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マスターと助手  作者: 佐久サク
雨宿り
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第二話

 奥に進んで横壁に空いた細い道へと入る。

 そこは発光苔が僅かしか生息しておらず、手持ち照明でしっかり照らしながら十歩ほど進むと彼女が止まった。

   

「押してな~」


 ゲル状の身体から今度は片手を作って横壁を指す。

 そちらには俺と同程度の高さの岩があって、頼まれた通りに岩の横側を押すと思った以上に軽く動いた。

 それでも俺が入れる程は開かず、出来た隙間から内部を覗くと結構な大きさの空洞になっているようだった。

 そこに下を何か通る気配に気付いて見下ろすと、彼女がスルンと中に入り込んでいった。

 

「待っててな~」

 

 暗い洞窟に似合わないどこか呑気なスライム娘の声を聞き遂げて、照明を片手に何か来ないように辺りを見回しながら待つ。


「入って~」


 間もなくそう呼ばれて、今度は力を込めて岩を押し侵入すると、内側から岩の出っ張りに手を添えて入口を閉めた。

 照明で照らすと中は真四角に整えられていで、地面も岩壁も多少は凸凹しているが綺麗なもの。

 そこに石造りの棚やら箱やらも置かれていて、スライムの家というよりも人の隠れ家のようだった。

 とはいってもスライムの生活様相なんてものはろくに知らないのだが。


「お邪魔します」

「どうぞ、どうぞ~」


 お呼ばれしたわけだからと頭を下げて部屋の中へ。

 スライム娘を見ると、今は足先まで人型になり胸と腰に水玉模様の布を巻いていた。

 そして部屋の奥の壁沿いに置かれていた箱に向けて屈み、ゴソゴソと何か探したかと思うと、ぼろきれを取り出し畳んで箱の前に置く。


「座るといいな~」

 

 俺がその用意されたぼろきれ座布団に近づくのを、彼女は目をキラキラさせて見てくる。

 それへと俺が座るのを確認すると、彼女も隣にペタンと座った。


「元気で良かったな~」


 座った後に彼女はこちらに顔を向けて嬉しそうに。

 俺をどうこうしようというつもりはないようで、俺から何かされるという考えも全く無いような姿。

 青い透き通った身体やその胸元の内部に在る紅く光る核のように、汚れなく輝いているようだった。


「困るの駄目だからな~。村の皆も言っていたものな~。村の皆と違うと服を着ないと駄目な~。全部村の皆で教えてくれたな~」


 最初に岩に隠れていたのは、自分が裸だから異種族の前に姿を見せられなかったという事か。

 喋りはたどたどしくあり、幼さを思わせる仕草もあるが、この部屋の整った様子を見てもしっかりとした所もある娘のようだ。  


「村って……この辺りに仲間が集まっているの?」

「違うな~。村は乾いちゃったな~。皆バラバラになると決めたな~。お母さんと引っ越ししたな~。山でバラバラになっちゃったな~。ここは独りで居るんだな~」

「あ、ごめん……」

「謝る~?悪い事してないな~?」


 辛い身の上話をさせてしまったと恐縮する俺に彼女は不思議そうな顔を向ける。

 俺に気を使っているという様ではない。 

 こちらの考えを説明して彼女の思い出を穿るのも良くはない、どう続けようかと迷っていると、彼女が「あっ」と声を挙げる。


「何かあった?」

「お腹減ってたな~。ご飯を見つけないとな~。箱が空っぽだったな~」

 

 食べ物探しの途中で入口近くにいたわけか。

 助けられたこともあるし、手伝える事なら手伝いたいものだ。

 そう考えていると、彼女がじっとこっちを見ているのに気づいた。

  

「何が欲しいな~?」

「俺はお腹は空いていないからいいよ。君は何を食べるの?」

「葉っぱとか~お花とか~。果物あると嬉しいな~」

「果物か……」


 ”果物”と自分で言いながらニコニコとする彼女を見て、それがご馳走なのかと荷物の中を探してみる。

 小腹が空いた時用の物が何か……と弄れば二つ入っていた。

 黒に近い紫色の固い外殻を持つ片手に乗る大きさの球状の果物。

 中には甘い果肉が入っていて、保存が効くので旅のお供に適したものだ。

 薄い手拭いも入っていたので、それに乗せる形にして彼女に差し出す。


「これを食べてみるとどうかな」


 この辺りにある果物ではないので物珍しいのか、彼女は果物の姿を触れもせず見まわす。


「固いな~。疲れちゃうな~」

「人間も外は食べないよ。中身だけ食べるものなんだ」


 それには実践かと、畳んだ手拭いに果物を乗せて彼女の前に置き、その内の一つを手に取る。

 ヘタに親指を乗せて力を込めると殻は綺麗に割れ、中からは瑞々しい黄色の果肉が姿を見せた。

 甘い匂いも辺りに漂って、彼女の顔が興味深々といったものに変化する。


「どうぞ」


 果実を差し出すと、彼女はまず果実を指でほんの少し千切って口に入れた。

 口の中で溶けるように消えて行く。

 そういう風に取り込むわけだと人型スライムへの知識を増やした後は、どうやら美味しかったようで更に幸せそうな顔を見せる彼女に果実を渡して、二つ目も食べ終わるまで食事の邪魔をしないようにと、そこからは観察することなく適当に荷物を弄りながら待った。







「ありがとうな~」

「助けてもらったのはこっちだから。良い御礼になったら良かったよ」

「おいしかったな~。お片付けしないとな~」


 彼女は殻を両手に持って立ち上がり、俺の前方へと歩いて行く。

 そこに置かれていた籠に殻を捨てて……と、その辺もきっちりしているようだ。

 そんな彼女を微笑ましくも眺めていたが、「ん?」とその動きに目を留めた。

 行きも違和感があったが、帰りの姿に注視するとそれがよく分かった。

 

 歩く様子が少々ぎこちない。

 左足の動きが遅れて引き摺るようにも見える。

 思えば顔だけ出して移動する時もゆっくりで、他に知るスライムという種族の者と比べても遅かった。

 ただ遅いというよりも滑らかではなく、先程も今も身体のどこかを庇っているような動作だった。  

 

「足を怪我してるの?」

「分からないな~。ここにいると固いな~」


 気にしているようではあるが、多くは気にしていないような返事。

 ここに来てから変化したような言い方。

 生まれつきのものではないのなら治す事もできるだろうか。

 スライム族なら前に巨大な丸型の個体を「スライムちゃん」として飼育している人に会った事がある。

 大事な大事なスライムちゃんの具合が悪いと頼まれて、マスターがさくっと解決していた。

 その時に使われた万能薬程の効果はないが、回復用の魔術道具は幾つか常に預けられている。

 「ちょっと座ってて」と彼女に声を掛けて、荷物の中から回復術が込められた札と、周囲の魔力を遮断し札の効果をよりよく発揮できるよう加工された薄いシートを取り出して、部屋の空いている所に広げた。


「俺に足を出して、ここに座ってもらえるかな」

「ん~?いいな~」


 何か考える様子を一瞬だけ見せつつも納得したようで彼女は座る。

 その前に陣取り、左足の踝を触ってみると固い。

 プニョンという音を立てて指が沈み、そこも人間に比べると柔らかいのだけれども、ふくらはぎの方まで手を進めるとそちらは更に柔らかく、その違いがよく分かった。

 何のせいかは分からないがやるだけやろうと、札の紙の部分をペリペリと剥がして透明な薄い板状になった物を踝を覆うように被せる。

 ススッと何度か足を撫でるようにすれば、札が淡く光った後に元の色に戻る。

 次は札を剥がしてもう一度足を触ってみると、先程より柔らかくなった……気がする。


「立ってみてもらえるかな」


 彼女はすくりと立ち上がると、そこで何か違いに気付いたのか、左足を気にするように爪先を立ててグリグリと回したり、右足で片足立ちになり左足の踝を触ってみたりと動く。

 最後にぴょんぴょんとその場で何度も飛び跳ねもした後は、出会ってこれまでの中でも最大級に目を大きく開いて俺を見てきた。


「凄いな~。まほー使い~?」  

「あ~、魔法使いは俺じゃなくて……。そうだな、俺のお友達かな。その人に道具を貰ったんだ」

「おー、お友達~」


 主人だ、雇い主だと言っても伝わるかどうかと簡単に言い表すと彼女は納得したようで、再び跳んだり部屋の中をうろうろする。

 こうした事も近頃は出来なかったのだろうと見ているこちらも嬉しくなる弾け方で、それを暫く堪能した後に彼女が近づいてきた。


「ありがとうな~。もっと欲しいな~」

「どこか他にも悪いところがある?」


 回復札の手持ちはまだあるから問題はない……としていると、彼女は首を横に振った。


「手が当たると好きな~」

「そういう事なら……」


 足への感触が良かったのかと、先程触れていても俺の指がピリピリしたりするわけでもなく、それは構わない事だとして受け入れる。 



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