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マスターと助手  作者: 佐久サク
ペリペリ収穫祭
158/268

第一話:☆

助手視点の角栓取り話です。

 食堂の広い場所で椅子に座り、長ズボンの裾を膝上まで巻くった右足を前に出す。

 その先に居るのは座り込んだマスター。


「どうなんでしょう、これ」

「そうだねえ」


 マスターが見つめる俺の右足の膝から下、そこには大量の白い物の頭がある。

 先日、カラッと乾いた野原で仕事をして特に問題は無く帰って来たのだが、数日後に右足だけこのような状態になってしまった。

 最初は一つ二つ白い物が見つかるだけで、「ニキビか何かか。十代の頃はともかく、最近は出来なかったなあ」と軽く考え、その度にプチッと取り出していた。


 けれども、幾ら取り出せども無くなる事はなく、むしろ後から増えに増え、今では俺の右足はそれらの畑と化していて、原因があるとしたらこの前の仕事の時だろうとは想像が付きながらマスターへ相談した。


「野草の毒が入り込んだわけではないようだ。あの野原の環境と君の足の状態が悪い方向に重なって、毛穴を詰まらせただけだろうね」


 その説明にまず一つ気分が上向きになる。

 右足の光景は何の病気かと悪い想像も簡単に出来てしまうものだったが、人体に起こり得る物事が普通より多かっただけというなら怖くもない。


「となると、後は一つ一つ潰していけば良いですかね」 

「それで詰まりは解決はするだろうけど、肌に痕が強く残るのもいけないだろうからねえ。それでだけど、今進めている仕事の物が役に立つかもしれない。それの出来を調べる事も兼ねて使ってみようか」




 



 マスターから治療の説明を受けると、まずは風呂に入る事となった。

 外はまだ明るい夕方の入浴に、偶にはこんな事も良いかと浴槽で足を伸ばす。

 詰まった物を取り出し易くするために身体を温める事が必要で、更に除去し易いようにと薬草油を垂らした湯にゆっくりと浸かる。

 

 一度入って温まり、ついでだからと髪も身体も洗い二十分ほど浴室で過ごした後は、処置をし易いように半ズボンに履き替えて食堂へ戻った。

 再び椅子に座り、今度は用意された低い棚の上に右足を乗せると、近付いてきたのは刷毛だった。

 毛の先端にある黄色がかったクリームが足首から膝下までを一往復もすれば、壁塗り職人が行ったペンキ塗りかのようにそこは綺麗に薄い黄色に染まる。

 その手捌きに感心し、刷毛の感覚にこそばゆさも覚えつつ、白い物が完全に埋められるのを待つ。


 やがてクリームが行き届いて、次に取り出されたのは薄い黒色のシート。

 マスターがその上の両端を持って近付いて、最初に足首にペトリと貼り付くと、そこから粘着した感覚とひんやりとした温度が伝わった。

 そのままシートはクリーム濡れの足を覆うように膝小僧まで貼り付けられ、その上からマスターが何度か撫でれば完成だ。


「このまま経過を見て行くから、この足は動かさないようにして暫く頼むよ」


 その頼みに足を意識しつつ用意された暇つぶし用の本を読む。

 これは依頼された物の確認も兼ねるという事で、マスターは五分毎にシートの端を捲っては戻し、その様子を研究用手帳に書き込んでいく。

 それを繰り返した六回目、マスターがシートの端をこれまでよりもやや大きく剥がして確認した後に俺を見る。


「うん、これで良さそうだね。大体三十分、これが薬が浸透するに丁度良いようだ。それじゃあ、今度は剥がしていくから」 


 マスターの手が膝小僧のシートに伸びて、両端を摘まむようにしてから持ち上げられる。

 それに合わせて僅かにピリピリとした感覚とプチプチとした音が届いた。

 粘着力のある物を剥がしているので当然かもしれないが、毛がそれに合わせて一部抜けてしまっているようだ。 


「痛くはない?」

「全くと言える程それは無いですね」

「よし、薬の効果も良さそうだね」


 先程塗られたクリーム状のもの。

 今では身体とシートに染みて目に見えなくなっているそれは、白い物を上手く抜くためでもあったが、痛みを抑える効果もあるようだった。

 そうしてシートが剥がされ細い毛が抜けていく様子を見届けた後、今日の狩場である畑へと辿り着いた。 


 ペリ……ペリ……


 マスターも息を呑みながらシートを持ち上げると、そのベタベタとした面に張り付く白い物がある。

 体内に潜んでいたそれを、シートはがっちりと捕らえ取り出している。

 特に頭が白く目立っていた巨大な物は、その形を崩すこと無く白色の柱かのようにズッポリと抜けていく。

 外から見ているだけでは何も無いと思っていた場所からも、脂や汚れが固まった物だと分かる薄い黄色の物がズルリと取り出されていく。


 自分の身体にこんなにも入っていたのかと、気分が良いものではなかった。

 それらがシートに張り付く様はまるで虫の卵のようだとの嫌悪感は存在する。

 だが、俺はそのまま目を逸らすでもなくじっくりと見てしまう。

 まだまだシートに張り付き収穫され続ける者達。

 今度は小さな毛穴からとは思えない、その直径よりも太そうな身体が見えてくる。

 水滴のように下側が丸く膨らんだ物が、プリンッともキュポンとも肌から飛び出してもくる。


 身体の感覚としては、ペリペリとシートが剥がれていくものしかない。

 異物が身体から抜け出る快感というものは特に起こらない。

 目を瞑ってしまえば淡々と終わってしまいそうな作業なのだが、それを目で追う事で背筋がフルフルと震え、脳もゾワゾワと揺らされ、見た目に対しての気持ち悪さを覆い隠すような快感がやってくる。


 ペリペリ、プチリと、シートが剥がされ毛が抜かれる小さな音だけが響く静かな空間。

 引き抜かれるプリプリともした皮脂やら何やらの塊に対しての、”気持ち悪いのに気持ち良い”と相反するものが存在する不思議な感覚。

 自分でもおかしいとは思うが、そうとしか表現できない事実を抱えながら最後まで見守っていく。


 膝から足首にまでしかないシートだったが、時間をかけてゆっくりと剥ぎ取られ、最後にスッと足首から離れた時は、俺もマスターも思わず大きな息をついていた。

 シートは軽く折りたたまれ透明な袋に入れられてマスターの傍に置かれる。

 取って終わりというわけではなく、これからそのシートを使って更なる研究をするようだ。


 そして、俺の足もまだ終わりではなかった。

 右足には汚れが取り除かれた跡である大きな穴が幾つも空いていて、「このままではいけないな」と一目で判るそこに近付けられるのは別の薄い水色のシートだ。

 それで覆う事で開いた毛穴を閉じて、外から悪い物が入り込まないようにする。

 先程のシートよりも冷たく感じるそれもぴったりと貼り付けられ、再び足を動かさないようにして待つ。

 

「どうだった?」

「なかなか気持ち良いものがありますよ。後は、昔からこんな物があったら良かったなとも思いしますね。足ではなくて鼻に当てるくらいの大きさの物があればと」

「それはどういう……」


 マスターは使った物の片づけをしながら、ピンと来ない様子で聞いてくる。


「上の兄貴が鼻が大きくてテラついている方で、若い時は鼻を絞っては脂を取り出して、そのせいで余計に汚れてもしまっていたんですよ。そこにこれの小さい物があったら簡単に取れたんじゃないかと」

「なるほどねえ、そういう物も有りなのか……」


 マスターは興味深そうに頷くが、それは自分に当てはめて考えている様子ではない。

 世の中において所によっては存在する事情なのかと、距離を感じる語調がそこにあった。


「マスターはそういう症状に悩まされた事なかったですか?」

「そうだね、縁はなかったかな」

「まあ、俺も兄貴とは違ってそれほど無かったですけどね。それでも若い頃は気にする事もあったんで、今も思春期の子は欲しがるんじゃないかと思いますよ」

「そうか。ユーリ君とか年頃の子に相応しいと」

「田舎村でも周り含めてそうでしたし、今の時代のこの辺りの子はもっと興味あるかもしれませんよ」


 俺は右足を動かせずとも不満は無く、そんな会話をしながらのんびりと時間を埋めていった。

 やがて剥がされたシート下の足はすっきりすっかり元通りになり、肌触りとしては特別に変化は無いのだが、穴ぼこの残されていない収穫後の畑を指先でなぞりながら、また一つ面白い経験をしたとの思いに浸るのだった。

 



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