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マスターと助手  作者: 佐久サク
燃え盛る想いの果て
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第二話

 数時間の後、俺は布団の上に寝かされていた。

 刃が外された左足には薬が塗られた上に包帯で固く縛られている。

 僅かでも動かすとまだ痛みが酷く出るために、静かに山の中程にあった集落に居続ける。

 

 宿でも話は耳にしていた温泉街と山向こうの隣町との間にある集落。

 女主人とそこに集う者達の20人ほどで暮らしているという。

 俺を見つけた人達はその集落からキノコ探しに来ていて、俺を見つけた後にはすぐさま罠を取り外し、この集落まで連れてきてくれた。

 その道中も心配し励ましてくれた良い人達で、怪我の治療においても古い罠の錆びた歯が喰い込んでいたために貴重な薬が必要だったが、それも気にせずに使ってくれた。

 そうして処置された怪我は見た目は浅い傷ながらも深刻で、残りの傷に薬を付けながら暫く安静にして回復を待つしかなかった。


 これからどうしようか……と考える俺に後ろからトントンと音がして戸が開かれる。

 そこにいたのは、この集落の女主人のリンゼさんだ。

 歳は四十は超える頃だろうか。

 ヒイナが持つ着物と似た装束と落ち着いた雰囲気をその身に纏う。

 その一方で経験を積んだ大人の色香があるというか、ここに運ばれてすぐも俺の介抱のために集落の人達にあれこれと指示をしていたが、その姿にはつい目を向けてしまい、おかげで治療中の傷の痛みに意識が向かずに良かったというものだった。


「御加減はいかがですか?」

「おかげ様で痛みも引きまして大丈夫そうです」

「それならば安心致しました」


 嬉しそうに笑みを浮かべるその姿にまた視線が向かう。

 その声に耳が擽られ、鼓動の高鳴りを強く感じる。

 恩人に対して何て反応をしてんだ……と、それを認識した後は軽く体に力を入れて自分を戒める。

 そうして心を少し落ち着かせていく中で頭を過ぎるものがあった。

 俺は助かって良かったけれど、これで終わりではない。

 このままにしてはおけない物事があったと思い出すと、リンゼさんも俺の表情の変化に気付いたようだった。

 

「何かお困りごとでも……」

「ここには旅行に来ていて、宿に連絡を入れておいた方が良いと思いまして」

「確かにその通りですね。今はもう日が暮れますし麓まで行く事は出来ませんが、明日の朝には町に出掛ける者がおりますし、その者に宿にも向かわせましょう」

「ありがとうございます」

「ついでの話になりますので、お気になさらずに。貴方は今は傷を治す事だけを考えてくださいな。それではまた後でここまで夕餉を運ばせますので、お大事に」


 リンゼさんはそう言い残して部屋を出て行った。

 一人になった部屋で心配事は一先ず一段落としながら、彼女の残り香を感じ取り未だいつもより速まった鼓動も落ち着かせるように俺は長い長い息をついた。 







 翌日、温泉街へと向かう青年に伝言を頼む。

 この傷ではヒイナがこの町に戻ってくる方が先になるかもしれないと、宿への伝言だけでなくヒイナへの手紙も俺がここにいる事の証明として持っていた腰巻鞄と共に運んでもらう事にした。

 宿には怪我をして療養している事を、ヒイナにはその旨と更に宿で待っていて欲しいとの事を伝える事にした。

 儀式終わりで疲れているだろうヒイナにこちらにまで迎えに来てもらおうとはならず、連れを待たせる可能性があるとの話を包帯の張替えに来た者に伝えると、「傷に問題が無くなったら町までお連れしましょう」とまで言ってくれて、それには甘える事にした。


 その日の昼になると足の痛みは寝ている分にはほぼ感じなくなった。

 そんな身体で昼食のキノコ汁を飲む。

 塔のお土産にするはずだったキノコ達だが、新鮮な内にこの集落で調理される事になった。

 今日の朝も様子を見に来てくれたリンゼさんには「助けた御礼などは要らない」と言われたが、そのまま受け入れるにはこちらの気が済まず、大した礼にはならない物だけれども渡す事にしたのだった。


 そうして美味しいキノコ汁を飲み腹も落ち着いてくると、この独りで部屋にいる時間が長くて仕方が無くなる。

 暇にならないようにと幾つか本も貸してくれたのだが、これ以上じっとしているのが非常に落ち着かなくなり、足以外の部分を思うと少しは動かした方が身体には良いだろうと、昼食の椀を下げにきた人にその旨を伝え松葉杖を借りて集落内を歩かせてもらう事にした。


 床に付けてしまうと痛みの走る左足を庇いながらゆっくりと集落内を回る。

 集落は山の中にあるとは思えないほど広く綺麗に整えられた所だった。

 大きな屋敷、大きな庭、畑には何種類もの野菜が作られていてそれを自分達で食べたり、又は珍しい野菜もあるので町で他の物と取り換えたりもして、リンゼさんの元で多くの人達が暮らしているようだ。


 その今も歩きすれ違う度に俺の身体を気遣ってくれる集落の人達。

 何人もの人達とそうしてやりとりする中で気付く事があった。

 これまでも様々な地域、様々な人々の集まりに訪れた事はあるけれど、その中でもここの雰囲気は朗らかだ。

 この場所自体が時間がとてもゆったり流れている穏やかさを持ち、そこに住む皆が親切で毒気がまるでないような様子。

 それだけ平和に暮らしているのだろうと思いながら辿り着くもう一つの事。

 ここにいる人達はリンゼさんを除くと誰も彼も若い男性、俺と似たような年頃の人間だった。

 妖艶な女主人と大勢の若者、その単語だけで考えると何か怪しい集まりのように思えるが、この集落の雰囲気が俺にはそう思わせない。

 となると、どうして彼らはここに集っているのだろう。

 そんな事を松葉杖を使いながらの慣れない歩きに疲れて、大きな庭の見える屋敷の縁側に座り込み考える。

 その時、俺へと被さる影を見て顔を上げた。

 そこにいたのはやはりこの集落に住む一人の青年だった。


「足が痛みましたか?」

「いえ、それは大丈夫です。こういう物を使った事がないので、それで疲れて少し休もうかと思いまして」

 

 俺の答えに彼はホッとした様子を見せる。

 先程浮かんだ疑問、これは良い機会だとして聞いてみるか。


「この集落は何らかの宗教施設だったりするんでしょうか」


 座りながら考えている時、まず浮かんだものはそれだった。

 一人の長がいて各所から人が集まって来る、その場合は何らかの神や教えが関わっている事は俺が過去に訪れた場所にも多くあった。

 そこからの判断だけでなく、昨日の夜と今日の朝と、屋敷の広い部屋に皆が集まり何かをしている様子が一人部屋で寝ている俺の所にも伝わって来た。

 何かを読み上げるような女性の声、それが過去に知る宗教の朝と夜の礼拝のように思えたのだ。

 

「いえ、そういうものではないんですよ。私がここにいるのはリンゼさんに導かれた。あの方のおかげで生きる道を知ったというものはありますけれどね」

「それはどういう……」

「詳しく話すと個人的な事で長くなりますけれど……。人生に悩んでいる頃にあの方に出会い救われた、こうして傍で過ごしているだけで幸せというものをあの方は教えてくださるのです。他の方達もそれぞれの理由はあるけれど、私と同じような気持ちで過ごしていますよ」

「皆でここでずっと暮らそうと……」

「いえ、そうではありません。ここで知った幸せを胸に他の場所へ旅立つ人は何人でもいました。少しずつ少しずつ入れ替わり、この集落が出来た頃に居た人達はもう誰もいないとも聞きます。その方達もこの場所の事を忘れたわけではなく、ここや近くの町では手に入らない物を送ってもらいもしていますね」


 俺が過去に知った集まりも様々なものがあったけれど、こういう例は初めてだ。

 これもまた生活の営みの一つの形かと、最初は少々いかがわしくも考えた自分を反省してもいくのだった。





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