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マスターと助手  作者: 佐久サク
この道を踏み締めて
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第一話

ユーリ視点の前回の話から強く繋がるエピローグの位置付けになる物語。

 各地で起きた古代遺物由来の事件。

 国の対応は早く、大きな被害は出なかった事もあり、あれから数か月経過し季節も春から夏となった今では世間で噂される事も収まった。

 加害者であり被害者である各地で騒ぎを引き起こした者達の中には今も入院生活を余儀なくされている者も多くいるが、その動向を気にする者は少ない。


 オレの通う学校もいつもの姿を取り戻していた。

 オレも既に退院して久しく、日々学校に通い最上級生としての生活を過ごしている。

 周囲の話題は卒業後に踏み入れたい世界への具体的なものに終始する。

 あの異空間において互いの理解を深めたグレム達とは今はほぼ接点はないものの、稀に顔を合わせれば互いに挨拶をするようにはなっている。

 アルマさんは両親と同じ難関大学を目指すようで、偶に会話はするようになったけれど大体は少しの時間でそれは終わり、勉強に向かう彼女を応援し見送るだけになる事が多い。

 コッドは新聞社への就職を目指しながら、校内新聞作りや後輩サークル部員への引継ぎにと忙しく動いている。

 

 そんなコッドには「校内新聞のために短い物語を一つ書いてくれないか」と頼まれているが、手を付けられないでいる。

 オレもまた日常に戻る行動の一つだと引き受けたはいいが、ペンを持つ手が進まなかった。

 コッドには「学校の成績がやばそうだから待っていてくれ」と伝えて、「それはもちろん学業優先だ」と言われていて〆切に追われる事はない。

 けれど、オレは別のモノに追われている。

 自分の中に湧くどうしようもない恐怖に、校内新聞作品だけでなく商業用作品も今は全く書く事が出来ていない。

 それだけでなく学校の勉強にも身が入らない。

 ありふれた日常に戻ろうとすればするほど、オレは学校の輪にも家族の輪にもこれまでのように入れなくなっていた。


 学校の仲間達の態度が変化したわけではない。

 オレがあの事件の結末を見届けた者である事にも暫く入院していた事にも友人達は触れはしない。

 今でも先生を手伝っただけの同行者だと思っている。

 退院してからも後れを取った学校の事については細かに教えてくれて助けてくれるけれど、あの事件を持ち出してオレが恐縮する程に気が使われるわけでもない。

 それは真実を知る両親もそうだった。

 体調を崩した後の子供を気遣うくらいの事は起きているけれど、それ以上の物はない。

 皆が皆、それぞれの日常に戻ろうとしている。

 けれどオレにはそれが出来ずに、だからと立ち止まるわけにはいかないと、必死に食らいつくように学校生活を続けている。


 明らかにこの世界の知識ではないと言い切れるもの相手にはオレも割り切れていた。

 「おかしいと思っていた」と、今となっては鼻で笑えるような事もある。

 けれども自分の事になるとそうはいかなくなる。

 記憶の中にある子供の目線で見る風景はこの世界の物だったのか、それとも与えられた記憶だったのかと判断が付かなくなる。

 二つの世界が混ざり合ったような思い出に触れると眩暈に襲われもする。

 その度にオレはまた目を瞑り深呼吸をする。

 眩暈や頭痛という身体の不調を抑えるためじゃない。

 それ以上に強く自分の中にとある存在。

 心から湧き上がるどうしようもない恐怖から逃れるためにだ。

 

 それは日常のふとしたきっかけで浮かび上がる。

 周りが変わらぬ日常を過ごしている事を認識する度に振り返ってしまう事を止められない。 

 忘れようにも忘れられない記憶。

 それを怖れながらも逃げ出せも出来ないでいた。


 あの一昨年の夏旅行を境目にオレという者は別の者になっていたのではないかと今は思う。

 コッドを含め周りの友人は何も変わらずオレという者と付き合ってくれている。

 一昨年の夏前も、その後の世の全てが愚かに見えていた時期も、そして、今も。

 だが、オレはもう皆が知るオレじゃない。

 それが周りを裏切っているようにさえ感じてしまう。

 

 きっと今のこの感情も、かつてのオレならば違う事を思っていたはずだ。

 何が自分らしさかなのか。

 オレは何を考え、どう振舞えばいいのか。

 悩む程にぐらぐらと激しく揺れ動く自我の地面が存在して、背後にある数々の記憶に怯えて、オレは日常に戻れないでいる。

 いや、「オレにあるべき日常とは何なのか?」との疑問と迷いに、ただ毎日の時間を消費するだけでいた。

  

 このままでは以前のオレだけでなく、今のオレもどこかに消えてしまいそうな気がした。

 今はまだ保てているこの自分の足元もいずれ崩壊して下へと落ちて行くのかもしれない。

 背後から襲って来る記憶の激流に流されていってしまうのかもしれない。

 その恐ろしい想像が夢となり表れて眠れない日々も続いていった。


 そんなどうしようもなくなったオレが縋ったのは先生だった。

 先生はオレ以上に長く入院していた。

 あの空間の中で毒を含んだ光線で自らを貫いた事はそれに大きく影響していた。

 毒に抵抗するためにその体力も魔力も多く消費して、退院を果たした今も他の仕事を断って塔で過ごしているようだった。

 先生も今も日常に戻れたとは言えない相手とは分かりながら、家族にも言えない全てを話せるのは先生しかいないと、オレは塔に連絡する事を決めた。





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