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マスターと助手  作者: 佐久サク
世界の片隅の御茶会議
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第二話

 まずは事の流れを知らないオレへの説明から。

 以前に塔の外で三人で話している内に、助手さんのからかいに対してヒイナさんが氷の弾をぶつけようと決意して、その一撃を助手さんは近くにあった棍棒で軽く打ったという。

 そこから幾度となく投げられようと打ち返される氷の弾。

 これが何だか楽しいぞ?となって、広場での遊びに発展したらしかった。

 その中で助手さんは軽く打ち返すけれど、先生はそうはいかなかったという。

 それではとヒイナさんは氷の弾から雪の球に替えて打ち易くして、その日は夕日が沈むまで遊んだとの事だった。


「でさ、あの遊びを仲間内でもやったんだよね。そこからいっそ商売にしてしまおうかって話になったんだけど、それならここで使った棍棒を参考に貰えないかと頼みに来たんだよ」

「で、これがその棍棒だな」


 と、助手さんの手によりテーブルの真ん中に乗せられた棍棒。

 木で出来た棍棒。

 それは手で持つグリップの部分があってグリップエンドは丸い円形に形作られてある。

 グリップから反対側のヘッドまで100cmくらいの大きさをしている……バットだった。

 隅々まで見てもバット。木製のバット。

 いや、この世界にも運動競技は幾つもあるけれど、これを使うようなものは聞いた事が無い。

 それでは誰かに聞くしかない。


「……この道具って何なんですか?」

「あ、これ?これは武器術全般を教えている施設で練習用に使う棍棒で、素振りして体力を付けたりもするんだと。俺も鍛えるのに良いかと思って、以前にその施設に訪れた時に貰って来たんだ」


 助手さんは棍棒────オレからしたらバットそのものについてそう言った。

 この様子からすると、どこかに競技が存在しているようではないか。

 この世界においてそうした用途の道具と言われれば納得もいくものだった。


 そして、本題の商売の話へと入り、雪女の人達は装置から発射される雪玉を打ち返す施設を作りたいとの事で、ああ、そういう場所、そういうセンターかと、オレは即座に理解する。

 使用する雪玉も「こんな感じだ」とヒイナさんが作り出して、今はテーブルの上に置かれている。

 雪女が本気で作った雪玉はそう簡単には溶けないとの事で、確かに形を保ったままに在る真っ白な硬い雪玉。

 他の三名の目を盗み、試しにステータス表示をそれに当ててみる。

 この塔での経験から日常で使う事は滅多に無くなっていたが、今日は使うとしよう。

 

 相手が道具であっても、ステータスはきちんと出る。

 雪玉の大きさは円周が23cm程で、重さは150gに少し届かないくらい。

 ああ、うん、縫い目が無い以外は公式硬式ボールって物だ。

 まあ、そこは球として飛ばし易いのは、どうしてもこの辺りの大きさになるという事にする。

 

 なんて、俺がやっている間に今度は棍棒についての話が三人の中で進んでいた。

 まずこの木の棍棒の量産は雪女の里の近くにある工房に依頼するらしい。

 工房の名前はジョ・ゼット工房。

 技術と名前に拘りがあり、ジョゼットと呼ぶことは許されない。

 ジョ・ゼットでなければならないのだそうだ。

 そんなジョ・ゼット工房の木製棍棒を見る。

 『ジョ・ゼット棍棒』……『ゼット棍棒』……。

 しっくりと、オレにしっくりと来てしまった名前。

 この形の棍棒に相応しい名前だと俺に思わせる。

 どう相応しいだとか、そんな事を口に出す事は出来ないけれど。


 そして、今はその隣に同型の棍棒が置かれている。

 ただし、木ではなく、氷で出来た棍棒だ。

 これも雪玉同様にヒイナさんが作り出した物。

 工房に依頼すると、道具の製作や維持に費用がそれだけ多くかかる。

 という事で費用の削減も考慮し、使用後は廃棄すれば済む氷の棍棒も雪女の能力を活かして作る事にしたそうだ。

 基本的には氷の棍棒を使用して、氷の魔力に弱い種族には別の棍棒を使ってもらうという形だ。

 今はまだ試作品であるが、これから木の棍棒を持ち返って型を取り大量に作る予定らしい。


 そんな氷の棍棒ではあるが、折れる心配はないそうだ。

 そして、この試作品は触れれば氷らしい冷たさを感じさせるが、完成品はそうはならないとヒイナさんは言う。

 雪女の里に在る綺麗な滝の水を使う事により、手にしても冷たさを思わせない物に仕上がるものらしい。

 当初それは『清流の棍棒』という名前になる予定が、有名工房の製品に『青龍の棍棒』というものがあるので仲間内で却下となったそうだった。

 その代わりの名前として、ヒイナさんが綺麗な水の部分を推したいとして付けられたのが『水の棍棒』との事だった。

 

 水の、みずの、ミズノな~、そう来たか~と思うオレの横で、助手さんが「分かり易く『氷の棍棒』で良いだろ」と指摘し、ヒイナさん二人でオレに意見を求めてきた。

 オレとしては、先程の棍棒と同じくとてもしっくりと来てしまった名前だったので、ヒイナさんに同意。

 すると、ヒイナさんは「いいね、ユーリ君はよく分かってる」と頭を撫でられ褒められてしまった。

 それにはどうも子供扱いされてしまったようだったが、その行動にも自分の名づけセンスに得意顔のヒイナさんにも悪い気はしなかった。


 棍棒の種類はそれで終わりではなく、先生が用意した金属の棍棒もあった。

 雪玉で遊んだ時に球を遠くに飛ばす事に爽快感があったようで、飛ばし易さを楽しみたい人のためにどうかという提案のようだ。

 この棍棒はジョ・ゼット工房とは別の場所で作られているとの話で、その名も『エスティーナ・エスソランダ・ケイディウス』工房。

 工房を設立した三名の名前が入っていて、棍棒にもその銘が目立つようにしっかりと刻まれている。

 道具作りを頼むなら、どんな物であっても工房名を刻むことを受け入れないといけないらしい。   


「ワタシとしては物はスッキリした見た目が良いんだけどな~」


 と、ヒイナさんはその金属棍棒の銘の部分を指でなぞりながら残念そうに。


「その考えは理解しますけど、こういう形だからこそ道具の力が存分に発揮できるものかもしれませんしね。魔術も呪文や動作の形を整えて繰り出す事で最高の結果を出せるように……」

「え?そうなの?」


 先生の言葉に、今度のヒイナさんは初めて聞いたような顔を見せる。

 そのヒイナさんにオレは驚くというか、先生が触れた者は魔術の基本の基本で、小さな頃から習うものとの認識だった。

 ほんの少しの呪文の発音の違い、身体の動作を付けての魔力の練り方の違い。

 結果としてどれも同じ術が発動出来たとしても、自分の魔力を必要以上に消費してしまう無駄が出るもの。

 魔術を駆使して生きるためには、多くの術を覚えていれば良いというわけではない。

 繊細な程に各所に気を使い、魔力の消費を抑えられる者こそが生き残れるのだという事を。

 そんなオレとは違って、助手さんは呆れたようにヒイナさんを見ていた。


「全くその意識無しで魔術を使っていたのか……、もしかして、効率が滅茶苦茶悪くなっていたんじゃないか」

「そんな事ないと思うけどなー。なんていうの、雪女が氷の魔術を使うのは息するようなもので?」

「じゃあ、火の魔術はどうなんだよ。氷を溶かすにもそれ使ってすぐにやってるだろ?」

「あれはワタシがそこに才能あったからねえ。生まれながらに火の魔力も備わっている、燃え上がる熱い魔力がと。そんなわけで、火術もワタシにとってはノリで使えるから」

「マスター、それはノリで放っていいものなんですか……」

「まあ、人間ではそうはいかないけれど、他の種族では魔術の扱い易さの違いは大きくあると思うよ」

「マスターがそう言うならそうなんでしょうけど……。それでも、一度しっかりと覚えてみたらどうだ」

「えー、何を?氷と火の理論を一からと?」

「いや、新しく知らない術で勉強するという事で、回復術とか」

「簡単に言うけどさ。それ、術の中でも難しいやつじゃないか」


 ヒイナさんの言葉はオレも頷くものだった。

 傷を付ける術よりも元に戻す術の方が何倍も難しい。

 ただ回復させれば良いというものではなく、強い回復の力は逆に身体を衰弱させてしまったりと、その調整がまた困難だと常識として語られるものだ。

 オレもどっかの女神との事を思い出した後は各種魔術を楽に操れるようにもなったが、回復術は扱いの範囲外というもの。

 

「そこは俺でも知ってるけど、役に立ちそうだからさ。ほら、今でも後輩の雪山案内指導に駆り出されるし、ヒイナが覚えて他の娘達にも教えたらどうかと。ヒイナが噛み砕いて教えれば、他の娘も取っ付き易いんじゃないかって」

「は~、そういう事。確かに今は傷を癒すには魔術道具や薬に頼ってるしなあ。里の出費を抑えるには、それは良い方法かもねえ。よし、それも考えに入れておこう」


 助手さんから注文を付けられて不満そうな顔を見せていたヒイナさんだったが、自分の能力に期待されているとの言葉に嬉しそうな顔を浮かべて納得したようだ。

 そして、その棍棒の呼び名については、棍棒にも刻まれた工房名の一部分ずつを取って、『エス・エス・ケイ棍棒』という名で話がまとまって、やっぱりハマる、どうしようもなくハマる!とオレに思わせる名の棍棒が揃ったのだった……。




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