変えた。


「と、俺の話はここまでで良いか。俺の事は大体わかってもらえたようだから本題に入ろう。実はね、俺の周りにも君と同じ目に遭った男の子がいるんだ。その子は学校に通いながら役者の勉強をしている子で、自分の力で何かをしでかしてしまう前に踏み留まる事ができたんだけど、それから自分に起きた事実を知った後でも悩む事が出来てしまった。それが君と同じでね、混在する記憶に疲れてしまったようだったんだ。それで俺はその子の姿を取って、その記憶が真であるか偽であるか分別する事にしたんだ。俺がこういう存在だと伝える事は出来なかったから、その時は「そういう魔術がある」という事にして、俺は顔も身体も隠して同じ人物が同じ部屋にいるようには見えないようにしてね」

「今日はそのためにここへ来たわけですか」

「そうだね。君の場合はここの魔導士君も言っていたけれど、全て説明する方が分かりやすいと思ったから、こうして俺の事を伝える事から始めたんだ。その記憶は間違いなく判別出来るようにはなるよ。それがたとえ数多くのものであっても、世話になってる二人の知り合いの悩みならばどこまでも付き合うよ」


 笑いかけてくるドブールさん。 

 それは相手を不安の芽を摘むような笑顔で、相手のためならその言葉通りに本当にどこまでも付き合ってくれそうな決意もあった。

 彼の力があれば、オレのこの混ぜ合わさった記憶を分ける事が出来る。

 もう足元をふらふらとさせずに、オレはオレの過ごしてきた思い出を見つめる事が出来る。

 それは素晴らしい提案であり、そして、オレの首を縦には振らせないものだった。

 渇望した日々が手に入れられるはずなのに、今はそれが望んだ景色ではないように思えていた。

 

「申し出は嬉しいと思います。でも、それは止めておきます」


 せっかくここまで来てくれたドブールさんには悪かったけれど、はっきりとそれを口にする。


「そっか。無理強いはできない方法だからね。でも、それがどうしてか、聞いていいかな?」

「貴方の能力によって自分の記憶では無いと判断できるのは、生き易くなる事も増えると思います。けれど、自分の物では無いと分かりながら、常に自分とある事実なのは変わらない。その方法を選んでも記憶の間に壁を作る事が可能なオレが出来上がるだけで、以前のオレを取り戻せるわけではないとまず思いまして……」   

「確かに君の言う通りだ。俺が手伝っても記憶を封じる事にはなり得ない、そこまで出来なければ意味はないともなるのも分かるかな」

「いえ、仮に記憶を完全に消せたとしても、それは逃げになってしまう気がするんです。これまで散々利用して辛くなったからと切り離すのもどうかって……。その能力も記憶も手に入れられたから塔に来る事も出来て、今もここにこうしている。その全てがオレなんだと、今後も付き合っていくオレを選ぼうと思います。もう以前の俺がどうだったかは分からない、昔のオレがどう思うのかもわかりませんけど、今の俺がそう思うのならそれがいいかなって、今、貴方の話を聞いてそういう気持ちになりました」

「えっ?俺?」

「はい」


 オレとドブールさんには似通うものがある。

 彼の場合は自分の生まれも育ちも分からず、オレ以上に蠢くような誰の物かも分からない記憶の集合体に常に追われ足元がぐらつくような境遇だったように思う。

 でも、彼は自分の足で立ち、自分の道を進んでいる。

 その姿がとても輝いて見えて、今この胸に抱くのは彼の力に頼りたいという思いではなく、是非見習ってこれから生きて行きたいとの憧れだった。

 最初の言葉にドブールさんは思ってもみなかったように素直に物凄く驚いたようで自分を指差して、更に詳しく思いを告げれば、今日一番の晴れかやな笑顔を見せてくれた。


「そうか。いやー、今日は嬉しい事ばかりだな。君のような子に憧れとか言われるの初めての経験だよ。それがさ、女の子達の一部は結構寄って来てくれるんだけどさ、それ以外にはキザだの軽いだの意外に散々なんだよ、俺」

「あ、それはあまり意外じゃない所があります」

「あ、そう、そうか。うん、いいんだ。助手君に初めて逢った時にも似た流れあったから、うん、いいんだ……」


 激しく喜んだかと思ったら、今度は大きく肩を落としてしょんぼりと落ち込んだ様子となって、百面相とも言える表情の変わり具合。 

 近くにいるだけでこちらの心まで弾むような愉快さを持つ人物は、そこでぴょんっとベッドから床へと飛び降りてオレの前へと立った。


「じゃあ、そういう事で魔導士君と助手君には伝えにいこうか。今は町の店で俺達を待っていてくれてるから、ちょっと早いけど一緒に呼びに行こう」

「それはもう少し後にしていただけませんか」

「何か準備が要る事でもあったかな?」

「いえ、まだここに居たかったんです。オレ、小説を書いていて直接色んな人の話を聞くのが好きなんです。まだ演劇の世界の事は知らなくて、一度詳しく知っておきたいと思っていたものですから、今からその辺りの話を聞かせていただけませんか」

「いいねえ、いいねえ。乗ったよ、その話。それなら俺も教えて欲しいかな。俺、学校には通った事が無いから事情が全然分からなくてさ。今後の演技のためにも前々から知りたいと考えていたんだよ」

「いいですよ。お互い情報交換と行きましょう」 

 

 再びドブールさんがオレの隣に座り、互いが知っている世界のあれこれを伝えていく。

 ドブールさんは初めて聞く魔術学校の生活に興味津々といった様子で最後まで聞いてくれた。

 オレも役者仕事の舞台稽古や各地の移動と、これまでのオレの中には欠片も無かった知識を詰め込んでいき、その日に用意された時間を有意義に使っていった。

 

 



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