第四話
ここから助手視点です。
「ふふっ」
おやつ時の食堂で小さく声が響いた。
片手にした本を読むのを止めて前を見ると、そこではマスターもまた文庫本を気分良さそうに読んでいた。
「面白いんですね、その本」
「うん、面白いよ、この学園生活物語。男の子が二人に女の子が二人の仲間達が楽しそうでね」
「共学校の話ではマスターも知らない事が多いですか」
「そうなんだよ、僕は男ばかりの学校だったから新鮮でね。助手君のはどう?」
「これも面白いですよ。世界を平定させるために違う世界から神に召喚された男がいるんです。でも、その役割に沿って世界を旅する内に、自分の持つ大きな力の振い方に悩んでいく。神に従うか自分に従うかとの苦悩の行先が気になるんですよ」
貰った小説は三冊。
その内の表紙絵の主人公が渋く格好良い姿に目を留めて開いた本。
中は細かく文字が書いてあり、こういう物は読み慣れていないな……としながらも、せっかくのユーリ君の作品だと気合を入れて読み始めた。
そうすれば、文字の多さが気にもならない面白さがそこにはあった。
寡黙な主人公の悩み。彼は戦闘では何手も先を読み、その緻密な計算に驚くばかり。
ついついページを捲って読み進めて、気が付けばもう一巻も終わり頃。
主人公がどうなっていくのか、早く続きが読みたいと気になって仕方がない。
説明も一度始めると止まらない俺だったが、そこでマスターの姿が目に入る。
マスターは持っていた本を伏せていて、俺の話を聞いているというよりも、どこか違う方へ心が向いているようだった。
俺の説明下手のせいで面白い話には聞こえなかっただろうか。
考えてもみれば、俺にとっては初めて見るような物でも、読書家のマスターには珍しい話でもなかったかもしれない。
それにしても、急に動きを止めてしまったかのようなその姿が引っかかった。
「マスター?どうかしたんですか?」
「……ああ、僕もその物語に興味が出るなと思ってね。ユーリ君は若いのにそんな題材で物語を書くなんて、出来る子は違うねえ」
と、俺を見たマスターはいつも通りだった。
「僕らも若い子に追い抜かれないようにしないとね」と、爺臭い事も言い出す。
どうやらユーリ君の事を考えていただけだったようで、そうして作者の話になった所で思い出すものがあった。
「あ、そうそう。御茶会の時にマスターが言っていた話も参考にされているんですよ。あれは隕石を打ち返して終わりでしたけど、この物語では打った後にバットも粉々に砕けて夜空に散るんです」
「助手君?」
「それを見て敵が勝ち誇るんですけど、そこには実は仕掛けた技があって、砕けたバットは流星のように降り注いで……」
「助手君っ」
一度呼ばれたが、まずは話してからと気にせず続け、更に強めに呼び止められた所で「何だろうか?」と話を止めて顔を向ける。
そこから俺に刺さっていたのは悲しみに染まった視線だった。
「僕はその本をまだなーんにも読んでいないんだよ~」
続けて放たれる恨めし声。
「あっ、その、それは、すみません……」
対して俺が言える事はそれだけだった。反論など出来るわけもない調子の乗り方。
それを自覚し謝ってはみたが何も返してくれず、再び学園ラブコメと呼ばれる種類の物語を読み始めるマスター。
そのような本も読むのだと、何でも読むのだとの面を知りながら、そのへそを曲げてしまった横顔に対して「ネタバレは止めよう、もう絶対に止めよう」と心に決めるのだった……。
終




