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マスターと助手  作者: 佐久サク
落日の刻
140/268

第五話

 ローブでは動きにくいからとイオニスには長袖シャツと長いズボンを着させ、腰には木の実を入れる袋も付けて完璧。

 俺は特に服装の意識せず、肘先や膝下はしっかりと出る部屋で過ごしていた恰好のままで外へと。

 林に入れば数々の木の実が落ちていて、イオニスは見つける度にしゃがみ込んでは拾って袋に入れていく。

 俺も高い所へと手を伸ばして取ったり、時には木々を揺らして実を落としもする。

 小さな木の実の雨を受け取って、イオニスはその下を興奮し走り回っていた。

 そうこうしている内に日も陰ってきて、袋も一杯でそろそろ帰ろうかと、随分と奥にも進んでしまった林の中で身体を大きく伸ばす。 

 

「じゃあ、帰ろうか」


 と、声を掛けてみると、イオニスは俺の右隣でしゃがみ込んでいた。

 常に言う事は守ってくれる子だけれど、今日は「まだ帰りたくない」との意思表示かと、そんな姿もまた良いと眺めていると彼は俺のふくらはぎを指差す。


「助手くん、大変!」


 思いがけない言葉に己の身体を見てみれば、ふくらはぎから靴下まで赤く染まっていた。

 ふくらはぎの上の方には斜めの線状に特に色濃く赤い物が張り付いている。

 俺も調子に乗って茂みの中に入り込んでもいたので、そこで切ったのだろう。

 傷口は既に血で固まり、これだけ足が血に染まっているのを見ると、随分長い事そのまま動いていたようだ。 

 これまでそれに気づきもしていなかったのに、目の当たりにしてしまうと痛みが湧き上がってもきて顔を顰める。


「痛い、痛い?」と今にも泣きそうに聞いてくるイオニスには、「そんなに痛くないから大丈夫だよ」と表情を戻して答えて、とりあえずは汗拭き用のタオルで縛って行こうかと、腰の左脇に突っ込んでいたそれを引きずり出そうとする。 


「痛いの、痛いの、飛んでけ~」


 タオルがなかなか出ずにもたもたとする中、反対側でそんな魔法の呪文が届く。

 痛みを感じているもののそれ程ではなく、イオニスの子供らしい行動を微笑ましく思える余裕もあった。

 そこでタオルをようやく手に持つ事が出来て、顔を右側に戻せばまず目に入るのはイオニスがこちらを見上げる姿。


「痛いの無くなった?」

「ああ、どっかに飛んでいっちゃったな」


 笑って答えて、タオルをふくらはぎに巻く。

 まずはこのくらいの処置で良しと、後の事は塔の中でと二人で帰るのだった。



 


 帰宅後はイオニスに魔力水を与えて昼寝時間へと。

 睡眠は人間の子供同様に多く必要で、木の実拾いで今日は特に疲れたようですぐに寝てしまった。

 自室のベッドに寝かせてから、残った仕事を終わらせる。

 寝ている間に木の実で簡単なオモチャでも作ろうかと思い立つが、その前にやるべきなのは足の事。

 救急箱を片手にして、血で汚れた靴下を脱いで洗濯機の横のバケツに入れる。

 浴室に入った後は、傷口を覆う血の塊を剥がす事にした。

 傷口は開くだろうが水で洗い流した方が良いだろうと、その血の塊の端を掴んでペリッと持ち上げる。


 ……そこには血を流したはずの場所が無かった。


 ゆっくりと張り付いた血を剥がしていくが、その下の肌は綺麗なもの。

 僅かに一本線を引いたような瘡蓋は出来ていたが、とてもこの量の血が流れたようには思えない。 


 じゃあ、これは何だ。

 血ではなく別の物が張り付いただけなのか?

 例えばある植物が実の中に隠す赤い液体。

 触れると破裂し辺りを汚すような者はこの辺りに生息している。

 瘡蓋の傷はその枝で擦ったものだとか。

 だが、それはこんな風に直ぐには固まりはしない。

 手にある血の塊も未だふくらはぎに残る物も自分の血液に見える。


 自分の血であるならば、あまりにスパッと勢い良く身体が斬られると傷痕が殆ど残らないというものが俺にも起きたのだろうか。

 それは熟練の武器術や研ぎ澄まされた魔術によってだけでなく、自然の中でも稀に起きるものだという。

 もしそうだとしたら俺が被害を被ったのは良かったというものだっただろうか。

 イオニスも人間と同じように身体をぶつければ色が変わり、傷を負えば身体を巡る管から血液程ではないが魔力を含んだ赤い液体が流れ痛みに苦しむ。

 彼がそうならなかったのは不幸中の幸いということか。 

 俺の方も傷口がこの程度なら大丈夫かと血を洗い流しつつも、初めて経験した物事を無視とはできず、その場所の経過を意識していく事にした。

 





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