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song8〜見えないけど、確かに存在している月

「noomの二人は、もう死んでいるの。幽霊となって、ああしてライブを続けているの」


 一ヶ月前、僕は明日香をnoomのライブに誘った。そして明日香から、信じられない話を聞かされた。noomの二人は幽霊だ、と。

 明日香は昔から霊感が強かったらしい。僕も初めて聞いた話だった。あまり気味悪く思われるのが嫌で、友達にもほとんど話してなかったという。

 明日香はすぐに、二人の正体を見抜いていた。そしてSAYOに聞いた。そうして歌い続けているのか、と。

 あの夜ライブが終わった後で、明日香から二人のことについて教えてくれた。

「SAYOが、初めてライブをしようとした場所があのライブハウスだった、て言ってたでしょ。たぶん、当日にライブハウスに行く途中で、二人とも亡くなったんだと思う」

「それが、もしかして新月の夜?」

「たぶん」

「それが、新月の夜にしかライブをやらない理由ってことなのか?」

「厳密に言うと『やらない』じゃなくて、新月の夜にしか『できない』だと思うの」

「どういうこと?」

「私ね、今までいろんな霊を見てきたんだけど……人によって、特別な日に思い入れがあると、その日しか現れることができなくなるみたい」

「特別な日……」

「それが新月の夜。noomの二人が、新月についてなにか強い思いがあったんじゃないかな。それで、新月の夜にしか活動できないんだと思う」

 新月の夜にしか現れない幽霊……noomの二人は普段何をしているのかは全くの謎だったが、確かにこれなら納得がいく。だが、そもそも幽霊だというのをすぐに受け入れることはできなかった。ただ明日香が言っていることだ、信じるしかない。



 その次の日、僕と明日香は図書館に行った。過去の新聞を調べるためだった。

 noomの二人が同時に死んだとなると、何かの事故に巻き込まれた可能性が高い。あらかじめ新月となる日付は調べてある。次の日の新聞を見ればいい。

「あった!翼くん、あったよ」

 明日香がその記事を見つけた。今から一年ほど前のものだった。「タクシー事故 運転手と乗客3名死亡」という見出しで、死亡したのはタクシー運転手の増川洋介(53)、乗客の青木霧人(20)、川瀬沙夜(19)とあった。

「KIRITOと、SAYO……」

 僕は呆然としていた。初めて知ったnoomの素顔が、交通事故の死亡記事……

「きっと、ライブハウスに行く途中だったんだろうね。初めてのステージだったのに……」

 明日香は、目に少し涙を浮かべながら話していた。

「どうしてもステージに立ちたくて、だから幽霊となって駆けつけて、ああしてライブを続けていたんだ……」

 僕は新聞記事を見つめていた。濃霧による視界不良と、運転手の体調不良が原因だという。濃霧……noom。それも名前の由来だったのか。

 明日香が口を開いた。

「あの歌声もギターも、マイクやスピーカーを通じて流してるんじゃないの。私たちの心に直接響かせているの」

 幽霊の声や姿はCDや映像に残せないということらしい。ああそうか、だからCDデビューやテレビ出演の話を断っているのか。

 しばらくして、明日香に聞いてみた。

「なあ、幽霊って、いつまでも居続けるものなの?」

 明日香は涙をぬぐいながら答えた。

「いつまでも、てことはないと思う。この世に飽きて自然消滅することもあるし、あとは……」

「あとは?」

「自分たちがこの世に残る理由がなくたったとき。願いがなかったりとか」

「願い?でもそれって、ライブハウスに行ってステージに立つことだけじゃないの?」

「うん、だから聞いたの、『ずっと歌い続けるの?』って」

 そうだ、明日香はSAYOにその質問をしていた。

「二人の願いは、たぶん、自分たちの曲をずっと聴いてもらうこと。路上ライブで、行き交う人たちの足を止めて聴いてもらうように。二人は……観客に立ち止まってほしいの、いつまでも。自分たちの曲を聴いてもらうように」

「立ち止まる……?」

「そう、離れてほしくないって思っている。だけど、昨日の私との話で迷ってるかもしれない。やぱり、いつまでもいっしょにはいられないって」

「それが、昨日の会話、か……」

「驚かせてごめんね。あとは二人に任せるしかないよ。幽霊にだって、自分たちで決めなきゃいけないことがあるんだから」



 noomが、次をラストライブにすると知ったのは二週間ほどしてからだった。やはり、明日香の言葉がnoomの心を動かしたのだろうか。

 そして、ラストライブの日。特に霧が濃い日だった。当然、僕と明日香は参加した。

 会場は、ライブ開始前にも関わらず、異様な雰囲気が漂っていた。もともと、ステージだけがぼんやりと照らされるライブで、それこそ時間が止まっているかのような空気だったが、今夜はわずかに空気が揺れているーーそんな雰囲気だった。

 時間になって、一瞬ライトが消えて真っ暗になった。そして再びライトが照らされたとき、そこに二人はいた。

 SAYOとKIRITO。幽霊となってライブを続けるnoom。

 一曲目は代表曲「七等星」だった。目では見ることのできない暗い星。見えないけれど、心の中で光り続けたい、だから目を閉じてーー今思うと、正にnoomそのものだ。この場所でしか自分たちは輝くことができない、だからここに立ち止まって、いつまでも自分たちの音を聴いてほしいーーそんな意味があったのか。


 途中で、SAYOのMCが入った。SAYOは悲しげな顔をしながら、今日のラストライブの意味について語った。

「今日のライブで最後にしようと思ったのは、みんなにここから離れていってほしいからなの」

 観客は静寂に包まれていた。動揺しているはずなのに、声を出すことができないような雰囲気に包まれていた。

「私とKIRITOはちょっとした事情があって、新月の夜に、ここでしかライブをすることができないの。それで、少しでもみんなに立ち止まってもらいたかったの。私たちがここから動けないからね。新月の夜だけなのに、みんなここに立ち止まってくれて、私たちうれしかった。ずっと続けたいと思ってた。私たちの音楽は、いつまでも永遠に響き渡るんだって。でもね……」

 SAYOは一息入れてから、一瞬僕の方を見た。いや、たぶん隣にいた明日香を見つけたんだろう。

「やっぱり永遠なんてないんだな、て思い始めたの。今日だって、あと10時間もすれば朝がやってくるんだし、月だって満月に向かって太っちょになっていくんだよね。永遠ってことは変わらないこと。それって、生きてることになるのかなって」

 SAYOの言葉が詰まってきているように見える。KIRITOが優しくサポートに入る。

「僕は昔アメリカに留学していて、毎日が全然違っててとても楽しかった。日本に帰ったら今度はSAYOっていう子にあって、また違った日を過ごすようになったんだ。それは本当に楽しかった。生きてるって実感があった」

 SAYOは下を向きながら、恥ずかしそうに笑っているようだった。

「なんか照れちゃうな。私もKIRITOと練習してるときはとても楽しかった。私生きてるっていう感じしてたの。でもね、今は……なんていうのかな、楽しいと言えば楽しいんだけど、いつも同じ場所で、同じ曲しかやらないし……なんかしっくりこないの。それで、みんなと直接お話をして、少しでも変化を持たせようと思ったの」

「てことは、結局僕らは変化を楽しんでたってことか」

「アハハ、そうだね、おかしいよねー。みんなには変わらない音を聴いてほしいのに、自分たちは変化を望んでるってね……そう、それに気づいたんだよね」

 徐々に照明が明るくなっていく。今までのnoomのライブにはない演出だ。

「みんなには変わってほしいと思ってる。毎日が違う、変化のある日々を過ごして、生きてるって実感を味わってほしいの。だからここで立ち止まってもらうのは今日で終わり。ここから離れて、また違う日々を過ごしてほしいの」

 ステージが明るくライトアップされた。二人の優しい顔がはっきりと見える。これが二人の素顔……

「もちろん変化って楽しいのと同時に不安だと思うの。そういうときは、私たちのことを思い出してほしいね。新月は見えないけど、地球の裏側にはいつもいるし、昼間には太陽の前にいるってこと。だから、みんなは自分好きなところに行ってきてね。いつでも私たちはそばにいるから」

 SAYOはKIRITOに目配せをする。KIRITOはギターを持って構える。

「そんな感じで、最後の曲にしたいと思います。ここでは初めてやる曲です。そういう意味でも、変化を楽しんでいってほしいな、て思います」

 KIRITOがチューニングを始める。

「この曲は、新月を歌ったものなの。見えないけどそばにいる恥ずかしがり屋。でもこれから満月にどんどん輝いていくの。そんな毎日ってきっと楽しいんだろうな、て思って作った曲です。では聴いてください。『new moom』」



  月が見えなくなってもいいじゃない 「寂しい」なんて言わないでよ

  bihind you 君の後ろにいるんだから

  ねぇねぇ 心配することないって!


  太陽が輝いててもいいじゃない 「眩しい」なんて言わないでよ

  front of you 君の前にいるんだから

  さぁさぁ いっしょにいこうよ!


  dark or bright?

  どっちだっていいじゃない!

  私は私なんだから


  new moon いそうでいない 新月の夜 

  new moon いないようでいる 昼の新月

  恥ずかしがり屋な お月様 まるで私みたい

  でもこれから変わっていくんだから!

  I can do anything!


  満月じゃなくたっていいじゃない 「見えない」なんて言わないでよ

  new to full 君の前に現れるから

  そうそう 今すぐ輝くから!


  new or full moon?

  どっちだっていいじゃない!

  変わっていくものだから


  new moon 終わりを告げた 新月の夜

  new moon 新たに始まる 昼の新月

  これから満ちていく お月様 まるで私みたい

  これからも変わっていくんだから!

  I can do anything!


  new moon night 目を閉じてごらんよ 君の後ろにいるよ

  new moon day 手をかざしてごらんよ 君の前にいるよ

  いつもそばにいるから さぁ君も

  change yourself

  because you can do anything!


  new moon いそうでいない 新月の夜 

  new moon いないようでいる 昼の新月

  恥ずかしがり屋な お月様 まるで私みたい

  でもこれから変わっていくんだから!

  だからあなたも変わっていこうよ!

  I can do anything

  so you can do anything!



 今までのnoomのライブでは聴いたことない、アップテンポな曲だった。でも違和感は全くなかった。それがnoomの伝えたいことだったから。

 曲が終わり、観客からは拍手が鳴り止まなかった。やがてステージがライトダウンされていく。noomの二人の声が聞こえた。小さい声だったけど、はっきりと。

「さようなら、そして、ありがとう」

 ステージの照明は完全に消え、そこにnoomの姿はどこにもなかった。


 僕と明日香は、ライブハウスから外に出た。ライブ前は濃い霧だったのに、すっかり晴れて星空が見えていた。

「いっちゃったね、SAYOさんとKIRITOさん」

 明日香が夜空を見上げながらつぶやいた。目元はうっすらと涙が見えていた。

「ごめんね。好きな音楽、もう聴けなくなっちゃって」

 明日香は申し訳なさそうに言った。

「そんなことはないよ。あのままだったら、僕はいつまでも通い続けたと思う。それじゃあ、noomのような音楽は出来ないよ」

 明日香は意外そうな顔で僕を見た。

「noomの音楽をコピーしようとも思ったけど、それじゃやっぱり何も変わらない。noomとはまた違った、僕なりの音楽を作っていくよ。毎日楽しくね」

 明日香は優しく微笑んでくれた。


 今夜は新月。もちろん、月はどこを探しても見つからない。

 僕は目を閉じて、一つ息を吸った。ひんやりとした空気が体の中に入ってくる。

 意識を足下に、そしてさらにその下に伝わらせる。

 そしてこの地球の裏側に、見えないけれど確かに存在している月の姿を思い浮かべていた。


(了)

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