第八話
続いての階層は、これまでと姿を大きく変えていた。
最初は石壁の通路が続くだけだったが、ある扉を開けると今度は土壁の通路に、更に進めば金属壁の場所も出来ていて、この空間の奇妙さをより強く表わしていた。
その数々の道を通り過ぎ、洞窟内のような広間で出会ったのは蒼色の翼竜だった。
ステータス表示で火に弱い事を確認し、後はそれに絞って術攻撃を重ねる。
基本として空中に存在するために武器の攻撃はし辛く、時々訪れる滑空に合わせて攻撃するよりも遠距離からの魔術に頼るべきだとの考えからだった。
ゴーレムのように性質を変化させる事は無く、オレ達の繰り出す火術によってその体力は大きく削れていた。
しかし、元々持っていた物だけでなくグレム達から貰った魔力回復剤も使い果たして、体力面は問題なかったものの、こちらの戦力もまた大部分を失いつつあった。
その中でアルマさんが魔力を練り上げる。
あれが決まればオレ達の勝利だろうと、彼女からやや離れた場所で戦況を見ていたが、そこで翼竜が大きく上へと飛んだ。
何をしてくる……と思ったその時、翼竜は大きく羽ばたいた。
辺りに強風が巻き起こる。
オレの身体は自然と後ろへと下がり、オレよりもまともにその風を受けたアルマさんとコッドはその体勢を崩してしまった。
アルマさんの手元に集まっていた魔力の光が消え、彼女の「しまった」との表情が見えた。
ほぼ魔力を溜め切った後での消滅、再び同じ威力を出す程の魔力はその身に無いのかもしれない。
コッドも既に魔力を使い果たしたようで、少し前からアルマさんが攻撃し易いように陽動の動きが主になっていた。
だとすれば、今、魔術を放てるのはオレしかいない。
だからとオレが自信を持って放てる火の魔術で倒しきれるかは分からなかった。
別の方法といえば一旦ここで引いて、今度は道具も存分に用意して戻って来る事だ。
今は出入口に近い所に位置していて、目暗ましの方法を選べば外に逃げる事は出来そうだった。
だが、それよりもここで倒しきる方が良いに決まってる。
一度撤退してから再度戦闘を行う事は、時間としてもオレ達の気持ちとしても負担が大きい。
だから、ここで勝負を掛ける。オレが持ち得る最高の火の魔術を発動させるんだと息を吸い、術の発動の事だけを考えて呪文を紡ぎ手を動かす。
魔力の流れを身体の内に感じ、その熱くもなる魔力を右手へと溜めて、オレの方を気にしてはいない翼竜に向けてその手を翳した。
放たれる炎の矢。
自分が想像していた以上にそれは数多くの矢の雨となって翼竜へとぶつかり、見た目には小さな火の矢だったものは爆炎となってその身体を包む。
それは火の矢を放つ中でも上位の術であるもので、学校での実技テストで一本か二本の矢として放ち何とか合格を得た事はあったが、この追い込まれた状況の中で最高の結果を出せたようだ。
「良かった……」
燃え上がる翼竜の姿を見上げながら、その終わりを見守る。
その姿が黒い霧となって消えるまで……。
だが、その時は来なかった。
炎の中に踊る翼竜の影は長く存在していたが、やがて炎を纏ったまま地面へと落ちた。
二つに割れたその黒い塊に思わず視線を向けてしまったが、すぐに異常に気付き顔を上げる。
上方から感じ取れた気配は思い違いじゃなかった。
その場所に翼竜は存在していた、傷一つない紅色の身体となって。
第二形態を持つ者だった……?
そう過ぎらせたままオレは動けなかった。
残る魔力を注ぎ込んだとっておきの炎の矢に意味はなかった。
逃げる事を選んでいれば、そのために術を使っていれば、それが正解だった。
だが、もう魔力は尽きかけてその方法は選べない、オレにも他の二人にも残されている術はない。
出入口は近い場所にあるとはいえ、武器のみを手に空を飛ぶ者に背を向け逃げ去るのは無謀だった。
上空で翼竜が大口を開く。
あそこから滑空してオレを喰うつもりか。
それを分かっていながら、避ける方法が見つからない。
どうしてオレはいつもこうなんだろう。
覗き見たステータスが相手の全てを教えてくれるわけではないと、それを知っていたはずなのに。
「オレが決めるんだ」と思い切って進んだ挙句がこれだ。
コッドにもアルマさんにも申し訳ない思いだけが湧く。
それならば、せめてオレが犠牲になっている間に逃げて欲しい……。
「ユーリ君、伏せろ!」
オレが人生の終わりのみに考えを進めていたその時に背後から声がした。
悩む間も振り向く間も残されておらず、オレはその言葉通りに勢い良く伏せ、訳も分からず頭を抱えて地面を見るオレの上を強風が通り過ぎる。
続けてドゴッという強い音と冷たい空気が届き、恐る恐る顔を上げてみると、その斜め上空で翼竜は氷に包まれていた。
すぐに氷はパキパキと音を立て翼竜の身体ごと崩れていき、大量の雹のように地面に落ちた氷の粒と翼竜だったものは、やがて全てが黒い霧となって消えていった。
オレの近くにも飛んできたその氷の冷たさに現実感が戻って来て、止まってしまいそうだった心臓は今は激しく鳴り出していた。
第三形態が現れる事も無く翼竜は完全に倒された。
では、誰が倒したんだ。オレを助けてくれたあの声は……と後ろを向いたオレの目に映ったのは、銃を構えた助手さんの姿だった。




