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マスターと助手  作者: 佐久サク
プレシャス・ジャンク
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第九話

 そんな日々が変わらず続き、背筋を伸ばし身綺麗にしろと散々に怒られる事もまた何度も起きた。

 そう何かと注文を付けられるのはいい気がしなかったけれど、真っ直ぐに立って歩けば景色が違って見えた、小ささを感じていた背丈が高くも思えもした。

 そうして何日も経つ内には自分から意識して行うようにもなり、それに連れて色々と文句を言われる事も少なくなっていった。

 そんなある日、朝に勢いよく部屋にやってきたヒイナは、過去最高に浮かれた姿で紙袋を小脇に抱えていた。

 

「さて、今日はとっておきの服を用意してきた、これだっ!」


 紙袋から取り出されたのはオレンジ色のスカートに白いブラウス。

 まだ母親が家に居た頃にはこんな物を着たこともあった。

 

「それ着るのか」

「そう、これが商売用の服。ワタシはいつも通りでいいけどさ~、新しい店員にはそれなりの服を着させないとねえ。ほらほら、用意が出来たら今日はアイスを売りに行くんだからね。さっさと着る」


 そうして服を渡されヒイナの目の前で着替える。

 上下と着た後には細かな部分までヒイナの手で調整されていくのを、私は人形のように立って待つしかなかった。







 塔から街まではアイスの入った引き車で進む。

 私がそれを引いて、ヒイナは両肩に紐を掛けた先の二つの箱を両脇で揺らしながら進む。

 引き車には中の見える透明な屋根がついていて、冷たいアイスクリームやアイスキャンディーが何種類も入っていた。

 中身の物は塔でも食べさせてもらった。

 果実や牛乳と色々な材料を合わせて、冷気を操る事が得意なヒイナが冷やして作る物で美味かった。

 問題は直ぐに溶けて行ってしまうものだという事。

 ヒイナの冷気で冷やしながら持って行くにも、今抱えているような箱の一つか二つかが限界。

 でも、塔の魔導士に作ってもらったこの引き車を使えば、冷たさをそのままに大量に長い時間も運べるという話だった。


 元気良く進むヒイナと、あまり足の進まない私。

 ただでさえ近寄りたくない場所で初めての仕事だ。

 けれど、動き始めたものは止められないと、自分に言い聞かせながら歩いた。 

 そうして着いたのは町の中心部にある大きな公園。

 商売をするにも決まりがあって、ここでなら良いと町の役所から許可を得た場所だと聞いた。

 引き車を置いて売る準備を始めると、その様子に気づいたのかすぐに客がやってくる。


 ヒイナが注文を受けて商品を用意して渡す。

 こっちの仕事は金のやりとりだけで難しいものじゃなかった。

 しかし、一度客が来たら止まらずに、勘定を間違えないようにさばくに精一杯だった。


 全部が同じ値段なら楽だったがそうはいかない。

 基本のアイスキャンディ―は一番安い。

 酒風味を混ぜたアイスキャンディ―はそれより少し高い。

 アイスクリームはアイスキャンディー類より高く、客が家から持ってきた器に入れるか、こっちで用意してある食べられる器に入れるかでまた違いが出てくる。

 客が持ってきた器ならば、少しだけ値段は安くなる。

 色んな客が来て頼む商品も様々で、緊張をする暇もないくらいだった。

 

 そうしている内にアイスの種類も減って客も随分と少なくなった。

 そろそろ片づけか……と二人で手を進めていた所に、小さな子供の二人組がやってきた。

 引き車の中を二人で覗き込み、その大きい方が顔を上げた。 


「オレンジのアイスキャンディ―とイチゴのアイスクリームください」

「アイスクリームの器は食べられる奴だね」

「そうです!」

「はいよ。では、少し待っててね」


 ヒイナが返事をしたその向こう側で、必死に覗き込んでいた小さい方が大きい方を見た。


「あたしもアイスクリームがいい。こっちのちょっと茶色いの」

「何言ってんの。アイスキャンディ―が良いって家で言ってたじゃない」

「やだー、アイスクリームがいいー」


 大きいのに強く言われて、小さい方は空を見上げて泣き始める。

 それには大きい方が俯く。


「……やっぱりオレンジのアイスキャンディ―と、このナッツのアイスクリームに変えてください」

「嬢ちゃん、それでいいの?イチゴのアイスのつもりで来たんだよね?」

「そうです……けど、お金、足りない……」

「どのくらい持ってきたの?」


 そうヒイナが聞くと、大きい方はポケットから小銭を取り出し掌に乗せて差し出した。

 その金額は確かにアイスクリーム二つ買うには少しだけ足りなかった。


「だから……アイスキャンディとアイスクリームでいいです……」


「いい」とは言うが、大きい方は明らかに元気を無くして俯いている。

 

「それでアイスはどこで食べるの?」

「……公園の、向こうの方」

「そっか。それじゃあ、今、掬うから」

「……はい」

 

 大きいのが指差しながら言うのを聞いたヒイナは、何事も無かったようにしゃがみこんで食べられる器が入ってる箱を開ける。

 けれど、何故かそこから器を取り出さずに箱を閉めて立ち上がった。


「悪いね、嬢ちゃん達。持ち帰り用の器が売り切れでさ、このままじゃアイスクリームが売れないんだ。それで……」 


 と、ヒイナは手前に手を差し出す。

 掌中心にヒューっと小さく冷たい風が巻き起こって、その後には掌には氷の器が乗っていた。


「その場合、こういう風に臨時の器で売ってるんだ。この器一つに二つのアイスを乗せる形だと、嬢ちゃん達のお金と丁度同じ値段になるんだけど、どうする?」

「そ、それじゃあ、イチゴのアイスとナッツのアイスでっ!」

「はいよー」


 ヒイナの提案に、大きいのも小さいのも顔を一気に明るくしていた。

 ヒイナは氷の器片手にイチゴアイスとナッツアイスを入れる。


「器は外側は触っても手が冷たくならないようにしてあるから。でも、30分ほどで切れる魔法だからそれまでに食べきってね。食べ終わったら水飲み場に中だけちょっと洗って後は置いておけば溶けてなくなるから大丈夫。と、先にお金をもらっておこうか。後は木匙もね」


 ヒイナの目配せを見て、木匙を二つ持って引き車の向こう側へと行く。

 値段分の硬貨を受け取り木匙を差し出すと、それは小さい方が「くれ」と手を出してきたので渡す。

 そうしている内に反対側からヒイナも来て出来上がった商品を大きい方に手渡す。

 氷の器にはイチゴとナッツのアイスクリームが乗りウエハースが二つ添えられている。


「これは口直し用のお菓子。食べられる器じゃない時に付く物だから、これにも添えておくね」


 アイスだけじゃなくお菓子まで付いてくるからか、そいつらの顔は分かり易く喜んでいた。

 口直し用なのに今すぐ食べてしまいそうな目でそれを見つめ、アイスもこの場で食べてしまいそうな勢いだった。

 

「それじゃ気を付けてね」

「はーい」


 ヒイナの声かけに二人合わせて元気よく言ってくる。

 向きを変える前に小さい方は手を振ってきて、その後は二人して遠く離れて行く。

 大きい方は器を溢さないようにゆっくりと、それでも早く食べたいと急ぐ気持ちがそこにあるのはこっちに伝わってくる。

 そんな姿を思わず手を振って見送っていた。

 もうこっちを振り向く事はないと分かっていたけれど、そうしたい気分だった。

 

「子供、好きなんだ」


 いつの間にかヒイナが隣に来ていて、口元を緩ませた顔を見せてきた。


「子供は嫌がらずに来てくれるから好きだね」

「そういうものね。と、次の客も来ないし、今日は店終いでいいかな。じゃあ、片付けするよ」

「その前に聞きたいんだけど、器はまだ残っていなかった?」


 ヒイナがアイス容器入りの箱を探っていた時に私はハッキリと見ていた、まだ三つは容器が残っていた事を。

 だから不思議に思って聞いてみたら、ヒイナはケロッとした様子で頷いた。


「うん、残ってたね」

「じゃあ、なんで……」

「客が望む物に合わせた提案をするのが商売。でも、ワタシは安売りはしない質でね。氷の器はそう幾つも作れる物じゃないし、あくまでも本来の物が無かったのでという、自分の中の規則も合わせた結果、そんなところかな。さて、氷の器を作ると、お腹が減るものなんだよね、早くお昼を食べに行こうか」


 自分も戦利品の安売りはせず、交渉も当たり前のようにするし、自分の中で譲れない線引きはありつつ、押し通すだけでなく代案を出す事もあり、そのヒイナの商売の姿勢は私にも通じるものもあった。

 そういう事かと、時にはそうした嘘も有りかと納得して、また喜んで帰っていく子供らの姿を思い出しながら、引き車を引いていくのだった。




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