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マスターと助手  作者: 佐久サク
落日の刻
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第十話

 マスターが塔へと帰って来たのは、それから十日も後の事だった。

 イオニスが生まれた時と同様に外には雷鳴が轟く雨の夜、静かに塔へと帰って来た。

 雨に濡れる姿を気にする様子もなく、出掛けて行った時と同様に俺に対して「頼みがある」との言葉。

 俺はただそれを何も語らず頷き受け入れる事しかできなかった。


 翌日からは、ただひたすらに預かったままだった遺物の掃除と研究。

 俺とマスターの間の会話も少なく、喋る事があったとしても次の仕事の手順に触れるものだけ。

 再び二人きりとなった静かな塔で二ヵ月近くをそうして過ごしていった。

 それの日々の終わりに、俺はマスターに頼まれて遠くまで荷物運びに出掛けた。

 行き先は今度の事の始まりだった研究所。

 研究施設はまた他の事で忙しいようで、離れにあった小さな会議室で独り待つ。


 暫くそうしていると研究員の若い男性が入って来た 

 机を挟んで彼と向き合い座り、マスターから頼まれていた鞄を渡す。

 彼は鞄の中身を一つ一つ確かめていく。

 その表情は歪む事はなく手は止まる事なく動いて行き、やがて再び全てが鞄に収められる。

 彼はその鞄を自分の横の床へと置いてから俺を見る。


「確かに受け取りました。これで今回の仕事は終了となります」


 そう話し礼をする彼に俺も一礼して立ち上がろうとしたが、そこを彼に止められた。 


「一つお聞きしたいんですけど、今回の事はどうして……」


 彼がそこまでを言いかけた所で俺は察する。

 きっと聞かれるだろうとも思っていた話だ。

 それに対して俺の答えは決まっている。


「俺もそれは知る事ではないので、すいません」


 それ以上の話は続かないようにと遮り俺は立ち上がる。

 彼もそれ以上は聞くつもりもなかったのか、俺も知らない事だろうと納得してくれたのか、その後は何も問わずドアを開き俺を外に送り出してくれるだけだった。


 遠出したからとその地域の何かを楽しむ事なく、寄り道はせずに俺は塔へと向かう。

 列車に乗っていても外の景色を見る事なく、考えるのは一連の事だ。

 研究所の彼が聞きたかった事は分かっている。

 頼まれていた遺物の仕事。

 全てを磨き解明し終えたら、それは返却するものだった。

 だが、マスターはそうはしなかった。

 その中の一つの品を譲って欲しいと頼み込んだ。

 それは太陽を象ったような掌に乗る遺物。


 その頼みに研究所も直ぐに首を縦には振らなかった。

 彼らもそれが生物の傷を回復する力を持つ者を生み出す物だとは知っている。

 今はまだそれしか残っていないが、今後どこかの遺跡から起動させる事の出来る道具を発掘する事ができれば、自分達でも研究を続けそうした物を生み出す事ができれば、そう望んで当然だった。

 今の魔術では治療できない事例も解決できるかもしれない。

 それは世界にとって重要な道具と言えただろう。

 けれど、マスターはそれを返す事を拒んだ。

 説得、話し合い、それを続けた結果、研究所側は譲る事は選んだ。

 だが、当然渡して終わりとはならず、元から頼んでいたものの更なる研究、マスターが所持していた他の古代遺物、貴重な文書、それらと引き換えとの事だった。

 マスターは言われた通りに仕事を終え、物を引き渡していき、俺が今日ここに最後の一つを届けに来たわけだ。

 これで一つの遺物はマスターの手元に残る事となる。


 そこに研究所の人達がおかしさを思うのは当然だっただろう。

 マスターがそれほどまでに遺物や権利に拘るのは俺も見た事がない。

 「道具は使われなければ意味が無い」と、そういう考えをする人だ。

 それは俺だけでなく周知の事実だった。

 傷を癒す生命を生み出す遺物、それは研究所に任せる方がやがて大きな実りを生むだろう。

 なのにもかかわらずマスターが行った選択に対して不思議に思い、俺に聞いてきたのだろう。


 俺もマスターとそれについて話したわけではない。

 けれど、俺には分かっていた。

 マスターにとってそれはもう道具ではなかったのだろう。

 それは彼が遺していった、たった一つだけの物。

 仮に再びそれを核にして生み出される者がいたとしても、それは俺達の知る者ではない。

 遠い地の”太陽”と”生命”を司る神と同じ名を付けられた子は、もうどこにもいないのだ。

 だから、誰にも渡さず自分の元に置いておきたかったのではないか。


 そうマスターとイオニスの事だけを思い塔までの道を往く。

 気が付けば夕焼けの中で塔へと辿り着いていた。

 玄関に設置されていたカメラとモニターも研究所に引き渡し今は無い。

 ドアノブに手を掛けると鍵は掛かり閉まっていた。

 それを確認した後、戸を叩くでもなく俺の足は岬へと向いていた。

 何かに誘われるように自然とそちらに向かっていた。


 海が近づくと船の汽笛が聞こえ、茜空には今日も荷物を運ぶドラゴン達の姿が見える。

 そんな光景を見渡す事が出来る岬の先にマスターは独りいた。

 薄い灰色のローブ、横に伸ばした右手には太陽を象ったような遺物が見える。

 そうして夕焼け空に向かうマスターに近付く事も話し掛ける事もなく俺は居た。

 彼の右手は誰かと手を繋ぐようで、あの日に二人で見た景色を今日もまたそこに見ているのだろうその姿を、俺はただずっと見続けていた──────


 




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