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マスターと助手  作者: 佐久サク
砂上の祈り
133/268

第二話:☆

 城の一室で俺は服を脱ぎ、水で身体を清める。

 これまで通って来た遺跡は砂が固められた作りだったが、この城の内部は違い白い石の床や壁の無機質な空間となっていた。

 まずはマスターがこの城の先に進み依頼者に話を通すと、俺が仕事を行う事に異論はないとの事だった。

 そこでマスターは城の入口近くの部屋で待ち、今度は俺一人で奥へ進む事になった。


 その仕事をする前には身に纏わりつく穢れを掃わなければならぬと、今はこうして水を被っている。

 この部屋も白い石で造られて、水の溜まった広い堀と水を掬うための桶以外は何もない場所だった。

 外からの音も届かず被る水の音だけが響く中で、これからの仕事に向けての意識を固める。

 不出来な俺によって起こった事だが、今からはそれを引きずるわけにはいかない。

 相手にとって俺の事情などは関係なく、必要なのは仕事がしっかりと行えるかどうかだ。

 それを俺は果たそう、果たすしかないのだと、傍に置いていた白いタオルを手に取った。


 砂地を通って来た旅の服装から用意されていた真新しいシャツとズボンに着替え、片手には今回の仕事用の道具箱が一つだけある。

 それを持って城の中を進み目的地へと向かう。

 遺跡というには綺麗で手入れの行き届いた建物で、人が住んでいないのは当然なのだが、むしろ最初から人など住んでいなかったかのような生活感を感じない道を通り過ぎた先に待ち人はいた。

 ドアの無い部屋を三つほど通り過ぎた奥のその部屋も、彼が座る椅子以外には何もない場所で、彼は俺の姿を見て椅子から立ち上がった。


「待っていたよ、今日はよろしく頼むね」


 俺に対して礼をする彼。

 俺よりも背が高く幅も広い体格で、他に目立つのはその身体に纏うのは赤紫のローブか。

 装飾品は少なく単純な物にも見えるが、それだけで威厳を俺に伝えてくるようであり、緊張感がふいに湧いても来る。

 この様子からすると彼がここの導師であり、この場所から離れるわけにはいかないからとマスターを呼び寄せたのだろう。


「はい、よろしくお願いします」


 俺は頭を下げながら両手に力を入れた。

 緊張を振り切り、この仕事をやりきるとの意志を固めるようにして。

 



 



 マスターから彼の症状については細かく聞いていたが、ローブを脱いで椅子に座る彼の背中を実際に知ると、想像を超えた光景が広がっていた。

 首筋から腰まで皮膚が見えることは無い。

 小さな物は1cm、大きな物は高さが5cmはあるだろう数々の砂の塊、それによって背中が広く覆われている、砂の瘤が所狭しと存在しているせいだった。


 今回の仕事は、彼のそうした部分を綺麗にする事だと承知で臨んだが、これはどうすればいいものだろうかと息を呑み、最初の一手として背中の中心で目立っていた大きな砂の塊に触れてみる。

 その塊はグッと力を入れても砕ける事のない硬さで、そのまま左右に動かしてみても剥がす事は無理なようだった。

 やはり根元からやるしかないと、道具箱を開いて取り出したのはノミのような道具。

 先端の金属部分は薄く、これを皮膚と砂の間に入れて身体から剥離させていくしかないだろう。


「これから剥がしていきます。冷たい金属が触れますので気を付けていてください」

「では、その通りに」


 彼が身体を固め待ち構えるのを確認して、道具を持った左手を近づける。

 彼の左脇腹、張り付いた砂の塊と皮膚の間が少し浮いて見える箇所があった。

 手を付けるならばここからだろうと、道具の先端をその僅かな隙間に合わせて差し込んだ。


 ペキッ


 小さく音を立てて金属の平べったい部分が砂の塊の下に入り込み、そこからゆっくりと先端を押し上げる。


 ミシッ ペキッ

 

 砂の塊が浮き上がり、空いた右手で摘まむようにして持ち上げれば、それは簡単に取る事ができた。

 取れた物を確認すると、どこからどう見ても砂がガチガチに固まった物だった。

 それは邪魔にならないように床へ落として彼の背中を見る。

 砂を取り去った箇所は道具によって傷ついたようではなく、指先で触れてみると未だ砂が細かく張り付いているようにざらざらとした感触が伝わった。

 それについては他も終えてからでいいだろうと事を先に進める。


「一か所取ってみましたが、どうでしょうか」

「うん、いいね。その部分だけ軽く感じるものがあるよ」

「さっきは力を込めましたが、痛くはなかったですか」

「それは全くないから、そのまま続けて欲しいかな」

「畏まりました」

 

 作業の感覚を自分の身で知り、相手の反応も受け取り、こういう物かと理解が出来た所で先程剥がした部分から広げていく。

 

 ペキペキ

 メキメキ


 道具を差し込んでは塊を剥がし、遺跡の壁掃除を思い起こすような作業。

 肉体を相手に行うのは初めてだが、過去の経験に沿っていけば良さそうだ。

 そうして背中の約半分から砂の塊を剥がした頃、一度後ろに一歩下がり大きく息をついて服の袖で額を拭っていると彼が振り向いた。


「休むかい?」

「いえ、少し息をつきたかっただけなので、このまま続けさせてください」

「そうか。君も手慣れたものだね」

「そうですね、これまでの経験が活きてるようでして」

「ああ、遺跡相手の作業と似ているかい」


 どうやら彼も俺と同じ事を思っていたようで、それには「ええ」と同意する。

 

「日々過ごしていると、どうしてもこうなってしまうようでね。今後のために剥がしきらなければならなかったのだけれど、君のような人物がいて良かったよ」

「そう言っていただけると嬉しいです」


 本来はマスターが行うはずだった事。

 代わりを担えているのなら良かったと、その言葉を有難く受け取る。

 そして、彼の話には、砂地で長く生きた結果にはこうもなるのかと、世界にはまだ俺の想像も付かない事柄があるものだと思いながら残りの砂に手をつける。


「ああ、そうだ。こうして静かなままも何だから話をしようか。君はそれで良いかい?」

「いいですよ。でも、話といっても何をしたら……」

「私は他者から話を聞くのが好きでね。自分だけでは得られない物事を様々知る事ができる。魔導士君からは遥か昔の古代文明の話を聞いてね、そこからの縁なんだ」

「なるほど、そうでしたか。けれど、俺は古代の話はマスター程出来ませんし、他の事も……」

「ああ、そう難しく考えないで欲しい。ただ誰かの思い出話を聞くだけでいいんだ。そうだな、まずは君と魔導士君はいつ頃から共にいるのかと、聞いていいかな」

「ええ、構いませんよ」


 そういう話ならばと、乞われた通りにマスターと出会った頃について触れる。

 そこから二人での旅先で俺が感じた事や、はたまたマスターとは関係ない俺の田舎暮らしの昔話にもなっていった。

 話を聞くのが好きというだけあって、彼は話し易い人だった。

 俺の話を楽しく興味深そうに受け取ってくれる彼に、だからこそこうした場所で人を導く役として相応しいのだろうと思いながら、手を休める事なく色々な事を伝えていった。




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