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song6〜歌い続ける理由

 あ、この二人ーーせっかくのライブデートは、憂鬱な時間に変わった。



「明日香、noomのライブに行かない?」

 翼からそう誘われたのは、10日ほど前の朝。高校へ行く途中。西には満月より少し欠けた、白い月が浮かんでいた。

「noomってアレでしょ?新月の夜にライブやるっていう……」

「そうそう、また行きたいなーと思って」

「あれからすっかりハマったんだ?」

 1ヶ月ほど前。翼はバンドメンバーと喧嘩したけど、noomのライブに行って、noomみたいな音楽をやりたいということで仲直りしていた。確かあのときは他のメンバーから、うまくライブに行かせるように交渉役を頼まれた気がする。結果大成功だからよかったと思う。

「いいよ、翼くんの目標の音楽ってやつ聞いてみたいし」

 noomのことは翼からよく聞いていた。翼が興奮気味に話すのを聞くのは私にとっても楽しかったし、私もライブそのものは好きだから、行くのを楽しみにしていた。

 うれしかったから、ラジオの深夜番組にもメールして読んでもらった。「ライブデート楽しんできてくださいね」と言われて、恥ずかしくなって一人で夜中笑ってしまった。



 ライブ当日。金曜日だったから、制服のままいろいろ立ち寄った後、ライブハウス「deep mist」へと行った。うっすらと霧が出てきた。

 薄暗い会場の中を前のほうに進んで行く。翼の話によると、トークのときに会話できるチャンスがあるらしい。翼は張り切っていたけど、なんだか私は気分が乗らなくなっていた。今朝も少し風邪気味だったし、体調を少し崩したのかもしれない。

 やがてほとんどの照明が消え、一瞬真っ暗になった。そしてステージを、ほんのわずかな明かりが照らす。

 そこにシルエットが二つ現れた。一人はマイクスタンドの前に立って、もう一人は、ギターを持って座っていた。

 観客から拍手が起こる。この二人が、noom。

 少しの静寂の後、KIRITOのギターが奏でられた。そして、SAYOの声が、マイクを通じてスピーカーから流れる。マイクを通じて……

「え?」

 私は思わず声を上げてしまった。隣で翼が驚いたようにこっちを見ている。

「どうしたの?」

 翼はきっと私のことを心配しているだろうけど、私は翼よりもnoomの方に視線が集中していた。

 noomの二人をよく見てみる。

 ボーカルのSAYO。細い体にショートヘア。顔は暗くてよく分からないけど、たぶん私より二つか三つくらい上。

 ギターのKIRITOは長めの髪。体つきは普通より少しいいくらい。やっぱり顔は暗くてよく見えない。

 二人の奏でる音。目を閉じて聴いてみる。耳から入るというよりも、心に響くというほうが正確だ。翼もそんなようなことを言ってたけど、この音は……

「あ、この二人……」

 無意識のうちに声を出してしまったようだ。翼が肩をたたいて聞いてくる。

「明日香、どうかした?noomの二人がなんだって?」

「あ、ごめん……大丈夫。いい曲だね、心の中で響くみたいで」

「そうそう、それが僕の目指す音楽なんだよ」

 そう言って、翼はステージに目を向けた。


 心の中に響く音。

 新月の夜のライブ。

 素顔は誰も知らない。

 ラジオで曲は流さない。


 ……そうだったんだ。それが、noomの正体。


 何曲か演奏した後、SAYOが観客からの質問に答え始めた。翼も指名されたという、質問コーナーだ。

「それじゃあ最後に……そこの制服を着た女の子!」

 SAYOは私を指差していた。

「隣にいる男の子は前回のライブで確か質問してくれたよね?」

 翼は照れくさそう、はい、そうです、と笑いながら答えた。

「いっしょにいるってことは制服デートかな?うらやましいなぁ、青春だね」

 観客から笑いが聞こえてくる。KIRITOがつっこみを入ってくる。

「あれ、SAYOは制服デートの経験はないの?」

「あー……今は質問タイムだから、さ、さ、何か聞きたいことある?」

 なんでもいいよ、と隣で翼が話しかけてくる。

 悪いけど、聞きたいことはこれしかない。SAYOとKIRITOの目をしっかりと見据えて、こう切り出した。


「どうしてあなたたちは、ここで歌い続けているの?ここでずっと、歌い続けていくつもりなの?」

 

 二人の表情が明らかに変わった。質問の意味が理解できないじゃない。核心を突いているからだ。

 翼もきょとんとした顔をしているに違いない。だけど、今はnoomの二人を見つめるしかない。

 SAYOとKIRITOはしばらくお互いを見つめてから、SAYOが答えた。

「ねぇ、あなたの名前は?」

「白崎明日香です」

「そう……いい名前ね。私たちと違って明日があるんだ」

「ということは、やっぱり……」

「質問の答えね。私たちが初めてライブしようとした場所がここだった。これでいい?」

 沙夜はやさしく微笑んだ。なんだか申し訳ないことをしているようで気が滅入る。

「これからも続けるんですか?」

「……わからない」

「わからない?」

 意外な答えに、私は戸惑ってしまった。

「ずっと続けていくつもりだった。こうしてみんなに、私たちの曲を聴いてもらうのが、私たちの夢だったから。月の無い夜、霧が立ちこめるこの街で、いつまでも永遠に響き渡るようにね。だけど……今、あなたの名前聞いて、考えてるの」

「私の……名前?」

 観客がざわめき始めている。きっと、私とnoomにしか分からない会話だからだろう。

「あなたは明日に向かって生きているの。そんなあなたを私たちが、引き止めるのって……あまりよくないことなのかな、て」

「引き止める?」

「人生って、毎日が変わるからおもしろいでしょ?今日と違う明日があるから楽しい……やっぱり、同じところに立っているよりも、変わっていくほうが自然なのかな、て」

「そうですか……わかりました。あとはお二人の考えに任せます」

「ありがと。これからも彼氏とのデート楽しんでね」

「ありがとうございます」

 SAYOが笑いかけてくれたので、私も笑い返した。隣で、どういう表情をしたらいいのか分からない翼が立っていた。



 ライブ終了後、私と翼はコーヒーショップに入った。翼が誘ってくれたから……というよりも、聞きたいことが山ほどあるからだろう。

「あの会話、どういう意味なんだ?」

「どうって、まぁ、そのままの意味なんだけど」

「いやいや、全然わからない。最初から様子が変だったけど、何か関係あるのか?」

 私は正直迷った。noomの二人がどういう決断をするのかわからないし、そもそも説明していいことなのか。

「明日香、僕は先月、ライブに行くように説得してくれて、本当に感謝している。だから、明日香の言うことは信じるから、教えてくれ」

 SAYOはこれからもデートを楽しんでね、と言ってくれた。「これからも」ということは、明日に向かってーーそういう意味なのか。

 ここで私が話さなかったら、何も変わらないかもしれない。このままnoomは豊霧市のカリスマアーティストとして、その音楽を響き続けていくかもしれない。

 だけど多分、それはもうnoomの本意ではないと思った。私も、翼も、そしてnoom自身も、月の無い夜、霧が立ちこめるこの街で留まってはいけないんだ。変わらないといけない。

「じゃあ、話すね。信じてもらえないかもしれないけど……」

 翼は真剣に聞いてくれた。外の霧は、少し薄らいでなっているようだった。

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