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マスターと助手  作者: 佐久サク
御茶には物語を添えて
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第一話

いつもの要素は無いユーリ視点の塔での御茶会話です。

「雪女は泣かないって、本当なんですか?」


 塔のダイニングテーブルで向かい斜め前に座ったヒイナさんへと問いかける。 

 最初にヒイナさんと出会った時は屋外での御茶会だったが、その後は屋内でのやりとりが何度かされていて、今日はヒイナさんの新作アイスパフェの試食を頼まれてやってきた。

 急な用事で先生は町に行かなければならず三人での催しとなったこの場。

 キャラメル味の滑らかなアイスやサクサクとした芋菓子が飾られた豪華なパフェを楽しみ、次には熱い飲み物をと助手さんがキッチンに立った所で気になっていた事を聞いてみた。

 

「えー、何それ。どこからそんな話が出たの」

 

 ヒイナさんは心底不思議そうな顔を浮かべる。

 この反応からすると、どうやらデマのようか。

 

「雪玉打撃場に通っている友人達の間で噂になっているらしいんですよ。でも、「直接には聞けない」とも言ってたんで、オレが確かめてみようかと」

「へ~、そんな事がね。じゃあ、友達に教えてあげて、全然そんな事ないからって」


 ヒイナさんは種族の間違った噂について気分を悪くしたわけではないようで良かった。

 これで後はオレが学校で話を伝えれば一連の事は落ち着くだろう。


「それにしても、なんでそんな話になったのかなあ?」

「オレも出所は知らないんですけど、その噂を追っていた仲の良い友人がいて、そいつによると「雪女の涙がその目から零れると宝石に変化する」って所から始まって、「それ故に襲われる可能性もあって泣かなくなった」なんて広まっていったようですけど……やっぱりそんな事もないんですかね」

「うん、全く。ワタシの故郷で採掘できる綺麗な石を売る事はあるけど、ワタシらから宝石が取れるなんて事はねえ……」


 どれもこれも嘘っぱちだったようか。

 噂を追っていたコッドにはしっかりと伝えておこう。

 あいつ一人に教えれば間違いの訂正をするにも話が上手く広がって良いだろうしな。

 と、今後の事を思い描くオレの前でヒイナさんが何かに思い当たった顔をした。


「その噂はもしかしたら他の里での事件が発端かもしれない。涙が宝石にはならなかったけど、結晶化した話はあるんだ。ワタシらの界隈では有名な話なんだけど……」


 と、ヒイナさんが語り始めたもの。

 それは、ヒイナさんの故郷とは別の雪女の里での一つの出来事だった。







 とある雪女の里。

 ある時に新たな里長としてまだ年若い雪女が選ばれた。

 彼女はそれだけの能力があった。雪女としての力に長け、人格も評判だった。

 里長となった彼女はその期待通りに里を平和に治めた。


 しかし、里長という者は家屋に籠っての事務仕事になり易い。

 慣れない仕事で時間も掛かり、彼女は毎日必死に仕事をこなしていた。

 そのために魔力を使う機会を失っていた。

 そして、行き場が無く彼女に溜まり続けた氷の魔力は暴れ出し、周りの物々を凍り付かせていった。


 それは彼女が一人で執務室に居る時に起こり、里長の館全体が氷に覆われていった。

 それでも彼女からの魔力は収まらずに吹雪が吹き荒れ続けた。

 この事態を解決するためには、魔力を抑える道具を彼女に着けてもらう事が必要だった。


 だが、それは他の雪女達には無理な事だった。

 雪女は寒さに強く未だ館内にある吹雪の中も進む事が出来る。

 しかし、それは途中までしか不可能だった。

 吹雪の発生場所である里長の傍に近付いてしまうと、互いの氷の魔力が重なり合い雪女でも防御しきれない猛吹雪なってしまう恐れが大きかった。

 そのために行く者は氷の魔力を持たない者でなければならない。

 出来る限りの防寒具や防御術で身を固めても数歩進むのも大変な館の中を進まなければならない。

 すぐに優秀な魔導士に依頼できるような土地ではなく時間は残されてはいない。

 そんな危機的な状況の中で手を挙げたのは里長の館で働く一人の人間、事務員として働く男性だった。

 里に何人か居た雪女以外の存在の中で一番若くはあったが、体力に自信があるとは云えはしない人物だった。

 周りの者達もすぐさま後押しをとはならなかったが、最後にはその強い意志に賭けた。

 普段は見せない眼鏡の奥の火がついたような瞳に、彼ならば館の吹雪をも突破できるのではないか、と。

 

 そうして彼は雪山に挑むような装備をして、少しでも吹雪を和らげる防御術を纏い館へと侵入した。

 つい先日までは何事も無く過ごしていた館が牙を向く。

 強い風が身を押し戻してくる。

 広間では四方を吹雪に囲まれて方向感覚を失う。

 それでも彼は確実に進んで行き、ついいは彼女が自分自身を捕らえている執務室へと辿り着いた。

 戸を開けばこれまで以上の猛吹雪。

 その部屋を一歩一歩進んだ先に自分の力を制御できずに彼女は蹲っていた。

 彼は彼女の左手を手に取って、その薬指に魔力制御の指輪を嵌めた。

 

 そして、「自分が不甲斐ないせいで……」と、自分を責めて蹲ったままの彼女の身体を彼は抱き寄せ、「自分だけで背負わないで欲しい、辛い時はいくらでも館で働く者を頼って欲しい。皆、貴方を慕って支えるつもりでいる」と元気づけた。

 少しずつ指輪の効果が出始め吹雪が弱まる中、彼女の眼から涙が溢れる。 

 それは周りを巻き込み凍り付かせてしまった事への哀しみからではなく、彼の言葉に心が溶かされた温かい涙で、そこにも存在した強い氷の魔力によって、それは美しい宝石のような粒となって零れ続けたのだという。






「それからその二人はどうなったんですか?」

「その事が切欠で結婚したんだ。その彼は里長の彼女を公私共に支え続けると誓って」

「カッコイイですね。オレなんて絶対真似できませんよ、その男性の事」

「この話を知った人は大体そう言うね。実際にその姿を見たら、よく猛吹雪に挑む事が出来たと更に驚くと思うよ。身体は凄く細くて大人しそうなおじさんだから」

「実際に知っているんですか」

「うん、その里にワタシの母親の友達がいてね、ワタシもついていった事があるんだよ。で、その里長の娘の一人がワタシと同じ歳で一緒に遊んだんだ。それで彼女の家で夕御飯を食べたから、どちらとも直接にも知ってるんだよ。おじさんは見た目通りに優しくて、おばさんは里長だからと偉ぶってもなくて、大柄な肝っ玉母さんって感じで良い人だったな。子供は五人もいて賑やかで楽しそうな家族でねえ。里長の集まりに出ても今も変わらず夫婦の惚気話するから、他の里長の「雪女の集まりなのにアツイ!」ってなる所までがお約束になってるんだよね」

「今でも長として頑張っていらっしゃるんですか」

「子供を皆立派に社会に送り出してからもばりばりだね。事件があってからは魔力を消費するため積極的に氷作りなんかして、これが「いい氷だ」って他所でも人気の商売になっているんだ」


 オレが話を聞きながら思い描いた二人の像。

 どこかの本に載っている物語のようだと、その挿絵のような美男美女を頭には浮かべていた。

 けれど、そこはかなり違ったものがあるようだ。

 現実と物語は違うもの。

 しかし、それが現実の面白さかと、そんな雪女と人間との一つのラブロマンスのその後の話にオレもまた心が温まるのを感じていた。





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