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マスターと助手  作者: 佐久サク
雨宿り
23/268

第三話:☆

 パシャパシャと音を立て、彼女のふくらはぎの中を俺の手が動く。

 弾かれた彼女の身体はまた元に戻り、トプントプンと暫く波打つ。

 最初は座って足を向けてもらい、人の足を揉むようにプニプニと揉んでいた。

 すると、掻き混ぜるような指先の動きが相当お気に入りだったようで、今では彼女はシートの上に寝転び俺はその背面をやや豪快に混ぜる役割となっていた。


 まずは太腿やふくらはぎと同じく片手だけを入れて、トロミを付けた液体を掻き混ぜるような動きをする。

 次はむに~っと大きく上に引き伸ばし、むにむにもみもみと力を入れて揉んでもみた。

 その度に彼女は「ふい~」と気持ちよさそうな声をあげて、その声を頼りにしながら手を進めていった。 


 粘度のある液体の中を動くのは俺としても楽しいものがあった。

 子供の頃の水遊びを思い出すようだと愉快な気分でいたが、その一方で気付く事もあった。 

 彼女の全身はプルプルとツヤツヤと透き通って見える。

 けれど、身体の奥側、どうやら人間でいうところの骨のような固い部分があるようだった。

 核とか簡単に触れられてしまったらそれも危険だものなと、そこは勝手に納得しながら手を進める。


「いっぱいやってほしいな~」


 ぐぐっと人の身体を解すように、言うなれば背骨に沿って指を動かしていた時にそう申し出られる。

 「ふは~」「ふへ~」と気の抜けた声も一緒に。

 余程のお気に入りなのかと、それではと首筋へと手を戻してこちらも丁寧に行う事にした。


 ぐにぃ…ぐにぃ


 身体の中にしっかり手を入れて固い部分の周りを揉みこむ。

 そこは人の筋肉と似た様な感触で、それを解すように力を入れる。

 肩甲骨があるかのように曲線状に親指を滑らせ、肉を押し上げるような動きで腰から肩まで移動する。

 そんな動きをしていると、彼女の顔は幸せに包まれ蕩けてシートに張り付いているのに気づく。

 そういう顔を見る事は好きではあって、こちらも弾んだ気持ちで揉みこむ。


 そうしている内に風向きが変わった。

 彼女の顔は相変わらず力が抜けきっている。

 けれども彼女の背中はそうではない。

 揉みこんだ動きで揺れたものが、そのまま俺の肘辺りまで広い範囲に絡みついてきた。

 その肉にはムニムニグニグニとの動きもある。

 俺が彼女へと力を入れれば入れる程にこちらを揉んでくる。

 これではどちらが癒されているのかというくらいに、これが気持ち良かった。

 

 くにゅくにゅくにゅ……

 ぐい、ぎゅーっ、ぐにゅり……

 

 温かい液体の中に埋まる俺の腕。

 俺が力を入れて、相手からも攻められる、その丁度良いバランスが作られている。  

 液体が小さく振動しては背中にまで伝わる快感を生む。

 かと思えばグニグニと大きく躍動して力強く揉んでもくる。

 ただでさえ良い感覚だったが、何よりこの彼女の身体が他とは一線を画すものを作り出していた。

 温かで、中にいるだけで気持ちが安らぐ。

 腕を包まれているだけなのに、段々と身体全体までも温められているかのような感覚に陥る。

 この部屋も洞窟の一角なのではなく、温かな湿り気で埋まった特別室のようにも思えてくる。

 そんないつまでも浸っていられそうな思いを得ながら、それに負けじと手に力を入れ彼女にも心地良さを与えられるように動いていった。


 





 どれほどその時間を過ごしただろうか。

 やがて彼女は蕩け切ってこちらを揉む力も残せなくなったのか、いつしか俺を包む身体は剥がれて行き、今は全身がシートの上にべたーっと広がっていった。

 それではと俺が立ち上がると、彼女も彼女でゆっくりと身体を人型に戻す。

 この行為の最中はとても気持ちが良かったが、粘度のある液体の内を動き続けるのは思った以上に体力を使ったものだと、荷物から取り出したタオルで濡れた腕を拭きながら、全身の疲労感をそこで自覚する。


「溶ける思う~?」

「そんな事はないよ」

「前の人は思っていたからな~」

「前?前にも誰か人間が?」


 完全に身体を元に戻してシートの上にぺたんと座った彼女が問うてきた。

 俺を助けてくれたり人間に対して怖がる所はないのは、以前に同じ事があったのだろうか。

 そう返しながら俺が再び座布団に座ると彼女も隣へと戻る。


「真っ赤で座っていたな~。「食べればいい」言われたな~、人間は溶けないな~、食べられないな~。眠っちゃったな~。教えられなかったな~」


 彼女は緊張感も無く説明するが、こちらはそうはいかなくなる。

 真っ赤、眠って……と組み合わせて考えると浮かんでくるもの……。

 だからと、これで聞かなかった事にも出来まい。


「それで、その人は……」

「乾くのはいけないな~。流れるの止めたな~。外に持って行ったな~。人間が持って行ったな~。服を着てなくて隠れてたな~」


 悪い想像をしていたが、止血して運んで引き渡しは出来たというわけか。 

 彼女の言葉を解読して頷いていると、彼女が俺の後ろの箱をまた手探りして腰巻き鞄を取り出した。


「返してな~。忘れ物な~」

 

 彼女からそれを受け取り、どういった物か見ておくかと中を開く。

 中には鉛筆や未使用のメモ帳の他に空の小さな布袋が入っていた。

 布袋は彼女の着ている服と同じような水玉模様をしていてと細かく確かめたが、どれも重要なものではないように思う物だった。

 そうして布袋の口の紐を閉めた時に、彼女がそれを指差しているのに気づいた。


「丸くて甘いの入っていたな~」


 丸くて甘い、袋の様子からも考えると飴だろうか。

 こんな袋入りの飴を子供の頃にお祭りで親に買ってもらった事がある。

 飴といえば……と、上着のポケットに入っていた飴玉を取り出し包みを開く。


「こういうやつ?」

「そうだな~」 


 彼女は肯定しながらその飴をじっくりと見る。

 俺の事など気にしないように穴が開くほどに。

 これは絶対に好きなやつだな。


「飴っていうんだ、それも食べていいよ」

「お、お~、ありがとうな~」


 感激の声を出した後にはお礼はきちんと付け加えて彼女は飴玉を口に放り込む。


「お、おお~、しゅわしゅわ~」


 身体をプルプル震わせての反応。

 炭酸飴だったものな。ここまで震えるとは刺激が強かったか。


「大丈夫?」

「平気~、前は果物味な~、今は違う味、おいしいな~。飴な~」

「果物が好きなんだね」

「好きな~。丸いの……飴な~。食べておいしかったな~。全部食べて苦かったな~」


 苦い。

 飴の表現から聞くものじゃないな。

 以前食べたのは変わった種類の飴で、沢山食べると苦く感じるなんて事もあるのだろうか。

 と、ふと横を見ると、彼女は地面に顔を向けていた。

 

「ん~、苦いな~」


 俺が知る限りこの飴に苦さなんて少しも無い。

 人とスライムの感覚が違うと言われればそれもそうだが。 

 しかし、そういう話ではないのだろうと、彼女の落ち込むような姿に思う。 


「この袋に入っていた飴の事を思い出すとそうなるのかな」

「お~、お~、そうだな~。凄いな~」


 水玉模様の袋を見せて聞けば、彼女はその通りなのだと、どうして分かったのかと驚くようにぶんぶんと首を縦に振り認める。

 これはやはり飴自体が苦いというよりも……と、巡らせていると、彼女がすくっと立ち上がった。


「お天気なったな~。行くな~」


 どうやら雨が止んだらしい。

 水分の多いスライム族だけあって湿気の変化に敏感なのだろう。

 彼女は明るい顔にまた戻り、俺も話は後だと切り替えて荷物と預かった鞄を持って案内に従う事にした。

  



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