第一話
雪女とのマッサージ話
眼前を勢い良く川が流れて、ゴウゴウとした音が辺りを包む。
時々空を往く鳥の鳴き声がするけども、他の野生動物の姿はない静観な山の中。
川の脇の大きな石に囲まれた中に湧く白濁の温泉。
「くぁ~、効くねぇ……」
肩を開いて背にある岩に両肘を乗せ、その湯を存分に味わう。
このために山に入り、温泉周りの砂利を掘っては捨て掘っては捨て、十分に広げた後の待ちわびた入浴。
ここらで湧く温泉の中では最高の温度を誇るもので、他大勢の者達にとっては入浴を楽しむという湯にはならず訪れる者は少ないが、ワタシにとっては恰好の場所だった。
それもこれも恨めしいのは、この雪女という種族の性質。
湯に入ったからと身が溶かされるわけじゃない。
だが、入った途端にこの身から出る冷気で湯が冷めていく。
意識を身体に向けて冷気を出さないようにはできるが、それではせっかくの湯に入っても気が休まらない。
その状態でもやがては湯の良さに制御が効かなくなり、漏れ出る冷気でぬるくしてしまった湯は数知れず、共に入浴していた者達に頭を下げた事は何度でもあった。
しかし、この湯は話が違った。
他の誰にも遠慮する事なく入浴ができる。
冷気により湯が冷めはしても、絶えず湧き出る湯が丁度良い温度をまた作ってくれる。
身体の芯から温まるというこの経験を生涯忘れることはないだろうと、ここまでの苦労からの達成感も強く湧かせて目を瞑り湯に浸り続ける。
◇
どれだけ時が経ったかも気にせずに居た頃に遠くから足音が届いた。
「うわ~、この辺りは凄い霧ですね」
「これも温泉があるからなのかな」
その声は質としては男の二人組と判断できた。
秘湯を探しに来た物好きだろうか。
警戒するような相手ではないようだが、先にその姿を確認しておこう。
と、目を開けば、辺り一帯が白い霧に包まれていて、声のした方にぼんやりと二つの存在を知る事は出来たが、顔や恰好を確認することは不可能だった。
これは紛れもなく自分のせい。
漏れ出る冷気で辺りを冷やして霧を発生させてしまった事を一瞬で理解する。
さて、次はどうしようか。
ここは一つ挨拶と謝罪しかないか。
それには胸周りと腰回りを広く包んだ水着を装着済なので見た目に問題はないが、濡れたまま参上するわけにはいかない。
では傍の岩に置いておいた大きなタオルを手に取って……と、湯から身を上げようとした。
次の瞬間、つるんっと足が石に滑って身体が斜めに。
想定外の出来事に何の対処も出来ずドボンと全身が湯に沈み、後頭部からのゴッという鈍い音と目の前に火花が散るような記憶を最後にして目の前は真っ暗になっていった……。




