第二話
行事準備のために授業は昼過ぎに終わったある日に独り塔までの道を往く。
たった一つの拠り所と言えた先生に相談すると、オレの話を長く長くずっと聞いてくれていた。
「君の背負う物を少しだけでも下ろせるかもしれない」
全てを聞き終えた先生にそう言われ、僅かでもあれば良いと救いを求めるように縋り、その準備が整ったという今日にオレはここへとやってきた。
オレに何が待ち受けているのだろうと、多分この塔に通うようになって初めての緊張感を持って呼び鈴を押す。
中からはもう幾度となく聞いた「今、行きます」との声がして玄関のドアは開けられた。
そこにいたのは塔への来訪者への対応をする役、偉大な魔導士の片腕、その助手を担う者。
オレが良く知る人物がいた。
その姿は健やかな日常を過ごしているのか、いつもよりも明るくも見えた。
「いらっしゃい。さあ、入ってよ」
しかし、オレはその誘いに乗れなかった。
手招きする仕草も見知った物だと思えるけれど、"そうじゃない"と否定するオレもそこにいた。
姿形、声、動作の何もかもが同じでも、"決定的に何かが違う"と強烈に伝えてくる物が目の前の人物にはあった。
「誰ですか、貴方は」
疑いの目を向けて身体を引きながら問う。
怪しみながらも逃げ出そうという気までは起こさせないその雰囲気に、警戒はしつつもそう言葉は出ていた。
「なんだ、分かっちゃうんだ。今日は髪の色も変えて揃えてきたのに、どこがそんなに助手君と違ったのかなあ?」
突き付けられた問いに慌てる様子も無く腕を組んで首を傾げる彼。
明るいというよりも軽薄とも言える様子を見せる。
助手さんに似ているだけの人?
家族か?とも続けて思ったが、助手さんには兄弟はいるけれど歳が離れていて一卵性の双子というわけではないのは確かだ。
そもそも兄弟ならば"助手君"とは呼ばないだろうし、お兄さんや弟さんでもないと見る。
だとすると偶々顔も背丈も似すぎている他人なのか。
考え続けるオレの前で彼は組んだ腕を解き、今度はハッと何かを思い出したかのような顔を浮かべる。
「あ、そうだ。最初の疑問に答えられてなかったな。俺はドブール=ミランジュっていう者なんだ。ドブールと呼んでくれたまえ」
両腕を広げ迎え入れるような恰好を取る彼から出た名前には聞き覚えがしっかりとあった。
「えっ、あの役者の……」
ヒイナさんから聞いた役者のようなアイドルのような人の話。
助手さんにそっくりとも聞いていたので間違いようがない。
そのドブールさんを現実に目の前にして思う。
確かに助手さんに激似であり、一方で似ているようで似ていないとも言える。
そんなオレの反応に彼は子供のように顔を輝かせる。
「知っていてくれたんだ。各地の劇場を回ってぼちぼち知られるようになったけれど、周りの仲間と比べても幅広い世代に知られてない所あったから、君のような男の子に知られているとは嬉しいなあ」
「あの、それで、その役者さんがどうしてここに?」
「それはもちろん君と話すためかな。さて、話すにもここじゃなんだから中に入ろうか」
何者かは分かったけれど、ここにその人がいる意味が分からない。
助手さんとそっくりで、そこからの繋がりで二人は面識があって、ここに遊びに来ていたのか?
混乱するオレに対して、ドブールさんはドアの脇に移動して塔内へと片手を広げて向けて「さあ、どうぞ」と中へ入る事を促してくる。
今度は助手さんと同じような姿形で助手さんとは違った仕草の彼に戸惑いは持ちながら、その勢いに乗せられてオレは塔の中へと進んでいった。




