第三話
翌朝、俺はベッドから荷車へとその寝る場所を移していた。
何でも近くにこうした毒による身体の変化には詳しい医者がいるとの事。
町から離れた場所に一人で住んでいる気難しい相手であるそうだけれど、どうにか診てもらえるように頼んでみるとの鉱山の人達からの話だった。
そうして俺は荷車の板の上に俯せに寝て、二人の力自慢の作業員とマスターによって山道の中を運ばれていく。
一日経っても自然治癒とはならない固まった背中の重さと、この状態では眠るにも深く眠れずに休まっていない身体を感じながらガタガタゴトゴトと。
やがて辿り着いた治療院は山道の脇にあった。
一人で開いている場所にしては広い敷地に平屋の建物。
まずはマスターと他の二人で中へ頼みに入り、俺はその建物の入り口で荷車の上で待つことになった。
やがてキイッと傍のドアが開かれ、まずはマスターと二人の作業員が出てきて、続いてこの治療院の主がその足元をスルスルと地面に這わせて傍へとやってきた。
ここの主は上半身は人間のそれと同じだが下半身は蛇のように長く伸びた人蛇族の女性だった。
その部分に驚きはない。
マスターが持っている医術書にも人蛇族の手による物は多く、旅する中でも医療の場に就いている者達を何人も見てきた。
その種族は癒しの力に長けているとの事で、その力を世界中で活かしているようだった。
そんな過去の知識にある者達と違う部分はと言えば、彼女のその姿は白色であった。
書物に載っていた絵姿にしても実際に出会った者達にしても、その蛇型の下半身は緑や赤や黄といった色だったが、彼女はそのどれとも違う白色の鱗で覆われていた。
そして、上半身に羽織るのも白い医師服であれば、その皮膚も色白く長い髪も白くあって、その雰囲気は医師というより神に仕える者のような神聖なものを俺に感じさせた。
その顔は滑るような肌を持ち整っていて、半目がちの目にある紅い瞳の輝きは鋭く、威圧感と近寄りがたさを強く伝えて来る。
彼女は更には右手に長いキセルを手にして、その先から白い煙をくゆらせながら俺のすぐ近くへとやってきた。
「話は聞いたけどね。診てみるから、下を向いていてくれないかな」
気怠そうな様子での女性にしては低めの声でされた願いに緊張感を強めながら言う通りにすれば、彼女はまずはぐるっと荷車の周りを一周。
その手に持ったままのキセルからの煙の臭いが強く鼻をくすぐる。
それにも何も反応はしないように荷台に身体を押し付ける。
鉱山の人達の話によれば彼女は腕の良い医者であるそうだ。
しかし、その機嫌を損ねたら、その時はどうなる事か分からないらしい。
治療を引き受けてくれないのならまだマシで、一度怒らせたら石化を治す所か更に悪化させて完全な石像にされ野ざらしにされるかもしれないとの噂もあるそうだった。
何が彼女の逆鱗に触れるかも分からないので、とにかく余分な事はしないようにと力を入れる。
「触るよ」
そう声を掛けられてから背中に圧力が掛かる。
背中を触られたというよりも、固く平べったい石の板を押し付けられたような感覚だ。
それが実際に別の物を当てられたわけではないのも分かる。
今は石となった俺の背中を押す事で、その内側の影響が出ていない部分はそう受け取るのだろう。
場所を変えながら何度も触られる。
石化の薄れている首筋や腰は彼女の指先からであろう圧力も僅かに判別できるが、背中の真ん中辺りはまるで自分の身体が触れられているとは思えないものだった。
彼女は途中で何か俺に言うでもなく、時々「ふうっ」と煙を吐く音だけを出して全体的に触れた後に俺の頭がある方へと回り込んで来た。
「うん、この程度なら特別な用意も要らないだろう。このままそこの兄さん達に治療室まで運んでもらうとしよう。じゃ、行こうか」
と、彼女は告げてまたその下半身をスルスルと滑らせて建物の方へと進み始め、無事に引き受けてもらった事に胸を撫で下ろした他の面々に俺は丁寧にその身を持たれ運ばれていくのだった。




