第四話:☆
「中を触るけれど、動かないでね。何かあっては危険な場所だから」
危険と言われて、確かに奥に刺さったりしたらどんな事になるのかと嫌な想像が浮かんだ。
でも、「始めるからね」と頭をふわりと撫でられて、それだけで考えていた事は抜けて行く。
スルッ……スッ…スッ……
耳の入り口を匙が触れる、掻くというよりも撫でるだけという感じ。
それが何度も繰り返されて、耳が気持ちいいだけじゃなくて、頭もほわわわってなる。
それは自分にとって凄く良い事だと思えたけれど、それにも慣れてきた頃にちょっと違う方へ考えが行く。
「あの……私の耳って汚れてます……か?」
「ん?そんな事はないけれど、気になった?」
「入口に何かついてるのかなって思いました……」
「ああ、同じ場所をやっていたからか。でも、心配することはないよ。初めてだっていうから、丁寧に手順を進めているだけだからね。それに、中も綺麗なものだよ。耳の掃除はいつもはどうしてた?」
「えっと、家族に見られる事は無くて、時々痒いなって時に薄い布生地で拭き取ったり……」
「ああ、それならきちんと身体の機能が働いているんだね。人間もだけれど、大体はそうして外に汚れが出るようになっているものだから、それで良いんだよ。ただ、それでも僅かに残っている物もあるから、こうした器具もあるものなんだ。では、もう少し奥に進むよ」
カリッ…カリッ……
最初は匙が奥から手前に引かれる動きが繰り返される。
その度に耳の皮膚から何か取れているみたいじゃなかった。
でも、自分から何かが剥がされている気はして、気持ち良さが全身を包んでいく。
剥き出しになった心にも匙の先が触れて、好きに弄んで欲しいって染め上げられるようだった。
今度は穴を周るように匙をクルクルとされる。
匙が優しく軽く、撫でるより強く、掻くというには弱く。
掻き混ぜるような速い動きで何周も続けられていく。
その快感が足の方にまで伝わって、そんな自分の状態を考える事も難しくなってきて、頭の中まで匙で掻き混ぜられたように”キモチいい”って事だけが占めていく。
口からは荒く速く息が出るようにもなっていたけれど、それが止められない。
耳の中をほんの少し触られているだけなのに?と思うけど答えは出ない。
積み上げられた思考という柔らかな砂の山が、次の瞬間には匙で簡単に崩されていって、このままずっとこうしていたいって気持ちだけが残る。
美味しい物を食べた時とか偶にはちょっと褒められた時とか幸せに思う事は幾つもあったけれど、そういうのとは違う、今まで知らなかった幸せが生まれている。
カリッ……
奥に行くほど気持ち良さが増える。
動いたらいけないのは分かるけれど、思わずちょっと身体を動かして「んっ」と声も漏れてしまう。
魔導士さんは何も言わないし良いかなと思って。
それからもどんどん気持ち良く、どんどん幸せになる。
そうなると、もっともっと欲しくなって、僅かに進んでいくだけの匙がもどかしい。
「あ、あの……」
「何?」
「も、も、もう少し奥を……」
「奥か……それはダメかな」
”こうして欲しい!”っていうこの気持ちを魔導士さんなら弾けさせてくれると思って口にしたけれど、返ってきたのはお断りの言葉だった。
「……これ以上は危ない所ですか?」
「そうではないよ。でも、ダメ」
緩く痺れ続けている身体で小さく口を動かして聞いてみた。
そうしたら、さっきよりもちょっとだけ強めにそう言われる。
ずっと私を気持ち良くしてくれて、私が嫌だなと思う事はしなくて、だから大丈夫かと思ったのに。
どうして……との思いを込めて訴えるようにもして魔導士さんを見上げる。
魔導士さんはまた笑いかけてくれていた。
今になってダメって言われた事に残念な気分になって、その笑顔がちょっと意地悪にも見えた。
でも、そんな意地悪をされた事も嫌とは思わなくて、どうしてか身体がまたゾクゾクしてきた事に気付きながら顔を戻すことにした。
魔導士さんがダメっていうならしょうがないのかなって。
家でお姉ちゃん達の言いなりにさせられる時は怒る事も沢山あったけれど、今の私が魔導士さん次第なんだなって思う事には、それも楽しいような嬉しいような気分になってる。
どうしてこんな風に思うんだろう。
頭の中を触られなくても、考えが変わってしまう魔法にでもかかってしまったのかな。
単なる木の匙に見えるのは、実は凄い魔法の道具だったのかな。
色んな考えが出るけれど、こんな魔法になら掛かっても良いと思って、次にまた匙が身体に訪れるのを待った。
カリカリ
段々と奥へと進んで身体に響く音と気持ち良さが大きくなる。
毛布に包まっているせいか、身体も凄く熱くなってる。
スッ…カリカリ……
螺旋を描くように匙が進んでいく。
やってくる快さと奥に近づく期待で、心が一杯になる。
カツッ!
そこに今までと違った固い音がして、電撃のような気持ちいい痺れが身体に走った。
「んんっ!」
動いたら危ないから、しっかり口を閉じて我慢した。
でも、全身の内側が強く震えた感じがあって、今もまだ残ってる。
お母さんにお仕置きで雷魔法を落とされた時に「痛いけど、これ好きだな」と思ったけれど、今のは痛さは何もなくて後何回でも身体に打ちこんで欲しいくらいだ。
なんて考えていると、魔導士さんが私の顔を覗き込んできた。
「あっ……痛かった?」
「だ、大丈夫です。でも、大きな音がして……」
「それなら良かった。こちらも何か固いものを引っ掻いたようだったから、その音が響いたのかもね。今からそれを取っていくから、音については暫くそういうものとしておいてね」
「はい……」
音よりも身体に来たものの方が気になっていたけれど、それは言わない。
今は早くもう一度あの感覚が来て欲しい気持ちだけがあった。
カッ……カリッ……
最初の一撃程ではないけれど、その固い物の近くを掻かれる度に気持ちいい痺れが全身に回る。
鼓膜にも近い位置にもなっているからか大音響が鳴り響くけれど、嫌な音ではなかった。
それは他の音を遮断する壁にもなって、この行為に私を集中させてくれる。
カッ
少しだけ強く匙が動いて、何かが身体から剥がれたように思った。
ペリペリ……ペリ……
これまでと違う感触と知らない音がする。
それは新鮮で、また強い快感を生んできた。
ちょっとずつ何かが身体から離れて行くようで、一緒にピリピリとした気持ち良さが止まらずやってきて、知らず知らず足を閉じて擦り合わせるようにしてしまっていた。
これ以上動くのは危ないだろうから、両腕をお腹の下に乗せて、動かない!と自分に言い聞かせる。
そうすれば足は止める事ができたけれど、今度は手を置いているお腹の内側が何だか変なことになってる。
毛布に包まれているし冷えてしまったわけじゃないけれど、外側にある温かな毛布よりもなんだか熱い。
ガリッ
~~~~~~!
その時だ。
一番大きな音がして、全身を衝撃が走っていた。
耳を掻かれて起きたものなのに、足の先から走って行ったようだった。
かと思えばやっぱり頭の方から起きたようにも思う不思議な快感。
それと、やっぱりあったのはお腹の熱さ。
臍の辺りがきゅ~~っと熱くなった気がして、頭の中がふわっとなるのと一緒に何か溢れたようだった。
心配になって身体を色々と触ってみたけれど、特に何も起きていなかった。
そうしている内に全身が落ち着いてきたけれど、今度はこのまま寝てしまいたいような疲れた感じになった。
「無事に取れたよ、身体に力を入れさせてしまって悪かったね。よく我慢してくれて、とても助かったよ」
その魔導士さんの声に上を向きたいと思ったけれど身体に力が入らず出来なくて、せめて声だけで返す。
「い、いえ……。それで何か大きなものがあったんでしょうか……」
「そうだね。これは金属の欠片かな」
なんでそんな物が?って、言われた私が一番驚いていた。
すると、魔導士さんはそれをちり紙の上に乗せて見せてくれた。
確かにそれは金属の薄い小さな欠片で、そこに乳白色の薄い垢の膜が張り付いているようだった。
そういえば、小さい頃はこういうキラキラした物がお気に入りだったのを思い出す。
いつだったかそれで遊んでいる時に下のお姉ちゃんがやってきて、好きな物を取られたくなくて隠そうと、急いで耳の中に入れた事も頭に蘇ってきた。
その後にお姉ちゃんはすぐにどこかに行ったから、耳の中から全部取り除いた。
……つもりだったけれど、今こうなっているという事は、それからずっと中に残っていたんだろうな。
「小さい頃に耳に入れてしまった事がありました……」
「あ~、そういう事か。何か秘密があるようではなくて良かったよ。最初は汗で身体に張り付きもしたのかな。その後に身体はそれが奥に行かないように包んで守ったわけだ。いやはや、生物の身体というものは本当に面白いものだよね」
魔導士さんは私の言葉に納得して、そして、どこか楽しそうにしていた。
なんでそんなにも声が弾むのだろうと思っていると、差し出されていたちり紙が片づけられる。
「と、こうしている場合じゃなかった。残りはさっきの場所をもう少し触っていくからね」




