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マスターと助手  作者: 佐久サク
一夏の想い出
193/268

第四話(黄):☆

 助手さんと休憩所で合流し、軽食を取りながらの今後の話し合い。

 先生と助手さんがすっきりと身体を整えられて次はオレの番だ。

 先生オススメの赤派か、助手さんオススメの青派か。

 今もテーブルの両脇から熱く勧誘され双方の施術を思い出しながら、オレは長く悩んでいた。

 どちらの内容にも結果にも興味はあるが、実行には怖さは消せずにあって、選択の最後の一歩が踏み出せないでいた。

 

「それなら、もう一つの宗派にする?」


 そうして軽食も尽きかけていた頃に、先生からの一つの提案。


「他にもあったんですか」

「そこは”黄派”といってね。解すのは塔で再現した器具の動きには一番似ているかな。その施設で得た知識を随分と込めたからね」

 

 その器具というと、オレが初めて塔に行った時に受けたものだ。

 身体を整える前に解していくローラー器具。

 あれを受けるだけでも気持ち良かったなと、今でもはっきりと思い出せる。


「じゃあ、オレはその黄派にします」

「もう決めてしまう?僕らも内容を知っているのは一部だけで、もっと詳しく施設の人に説明してもらってからでも……」

「大丈夫ですよ。似た経験がある場所の方が気が楽ですし、あんな風に身体を解して、後は整えるだけでしょう」


 悩む時間は長かったが、決め手となる案が出た後は早かった。

 これで客が大勢で施術が受けられなかったら大変だと直ぐに休憩所を出て、次は北にある黄派の施設に三人で向かう事となった。







 黄派の施設は他の二つより浅い地下に在って、中は温かい白の光で照らされていた。

 施術の服装は赤派と同じで薄いシャツを着る形。

 今度は先生と助手さんがその全ては知らないという黄派の施術を見学するとの事で、二人に少々だらしない腹の裸を晒す事にならなかった事に安堵する。


 そこにオレの施術を受け持つリザード族の人が入ってきて、「準備があるから、ゆっくり着替えていて欲しい」と言い残し、奥の部屋へと向かっていった。

 その人は黒い鱗を持っていて、黄派とはいっても黄色の体色ではなかった。

 青派は群青色、赤派は濃い赤色をしていた中で、黄派ならそれと似た色と疑わず思っていたが違っていた。


「ここに居るのは黄色の鱗の人だったりしないんですね」

「ああ、宗派の名前は最初に各種の技を編み出した方の鱗の色を取っているだけだからね。その技を受け継いだ者も同じ色を持っているわけではないんだ。鱗の違いではなく尾の太さは大事で、青派は細い者、赤派は太い者でないと技を習う前に断られてもしまうらしいけれどね」


 青派も赤派も偶々見た人がそうだったというだけの事のようだ。

 考えてもみれば、色で分別する意味など無いか。

 尾の太さ別と言われると、それは当然かと思う。

 そして、オレが先程見た黄派の彼の尾は細くもなく太くもなく、オレが想像していたリザード族の体型そのもの、中くらいと表現するのが良さそうだった。


「それで黄派の太さは赤と青の間になるわけですか」

「そうだね。それだけを聞くと体格としては黄派が最も習い易くも思えそうなんだけど、最も賑やかで人数が多いともならないようなんだ。相手の身体を治すには非常に繊細な技術が必要になるからね」


 そうして先生の説明を聞いている内に奥の部屋から準備が整ったとの声が掛かって、はたしてその技術とは……と、オレはここからの時間への期待を膨らませながら、施術部屋の入り口を潜った。





 


 施術部屋は大きさは青派と同程度で、ここも通路と脱衣所と同じく白い光が照らしていた。

 薄いシャツの恰好でも寒くはない中、部屋の中心に敷かれたマットにうつ伏せに寝る。

 そこからまずは触診。

 初めて塔に行った時、骨がずれていると軽く触れられだけで痛かった背中の一箇所が今回も痛みを生む。

 それだけでなく今回は左肩の傍や腰の辺りも随分と痛い。


「若いのに疲れてるな、勉強疲れか。左肘を机に付けて頭を支えながら、右手で文字を書いていたりするんだろう」


 オレに触れながらそう診断したリザード族のお兄さん。

 完全に当たっていた。

 最初は背筋を伸ばして机に向かっているが、勉強にも執筆にも疲れたり悩んでくると、気が付けばその形になり易かった。

 その姿勢が一番楽というものになっていた。


「そんな事も分かってしまうんですか」

「ああ、全部身体に出るんだ。もうそれが癖になっていたんだろうが、ここで身体を治したらその辺りも一新されるから大丈夫だ」


 自信満々に言うお兄さん。

 オレも半信半疑になる事はない。

 触れるだけでそこまで分かるなら、治す事もしっかりとやってくれると信じ切るに十分だった。


 触診は少しの時間で終わって施術本番。

 黒い尾がオレの背上を行き来する動き、それは参考にされただけあって、塔で受けたものと非常に似ていた。

 あの時のローラーのツルツルとした感触、今も薄いシャツ越しに彼の尾からも伝わる。

 その身に鱗はしっかりとあるけれど、服にも皮膚にも引っ掛かりはせずに滑らかに移動する。

 

 最初は全身を慣らすように、くに、くにくにと尾が軽く動く。

 尾はやや冷たくも感じられる温度だけれど、それに揉まれるオレの身体がぽかぽかとも温まって来る。

 その程よい温さに身体が脱力し始めた頃、尾に力が込められ始めた。

 オレが以前から特に違和感を持っていた腰の部分。

 そこを、ぐ、ぐぐっと尾が押してくる。 

 

 そこから広がる快感。

 最近マッサージの良さが分かって来たというか、腰を軽く自分で揉んでも気持ちいい事があった。

 でも、これはそんな素人の適当な押し方とは違う。

 身体の奥のコリをゆっくりと溶かされる悦楽に全身が反応する。

 腰から離れた肩や爪先の力までもが自然と抜けていく。

 

 ぐい、ぐに、ぐにり、と、何度も掛かる圧力で身体は軽くマットに沈むのに、その内部は浮かび上がってもいる。

 快楽に溶かされた意識がふんわりと。

 解され柔らかくなった身体の軽さもまたオレにそう思わせてくる。


 腰、背中、太腿。

 尾が触れた当初は硬さのあった場所がみるみる内になだらかになっていく。

 尾の整地ローラーが大地を均していく。

 運動場の乱れた砂地を正すなんてものじゃない。

 コリの山があった隆起の激しい場所が平地と化している。

 そう表現して構わない程に、存在した強固な物が嘘のように無くなっている。


 この動きも塔の機械を髣髴とさせていた。

 けれども、その一方であれとは全く違う物にも気づいていた。

 塔では装置に仰向けに寝ての下から、今はマットにうつ伏せに寝ての上から、その違いは当然あるけれど、それだけではない。

 塔のローラーの機械の冷たさとリザード族の体温の冷たさはよく似ている。

 あの機械もこれを真似て良く出来たもので、硬い部分に差し掛かるとその箇所を読み取って丁寧に解す機能まで付いていて共通点は幾つもあった。  


 だが、その共通点の中の僅かな一部分だけ、機械と生身との大きな違いがあった。

 ぐにぐにと丁寧に解して行った後の最後の一押し、ここが違ったんだ。

 身体が柔らかくなってきて、解す側の固さをより深く受け止めた時。

 尾はそこからまた一段階、ぐいっと奥へと沈んで来る。

 その途端に全身に広がる快楽。

 極めつけの一押しによりコリが解されると、その報告が神経回路をあっという間に渡って行き、他の部分までもが歓声を挙げる。

 ビリビリと電気が走ったような気持ち良さがオレの全てを更に浮き上がらせ、身体中から重さというものを消し去っていく。


 世の中に快感を生む物は沢山ある。

 オレだって自らの身体で経験したものも幾つもある。

 しかし、これはそのどれもと違っていた。

 身体の奥底から一斉に湧き上がってきては、一瞬で終わらずに長く持続する感覚。

 何だこれ、何だこれ。

 気持ちいい、気持ちいい。

 それを受け止めるオレにあるのは、戸惑いと興奮。

 これを知ってしまったオレに浮かぶ一つの決定事項。

 オレは黄派推しで行こう。

 今度先生達と話す時は、彼らに負けぬようこの良さを語り尽くそう。

 そう誓うと、オレはこの感覚を言葉にする事も止めて、今も続く快楽の渦の中へと自ら飲み込まれていった。

 






 施術者のお兄さんは一度部屋の外へと引っ込んで数分の休憩となる。

 先生ほどではないけれど、全身が解された緩んだ身体をマットに沈ませる。

 今も身体全体に心地良さの余韻が残り、解されてもいない顔までもが緩んでいる。

 この尾で解される施術だけでも受けに来る価値はあると断言できる、素晴らしい技術だった。

 

 しかし、今回の目的は整体だ。

 ここからがっちり骨を嵌められてこそだ。

 先生によると、そのやり方は青派とも赤派ともまた違うという。 

 その部分で他の宗派よりも技術を身につけるのが難しいらしく、先生達がリザード族の整体技術集中講座を受けた時も各宗派共通の基礎部分と、オレもその目で見た赤派と青派の独特な部分については学べたけれど、黄派については「短期間に学ぶのは無理だ」と、許可が出ないものだったという。

 ローラーで再現するために黄派の施設を訪ねた時も、解す事は何度も身体で実際に試させてもらったけれど、最後まで見る事はなかったそうだ。

 そういうわけで先生と助手さんは黄派の全容を知らないからと、オレの傍で興味深そうにして立っている。

 それはオレもまた同様だ。

 塔での整体の時は身構えてしまうものがあったけど、骨を正常な位置に戻すのも一瞬の事で、何も怖い事は無かった。

 赤派と青派の様子を見学しても平気なものだった。

 だから、何だってやっちゃってくださいよと、身体と同様に気分も柔らかくして待っていた。


「それじゃ、始めようか。君はそのまま寝ているといい」 


 やがて戻ってきたお兄さんはオレにそう伝えて、「ふっ」と息を大きく吐き出した。

 それからオレの足元へとやってきたのがマットが凹んだ感覚から伝わる。

 次にオレの両足が膝から上に曲げられて、これは助手さんが受けた青派のものと似ているな。


 しかし、違った。

 続けてやってきたのは、二つの圧力だった。

 太腿に彼の足が乗ったようだ。

 リザード族としては中くらいでも、オレよりも大きな身体の体重が掛かるとちょっと痛い。

 と、腿に意識を向けていると、気づけば身体の横に置いていた両手首を掴まれて、腕を後ろに持ち上げられていた。


 あれ?

 何?この形……。


 太腿と手首に掛かる力に対して今になって恐怖を湧かせた、その時だ。

 見ていた世界がぐるりと回って、次にオレの目に映っていたのは天井だった。

 彼はオレを掴んだまま後ろにひっくり返ったのか。

 現状をどうにか理解していると更に持ち上げられ天井が近づいて、彼の足でオレの足が横に開かれる。



 痛えええええ!

 

 

 途端に足に痛みが。

 突然の出来事に痛さを表現する叫びも出ない。

 逃げ出したいけど、身体はがっちり捕らえられて動けやしない。

 これは、あれだ。

 吊られて、天井へと押し上げられて、解除不能な程に固められる。

 そういう名前のついた技だ!

 そんな技が生み出す痛みと一緒に体内でペキペキと音が鳴るのが怖えええええ!!

  

 恐怖で心が一杯になり、身体だけでなく表情も固めるしか出来ないでいると、ふいに彼の足が曲げられオレはマット上にドサリと解放された。

 しかし、先程からの唐突な流れに混乱していて、マットに投げ出されたまま動けない。

 そんなオレの脇腹をリザード族の兄さんが優しく挟んで立ち上がらせる。

 やっぱりオレは単に痛めつけられたわけじゃない。

 あれこそが黄派の整体術なんだ。

 そりゃ簡単には会得出来ない。学ばせるにも相手を選ぶ技術だ。

 それを完璧に理解した所で彼が背後に回る。

 左足に彼の左足が絡む。

 彼の左腕がオレの右腕の下を通って首に巻き付く。

 そして、一気に伸びあがった。


 これは!紛れもなく!大蛇が絡みついて絞め上げるヤツ!

 それが証拠に、絞められたアバラがバキバキいってる!

 場所が耳に近いせいでさっきの技よりも音が大きく聞こえて背筋が冷える!

 心臓がバクバク鳴ってるのも分かる!

 だからってどうにかしたくても、これも完全に固められていて逃げられねえ!!


 心中で沸き起こるのは大騒動。

 しかし、身体は急に放り込まれたこの状態についていけずに、締め付けられている身体とは違って動くはずの喉からの声も出せないでいた。

 だから、先生達にもこの内情が伝わらない。

 二人共が関心を強く抱いた顔で楽しげに眺めているだけ。

 そうしてオレは体内でペキッ、パキッと鳴る音を聞きながら、彼にされるがままにこの整体格闘術を受け続けていくしかなかった……。 


  



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