第三話:☆
次は何をされるかと思ったら、身体を倒されていた。
床には自分の家にも無いような厚くて柔らかい布団が敷かれて、そこに正座した魔導士さんの太腿上にまた厚い生地のタオルがあって、私はその上に頭を乗せて寝かされていた。
「お腹が冷えるといけないしね」と毛布まで掛けられて、扱いが完全に子供だとまた思う。
でも、その毛布も凄く温かくて気持ち良くて、誰かの身体の上にいるのも悪い気はしなかった。
けれど、そうして気分が落ち着いた所で、これから何をされるのだろうと改めて考えが向くと、肩から足の先っぽまでもがカチコチに固まる。
そこに焦げ茶色の細長い棒を持つ魔導士さんの手が見えた。
「そ、それで何を……」
「耳かきでもしながら、少々話でもしようかとね」
何だか知らない単語が出てきた。
耳かき、耳カキって……と、その棒を見ると、先っぽは匙のようになっている。
そういえば上のお姉ちゃんが出しっぱなしにしていた本を読んだ時に、耳に器具を差し込んで思考を改造するとか、そんな話があったような。
やっぱりこのまま実験台にされてしまうのだろうかと、全身に震えが起こる。
「やった事はない?」
「な、ないです!」
太腿の上で僅かに首を振りながら否定する。
逃げる事は選べなかった。
どうしようもないことを心が理解していて、諦めの境地に達していて、そこに在るのはせめて苦しまないようにやって欲しいという祈りだった。
「そうか。まあ、分かり易く言うと、これは掃除器具なんだ」
「掃除……、何かそれで頭も弄って、これまでの考え方を洗い流して、別の物に変えてしまうとか……」
「怖い想像するね……。そういった物語が世に出ていて、人間の子達の中にも内容を真に受けてしまう子がいると問題になる事はあるけれど、でも、僕も色々と魔術は習得してはいるけれど、そんな方法は現実には聞いた事がない。耳を通って頭の中に触れるなんて、その時点で命が危ないよ」
魔導士さんは実に困った話だとの様子を出していて、その真剣な姿に自分は思うままに口にした事を反省して、もう何か言う事は止めて受け入れるだけにする。
「じゃあ、始めてもいいかな」
「は、はい……」
ススッ
匙が耳の伸びた部分の横側を走る。
それを耳の右側、左側と繰り返されて、気持ち良いって感覚が耳一杯に広がっていく。
「と、こんな風に耳を掻くための物でね。身体の力も抜けてきたようで良かったよ」
魔導士さんの言う通り意識したわけじゃなく力が抜けて、気が付けば今は家で気楽に寝転ぶ時のようになっていた。
カリカリカリ
次は耳の先っぽを何度も掻かれて、これはさっきよりもくすぐったさが強い。
でも、くすぐったいのに止めて欲しくない、変な気持ちになってる。
「皮膚が乾燥しやすいのかな。それで、ここの皮膚が細かくひび割れてもしまっているようだ」
更に小刻みに耳の先端を掻かれる。
最初は薄いベールが掛けらたような隔たりが皮膚にあるようだったのに、段々と直接に耳に触れられているように変化して、耳全体が温かくなるのも感じる。
「こんなものかな」
魔導士さんの手が離れた隙に耳が気になって手を伸ばすと、そこはもちもちとして、ずっと揉んでいたいような柔らかな触り心地になっていた。
「気に入った?」
その声にバッと手を下ろす。
触る事に集中していたと顔を熱くしながら上をちらりと見ると、魔導士さんは微笑みかけてくれていた。
太陽のような笑顔ってこういう事を言うんだろうって、耳と顔の次は胸の辺りが温められていくみたいだった。
男の人となんて殆ど接した事はないし、遠くから眺めるくらいだったけれど、多くがこうではないとは何となく分かる。この魔導士さんが特別なんだって気がした。
「す、すごく変わりました……」
「これまであまり気にした事がなかったのかな。これからは自分の手で揉むのも良し、お湯で濡らして絞った布で包んでからじっくり拭き取るのも良いかな。せっかくのよく伸びてよく見える部分だから、そうしておくのが良いと思うよ」
自分は気にした事なかったけれど、今後は言われた通りにしようって心に誓う。
それに”せっかくの”なんて、初めて耳の事を褒められたようで嬉しくて、耳をこちょこちょと触られたよりも心がこそばゆくて、また熱が上がるのも感じて顔を戻した。




