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マスターと助手  作者: 佐久サク
今日も掃除をしよう。
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第二話:☆

 マスターが予定時間通りに準備を整え、そこに外からの呼び鈴が鳴りカーム氏も丁度良くやってきて塔へと入ってもらう。


「やあ、今日は君にも手間を掛けさせるようで悪いね」


 この部屋へと到着したカーム氏は、その大きな身体に渋く落ち着いたコートを纏った姿で俺の傍にやってくる。


「いえいえ、お気持ちはよく分かりますし、手伝いくらいどうってことないですよ」


 挨拶を終えてカーム氏はコートを脱ぎ、俺の座る椅子の少し前方に置かれた寝台へ向かう。

 元はそれも古代遺物である砂漠の上を走る船だかの中にあった物。

 その寝台がかつて何に使われたかは判明していないが、俺もマスターに耳掃除をされる時にはこれを使っていて、身体を柔らかく受け止める素材と形で寝心地が良い物だった。

 レバーを引けば寝台の上半分を動かす事も出来て、真っ直ぐに横たわる寝台から大きな背もたれ付きの椅子としても使えて便利だった。


 今日の場合は曲げずに寝台として存在して、カーム氏にはそれに仰向けに寝てもらい、マスターは頭側に椅子と掃除道具を乗せた台を置く。

 俺はといえばこの椅子の上にさえいれば部屋のどこにいても良いのだが、俺も俺で掃除は嫌いではなく ”ごっそり”だとの言葉には弱いもので、二人の邪魔にはならないように、カーム氏の右の耳元が見えるマスターのやや後方に位置を整えた。







「それでは開始します」


 マスターが手にしたのは金属の匙で、この日のために誂えたという代物だった。

 汚れが蓄積しているとなるとこうした硬い物が必要となるか……と見ていると、匙がスッとカーム氏の耳の中に入る。


 俺の耳には何の感覚はなく、つまり、今はカーム氏の耳の皮膚に匙は触れていないというわけだ。

 匙はそのままスルスルと中に入っていき、その光景には、え?そんなにも?と、驚きを持って注目してしまっていた。

 耳掃除をここで何度もされた経験があるとはいえ、その様子を外から眺めた事など勿論無い。

 俺もされている時はこんな状態なのかと、そこに新鮮な思いがあった。


 ガリッ


 その時、耳の奥底に衝撃があった。

 痛みは無かったが、俺には肩をブルッと震わせてしまうほどの快感がもたらされていた。

 その様子に気づいたのか、マスターは耳から匙を取り出して振り向き、カーム氏もこちらを見ていた。


「カームさん、痛かったですか?」

「いや、それは全く」

「助手君は……」

「大丈夫です、痛みじゃないです。言えるのは今のは完全に皮膚を擦っただけです。そこに汚れはないと思います。次はもっと手前から、力もやや弱めると良さそうです」

「そうか。では、別の場所を……」

「なるほど、感覚を移すとは聞いていたがそういうことか。私には僅かに撫でられたくらいにし思わなかったから、これは手伝いが必要にもなるわけだ」


 カーム氏は納得いったと顔を戻し、マスターは再び耳へと挑む。

 それを見る俺は「今のは不意打ち過ぎだ」と感想を持つ。

 中に異物が入ってきた感覚が全くないままに急に皮膚に圧力が掛かる事が、これほどの感覚を生む事とは全く思っていなかった。


 感覚を移す術、それに関してはマスターと最終確認は行っていたのだ。

 しかし、それはマスターと俺とを繋いで足や手の皮膚をちょんちょんと触る程度のもの。

 俺としては「一度耳の中もやっておいた方が良いのでは?」とは申し出た。

 しかし、この耳掃除マニアは他人の耳は気にしたがりではあるのに、自分で自分の耳に突っ込むことはできないという難儀な人だった。

 そうして術の発動具合は十分証明されていると断られ、そのまま今日になってしまったのだった。


 これがまだ竹の耳かき棒なら良かっただろう。

 だが、初めての金属の感触、それによって耳の奥を不意に掻かれるという条件が揃っての結果、未だ耳に余韻が残るほどの激しい快感が訪れる事となり、俺はそれに意識を向けながらも次に来るものに備えていった。





 


 次に来たのはスッスッと線上に撫でられる感覚で、マスターの手元を見ると、金属の棒は先程よりは随分と手前を行き来している。


「さっきの事があったから力を大分弱めました?」

「いや、そんなことはないけれど、助手君の感触は無い様子かな」

「撫でられた程度にしか思えませんね」

「カームさんはどうです?」

「撫でられたとも思わないくらいだな。ゴリゴリと固い音がすることだけは分かる」

「加えてこちらには固い感触はあるとなると……きっとここが汚れの層になっているのでしょうね」


 その宣言後にクッと力が入りながら引き出された匙には、そこから零れそうな程の大きな黄土色の塊が載乗っていて、皮膚の汚れというよりも、粘土質の土を匙で掘ったかのようだ。

 マスターはそのまま匙を耳に入れては出してを繰り返し、その度に黄土色の物はボロボロと排出され、近くの台に置かれた白い紙の上に盛られる。

 その間、俺には耳の中を軽く擦られるような感覚しか届かず、途中からはそちらを強く気にすることもなく、大量に出てくるそれを観察していた。


「この様子からすると南方の山にでも登りましたか?」


 小休止といったように働きっぱなしだった匙を布巾で拭きつつ、山のようにと形容できる程に積まれた収穫物を見てマスターが言う。


「よく分かったね。あの辺りに休み毎に通っていた時があったんだよ」

「きっとその時の土埃や砂埃が固まってしまったのでしょう。あの辺りの物にはそうした性質がありますから」


 俺はそんな二人の会話には混ざらずに背景となって存在しつつ、再び掃除が始まり出てくる物が塊から欠片といった様子になった頃、俺の耳にまた感触が蘇る。

 それはカーム氏の外耳道が綺麗にもなった結果なのだろうと分かりながら、マスターに「その力が丁度いいと思います」と伝えて、後は砂粒のような汚れが耳の外に掻き出されるのを見守った。



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