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マスターと助手  作者: 佐久サク
プレシャス・ジャンク
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第十四話:☆

 綺麗になった後に薬を塗ってもらう。

 これは右耳だけで良いので再び身体を反転すると、背後からチャプチャプと水の音がする。

 薬は皮膚に塗り込むようにしなければならないようで、助手さんが指を使ってしてくれる。

 そのためには指を綺麗にしないといけないので、消毒水を溜めた洗面器で洗っている音みたいだ。

 その後にチューッと薬が入れ物から絞り出される音もした。


「かなり冷たくてヌルっとするだろうから、驚かないようにね」

「うん……」

 

 動いたらきっと大変なことになると力を入れて寝る。

 まず耳を開くように外側に引っ張られた後に指が一本入ってきた。

 助手さんの言う通り、ヌルリとした冷たい感触。

 人差し指だろうか、それが考えていたよりも耳の奥にぐいっと侵入した。

 

 くにゅくにゅくにゅ


 そのまま指が動く。

 冷たさは思ったより大丈夫だったけれど、この指の感触には慣れそうにない。

 だからって薬を塗らなければ、またあの黒い物が溜まってしまうから逃げるわけにはいかない。

 そう心に決めて身体を固めて時が過ぎるのを待つ。

 ゾワゾワと背中の方にまで伝わる、気持ち悪いような気持ち良いような、これまで知らなかったおかしな感覚と一緒に。


 くにゅ…にゅる……


 指はこしこしと耳の壁を上下に刺激したり、ぐるぐると孔を一周もしたりする。

 そうしている内に薬が浸透してきたからか、耳の壁も柔らかくなっているようだった。

 指の動きがより身体に伝わって、自分の中をぐねぐねと動いているのがよく分かる。

 それは耳だけでなく頭にまで響いてくるようだった。

 耳孔を指が動く度に頭の内にも触れられたように誤解する。

 くにくにとの指の動きに合わせて脳が揉まれる。 

 頭の中も柔らかくなってしまったように何も考えられなくなる。

 考えをまとめようとしても、指がくいくいと耳の中に触れるとすぐに解けていってしまう。


 触られていない側の耳もピクピクと動いて、顔が熱くなって息が上がる。

 足は指先までピンと伸びて、尻尾は逆にくたっと何の力も入らなくなって布団の上に。

 黙っているべきと思っても、口からは「んなぁ」と声が漏れる。

 変な声を出していると自分で思うのに、声にして逃さないと我慢が出来なかった。

 口を閉じたままでは、身体の中にゾクゾクゾワゾワと何かが溜まり続けてしまうようで嫌だった。


 くに……ぐにぐに……

 ずっ……ずちゅ……ぐぐっ……


 途中で何度か薬は塗り替えられて、その度に一瞬の冷たさを感じるけれど、もう気にならなくもなっていた。

 自分の身体の熱さにそれはすぐに溶けて、今はもう心地良さとフワフワとした浮くような感覚だけを身体に伝えてくる。

 耳の奥の奥、自分も触れた事のない場所に指が来ても怖くない。


 ぐち……ぐちゅぐちゅ…………

  

 湿った音が大きく頭の中に響く。

 誰も辿り着いた事の無かった場所。

 そこも最初は固く閉ざされていたはずなのに、今では何の侵入も拒まないように柔らかになっていた。

 一本の指で強めに奥から掻き出され、こちょこちょと小刻みな動きで僅かに残った固い部分も柔らかくされていく。

 次はどう来るか分からない動きが、私の考えをまた溶かしていく。 

 今は頭だけでなく手も足も溶かされたように身体を横たえて、この時間が終わらない事を願いもしていた。 


 ぐちっ……ずっ……ずるっ……

 くちくちくち……ぐちゅ……


 指はそこから一度も抜かれること無く耳の内側を動き続けた。

 途切れる事ない刺激。

 伝わる体温の熱さ。 

 柔らかく変化した私の耳は、その全てを逃さぬように受け取るようだった。

 

 そうしてどれだけ時間が経ったのか分からないほど行為に浸りきっていた頃。

 奥をぐりんと一周撫でられて、ぬぽっという湿り気に満ちた音と共に指が抜かれた。

 その動きには「ああっ」と、大きく口から声も漏れた。

 

 そう吐き出した途端に身体はぐったりと布団に沈む。

 自然とそうなってしまっていた。

 身体の力は既に抜かれていると思っていたけれど、やっぱり危険な場所に指が入り込んでいた緊張はどこかにあってしまったのかもしれない。

 そうした不安も消え去った中で残る心地良さと幸せな気持ちに包まれて横たわる。


 そのまま暫くすると、薬が身体に染み渡ったからか、右耳にはスッとした感じが広がっていた。

 それに気づくと、先程まではボーっとしていた頭の中も晴れてくる。

 ああ、これが通常の耳なのかって、耳の状態が悪いまま何年も過ごしていた事実を自分の身体でよく理解しながら起き上がる。


「助手さん……」


 まずはお礼をと後ろを向いた。

 けれど、助手さんはそこに座っていなかくて、布団の向こう側で背中を向けて正座をしていた。

 肩には力が入って頭は下げて床を見るようになっていて、それは何かを我慢しているように見えた。

 さっきまで気分爽快となっていた自分に冷や汗が走る。

 自分は動いていないつもりだったのに、もしかして気づかない内に蹴ってしまったのかも。

 そう思った時には助手さんに近づいていた。 


「もしかして知らない内に蹴って……」


 おろおろともしながら掛けた声に、助手さんがこちらに身体ごと向いた。

 その顔は出会ったの日に見たような痛そうな、脂汗が出ているような顔じゃなかった。

 でも、酷く疲れてしまったように見えた。


「だ、大丈夫、それはないから。分かって臨んだのに、思っていたよりもで……」

「薬を塗るのはやっぱり大変で……」

「そうじゃなくて、ちょっと個人的な事で……。あ、いや、それももう落ち着いたから……」


 そういえばヒイナは自信がないと言っていたし、きっと助手さんも慣れたものでもないのに神経を張って行ってくれたのだ。

 そう思って言葉を続けたら、助手さんは何度も「平気だ」って手ぶりも付ける。

 その様子はあの日のように痛さがあるようじゃなくて、こんなにも言われると、これ以上に聞いてしまっても良くない気がしてきた。

 だからって話を全部やめるつもりはなくて、助手さんの姿に他に言わないといけない事が浮かんでいた。 

 初めて出会った日からこれまで一緒に過ごして、普通にお話もしてきたけれど、まだ言っていない事が一つあったんだ。


「助手さん。あの時は蹴ってすいませんでした……」


 きちんと座って頭を下げると、助手さんは「えっ?」と少しの驚きを見せた後に、思い出したように小さく頷いた。

 その様子は先程までとは変わってよく知ってる助手さんだった。


「あの事か。別に気にしてなかったよ。シャウラから考えたら、仕方の無かった場面だと思っているから」

「それでも、後の事を知ったら私は謝らないといけなかったのに。これまで言えてなくて……」

「じゃあ、今、言ってくれたと、それでいいよ。あの時の事を気にしすぎて、いざって時に使えない技だと俺としても困るから。どうしてもって時には効果的なのは否定できないし止められない。俺としては「やると相手はああなるぞ」って事を今後も覚えていてくれれば……って、話してるとまた思い出して痛くなる気がするのも男なんだよなぁ。だから、この話はこれで終了としてくれると、俺としても嬉しいかな」

「は、はい。では、終了っで」


 助手さんは途中で痛さを我慢するような仕草をして、これが困ったものだと大きく動作も付けて言う。

 そのおどけた様子はこちらの気を楽にしたのと、それも私の事を思ってだと分かってそう返すと、助手さんは安心したように笑った。

 その顔に私の顔と身体の強張りも抜けて、時間が掛かってしまったけれどようやく謝れて、助手さんにそう言ってもらえて、私はそこで初めて自然と笑顔になれた気がした。




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