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マスターと助手  作者: 佐久サク
小さな手からの贈り物
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第二話

 それから俺は大学の建物から離れて、大学の所有地である近くの森へとやってきていた。

 片手にあるカメラで周囲に生息する木や花を撮っては歩く。

 本来これを行うはずだった学生が具合を悪くして、大学構内で代わりに行える誰かを探していたらしい。

 ヴェルフさんは探す役を頼まれて、そこで上手い具合に見つかったのが俺となったわけだ。

 森は広いけれど散歩がてらに歩くには気持ち良く、課せられている写真を撮る事についても精密な操作や緊張が必要な事ではなく、一回りする頃には長く頭に存在していた熱は消え精神の疲労は取れて、やっぱり俺は部屋の中より外に居る方が合うなと思いながら、カメラを森の入り口に建てられた家屋に持って行く。


 その玄関前まで行くと一人の人物が待っていた。

 丸眼鏡を掛け小柄でふわりとした長い白髪を持つ年配の女性。

 大学で植物学の教授をしているシャーロット=フォルンさんだ。

 

「一通り撮ってきましたよ」

「ありがとうございます。貴方がいらっしゃって本当に助かりましたわ。どうぞ、中へ。今、御茶を用意しますから」


 フォルンさんは丁寧にお辞儀。

 その雰囲気は実に穏やかで、教授職に就いている人の中にもこうした人物はいるのだなと初めて知る相手だった。

 講義も一つ受けたけれど、その植物学の話は俺の料理にも役立ちそうな面もあって非常に面白いものだった。

 そんな最近の出来事を振り返りながら屋内へと入り靴を脱ぎ、廊下を進む彼女のその背中を追おうとした時、身体に違和感を覚えた。

 歩きながら右耳の入り口に特に強く感じたそれに指を這わせる。

 ぐりっと入口を掻いて取り出し、その先端を見た時に俺の足は止まった。

 何か耳に入り込んだのかと深くは考えていなかったが、そこには想像に無かった奇妙な物があった。

 固まった蝋を引っ掻いた時のような白い物が爪先に入り込んでいたのだ。 


「助手さん、何かありまして?」


 俺が立ち止まった事に気づいたのか、フォルンさんが引き返して来た。


「耳に蝋が塗られたみたいになりまして……」

「あらあら、それは森に入る前に飲んだ薬によるものね。そのような症状が出てしまう方は度々いますのよ」


 薬と言えば森に入る前に錠剤を飲んだ。

 森に生息する植物によっては身体を痒くしたりクシャミを出させる物をまき散らすからと、仕事中にそれが起こさないための物。

 その薬によって森の散策は楽しい場所だったけれど、どうやら耳に副作用が現れたらしい。 


「それでは御茶の前にそれを取る事にしましょうか。皮膚を覆うように膜が出来てしまっているのでしょうけど、取り除けば問題は無いものですから」


 のんびり御茶を飲むためにも、俺としても身体をすっきりさせたい思いの優先順位は高い。

 そうして当初の目的の食堂にではなく、二人で別室へと向かっていく事となった。







 案内された部屋には中央にベッドが一つあった。

 大きな作りで、レンガのような形の角枕が置いてある。

 どうやら定期の森での作業で耳孔内に小さな副作用が出る人はそこそこいるらしく、こうした部屋が耳掃除用に造られているとの事だった。

 

 俺がここに寝てフォルンさんが掃除してくれるのだろうか。

 きっとこの場にマスターが居たら代わりに行ったのだろう。

 部屋の入口傍でそんな事を思う俺の視界の中で、フォルンさんはベッドの頭部側に車輪付きの台を一つ運んできた。

 台の上には金属製の長い首がついた器具が置かれてあり、その先端の閉じられた四角い部分が開かれると、その内側にあったのは鏡だった。

 そこから器具の首が何度か動かされ、ベッドに誰かが寝れば鏡が顔の上に来るように調整される。

 塔の寝台で耳の中を覗くカメラだのモニターだのは使った事があったけれど、これはいったいどういう意味があるものなのだろうか。

 

「それでは、そろそろ担当者達がこちらからやってくるでしょうから、後少しお待ちになってね」


 俺の疑問を他所に、フォルンさんはそう言って部屋の奥側にあった両開きの窓を大きく開いた。

 俺の背後にあるドアからではなく窓から?と、それには更に疑問を膨らませながらも窓の傍へと寄ってみると、外から向かって来る丸い光が二つあった。

 

 それは素早く部屋の中に入ってくると空中で停止して、未だによく分からないままの俺の目に映ったのは羽根が背中にある二人の女の子だった。

 掌の上にちょこんと乗りそうな程の小さな身体をした存在がそこにいた。


「こんにちは!今日、お耳掃除の担当をします、シリューです!」

「私はマリエルです……」

 

 まず挨拶をしてきたのは俺から見て右にいた女の子。

 赤茶色の短い髪の活発そうな見た目で、その声も元気一杯のものだった。

 続けて御辞儀をしての小さな声で挨拶をした長い金髪を背中まで伸ばした左の娘は、顔を上げた後も俺の顔を気にするようで目線を外すようでともじもじとして、どうやら恥ずかしがり屋の様子。

 この一瞬だけでその性格の違いは分かったが、まだ分からないものはある。

 この娘達はどういう存在なのかという事。

 そんな俺の疑問は語らずとも伝わっていたようで、フォルンさんが二人の娘に掌を向ける。


「貴方に写真を撮ってもらった森に住む妖精の娘よ。細かな場所での作業をを手伝ってもらってるの。貴方のように不調が出た人を治す事もその内の一つなのよ」


 なるほど、妖精か。

 大きくそう区分される中に様々な存在がいるのは知っている。

 確かこうした小さな身体を持つ者は、生まれ育った場所から離れずに生活するとの事だった。 

 森の奥の綺麗な泉の近くに住むが人の声がするとどこかに消えてしまい、くすくすとの笑い声だけがその場に響くといった話が聞いた中にはあったけれど、彼女らはこの森で暮らしながら仕事を手伝い外の世界との接点も作っているのか。


「では、ベッドへとお願いします!」


 そうして素早く仕事場に飛んでいくシリューさんと、俺にまた一度軽く頭を下げてから続いていくマリエルさん。

 フォルンさんはこの時間で御茶の準備をと部屋を出て、俺は初めての形となる施術を楽しみにもしてベッドへと向かって行った。





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