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マスターと助手  作者: 佐久サク
落日の刻
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第四話

 数日後、マスターは塔から出掛けていった。

 イオニスの核となる遺物についての文献を見るために遠方へ。

 一週間程の別れになると寂しがっていた彼だったが、昨日一日マスターと共に遊び夜も傍で寝ての今日になると、もう切り替えは出来ているようだった。

 「いってらっしゃい」と二人でマスターを見送りは始まる俺との日々。

 だからと特に何事も起こらず、イオニス用の魔力水と魔力飴も冷蔵庫に沢山用意して不足はなかった。

 この日は外で遊ぶには風が強く、自室で俺は軽く掃除をしながら二人での会話を楽しむ。  


「それでね、助手くん。イオニスね……」

「すっかりその呼び方になったなあ」

「だって、おとーさんが名前つけてくれたんだもん、これがいーの!」


 俺の指摘にイオニスは頬を膨らませる。

 名前が決まって以来、一人称が名前となってしまったようで、「助手くん」と呼びかけられては「イオニスね」と自分の話へと続けられる。


「お気に入りなのは分かるけどなあ……」

「んー、名前で呼ばないのが大人?」

「ボクって言う方が大人だな。お父さんとお揃いでもあるし……」

「じゃあ、ボクにする!」


 と、先程までの決意はどこへやら、”お揃い”の言葉にその目を大きく開き輝かせて、再びあっさり一人称は戻された。

 そうして何日も二人で愉快に過ごしていったある日の朝の食堂。

 俺が食事の準備をしている間、イオニスは木の実を床で転がして遊んでいた。

 どうやらお気に入りとなったようで、魔力水を飲み終えて元気になると今度は木の実をテーブルの上で握ったりと眺めたりだ。

 俺も食事を食べ終えてゆっくりお茶を飲みその様子を見守っていると、イオニスはそれを握って俺へと向ける。


「助手くん、これは助手くんやおとーさんは食べられるの?」


 その木の実は食べられる種類だが、中身はカラカラに乾いていてもう食べられない物だった。


「木から落ちたばかりなら食べられるかな」

「そっかー。助手くんは物知りだねえ。おとーさんもそう言ってたよ。食べ物の事とか他の事も、おとーさんより沢山知ってるんだって」


 マスターと二人で居る時はそんな事を話していたのか。

 俺の知識に対してそれは持ち上げ過ぎというものだろう。

 確かに食に関してはマスターよりも知る事は多いのかもしれないが、他の事は……と、そこに疑問は持ちつつ、そう見られていた事に喜びを持って今は姿のないマスターの事を思い浮かべるのだった。


「助手くんは本を読んで知ったの?」

「本もあるけど誰かに教えてもらう方が多いなあ。木の実の事は小さな頃から親に教えてもらって…」

「助手くんのおとーさん?」

「そう、俺のお父さんだな」


 その問いには大きく頷く。

 何も無い田舎町、遊ぶと言えば川遊びに森遊び。 

 家族を養うために働いている中の限られた時間でも、俺は多くの物事を教えてもらったと思う。


「助手くんは、おとーさん好き?」

「ああ、好きだよ」


 今こうしていてもいつかの日の事が鮮やかに思い出されて、それはやっぱり親の事は好きだったからこそ。

 あんな風になりたいと、早く仕事の手伝いも出来るようにと願ってきた。

 といって成長してそうなれたかといえば、兄貴達と違い戦力に換算される事はなかった。

 出来る事といえば畑仕事や妹や弟の面倒を見るくらい。

 

 それでもいつかは……と過ごしている内に、父親はこの世からは居なくなってしまった。

 それから一番上の兄貴が家の事を継いで、結婚することになって。

 下の兄貴は早くに家を出て、周りの状況が様々に変わって、俺も独り立ちしなければと都会に出る事を決意した。

 

 そんな環境で育つ中で、ごく普通の家族として会話もあって仲が悪いなんて事はなかったが、都会に出てきてあれから何年も経つと、もっとやりとりを深めておけば良かったと、「好き」の一つも直接に伝えておけば良かったかもしれないとの気持ちが湧いた後には一度首を振りそれを抑える。

 子供と二人きりでしんみりしている場合ではなかった。

 イオニスはそんな事は気にも止めていないように、今度は逆に首を傾げる。 


「ボクのおとーさんは好き?」


 続いてはマスターの事に。

 そこから思い出される田舎から出てきた後の事。

 頑張って生きていかなければと出てきたはいいが都会の風は厳しかった。

 知識も技術もろくになく、暫く働けていた住み込み仕事も人員削減の煽りを受けて解雇となって、少ない荷物を手に町を彷徨い歩いた日。

 偶々入った飲食店で隣に座っていたのがマスターで、そこでの些細な切欠で食事中も会話を交わして共に外に出た。


 宿を探さなければ……という俺に、マスターからは夜も更けてきたし自分の家に泊まらないかとの誘い。

 食事中のやりとりで、町から少し離れた場所に住んでいる魔導士とは聞いていた。 

 魔導士というと賢いだとか他の者を導くような印象があったもので、俺なんかがお邪魔していいものかと思ったが、断って宿が見つからなかったら困るものと、それには甘える事にした。


 そうして辿り着いた俺の知らないような道具が様々揃った塔。

 マスターからの提案で宿泊は一日で終わらなかった。

 町で何らかの仕事を探すはずが、まずはこの塔での仕事をすることになり、その仮採用から本採用、更には塔での主の手伝いに終わらず旅に出てまでの仕事まで繋がって行った。

 あっという間に事が運び、俺もそれを自然に受け入れて早数年。

 このような暮らしや数々の経験をさせてくれているマスターには感謝しかなく、好きかと問われたら答えは一つしかない。


「ああ、もちろん、好きだよ」 

「ボクもおとーさん好き」


 同士がいた事にイオニスは嬉しそうに、自分の秘密を伝えてしまったともいうように口で両手で隠して笑う。

 常日頃見ているだけで、それは俺にもマスターにも丸わかりというもので、俺も子供が見せるそのような姿に口が緩むものだった。

 その後のイオニスは興味が別に移ったのか、椅子から振り向いて太陽の明かりが入る窓からを戸を見る。


「ねえねえ、外に木から落ちたばかりの木の実ある?」

「今の時期なら幾つかあるかな。食べるには向かないけど、色んな形の物が落ちているなあ。そうだ、今日はそれを拾いに行こうか」

「うん」




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