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song5〜見えない月

 時刻はもうすぐ午前1時。ブースの窓からは、右半分が欠けた下弦の月が見える。



 豊霧市にあるラジオ局「FMみすと」。そこで私は金曜日の夜に番組を持っている。主に中学生、高校生向けに音楽のことや学生生活のことをテーマに話している。 番組を持ってもうすぐ1年。平日は大学に通う2年生。ネタ探しや準備など大変だけど、毎回メールしてくれる固定リスナーも増えてきて、とてもやりがいがある。

「さぁここでメールを1通紹介しましょう。ラジオネーム『ピンキー・リング』さんから」

 たまにメールを送ってくれる女子高生の子だ。

「咲さんこんばんわ!来週、彼氏とライブデートすることになりました。『noom』っていう、豊霧市では有名なバンドのライブなんですけど、私は初めていくので、どういう人たちで、どういう曲を歌うのか教えてくれませんか?あと、新月の夜にしかライブをやらないっていう噂は本当なんですか?咲さん、よろしくお願いします!」

 noomか……すっかり有名になっちゃったね。

「というわけで、ちょこっとだけだけどnoomの紹介を。noomはボーカルのSAYOとギターのKIRITOからなる二人組のユニット。1年ほど前からライブハウス『deep mist』で活動を始めたんだけど、『ピンキー・リング』さんの言う通り、新月の夜にしかライブをやらないということで神秘的な人気があるバンドですね」

 新月の夜にしかライブをやらない、か。厳密にはちょっと違うんだけどね。

「私も何回かnoomのライブには行ったことあってね、noomの音楽はバラードメインで、静かに聴かせるタイプの曲が多いかな。でもボーカルのSAYOの声は包み込むように囁いて、時には突き刺さるように叫んで、というように曲ごとに違った声色で楽しめるし、KIRITOのギターはそれをしっかりサポートしていて、激しくはないけどしっかり響く、という感じかな」

 二人の相性がこんなにもいいなんて、最初は思っていなかったけどね。

「残念ながら今ではライブハウスだけの活動ということでラジオなどで曲を流すことはできないんだけど、そのぶん貴重な経験だと思って、ライブデート楽しんできてくださいね」

 音響担当の人に合図を出す。一曲流す合図だ。この曲はイントロがないから、最後に曲紹介すればいい。ヘッドフォンからディレクターの声が入ってくる。

「曲が4分27秒、終わったら曲紹介含めて12秒話してからCM入ります」

 ふぅ、と一息つく。フルコーラス流しているときは、話し手にとっては貴重な休憩時間だ。

 

 半年くらい前から、noomのことを書いてくるリスナーのメールが目立ってきた。それだけ、二人の音楽が響き渡っているということか。

 本当にうれしく思う。私が引き合わせた二人が、こんなにもみんなに愛されているなんて。

 私は思い出していた。沙夜といっしょにいた高校時代と、大学で霧人先輩と出会ったこと、そして二人を紹介したことを。



「私、大学には行かないから。バイトしながらボーカルスクールに通って、いつかアーティストになるの」

 学校の屋上で、私と沙夜は大の字になって空を見上げていた。どこまでも突き抜けるような、青空。

「それって……この前のオーディションで何かあったの?」

 私は沙夜を横目で見ながら聞いてみた。沙夜のショートヘアが、静かに風になびいている。

「なーんもなかった。だから、今度は自分で何かを起こすために、レベル上げておくの」

 沙夜はレコード会社主催のボーカルオーディデョンを受けていた。最終選考の一歩手前まで行ったけど、そこでダメだったらしい。

「あ、ちょっとはあったかな。審査してくれた人があとで声かけてくれたの。しっかり練習すれば、もっとよくなるって。それからでも遅くはないって」

「でもボーカルスクールだったら、大学行きながらでもできるんじゃないの」

「大学は試験とかで余計な神経使いそうだから。そりゃバイトだっていろいろ大変だろうけど、スクール代も自分で出したいし」

 もともと沙夜は頑固な性格だ。これ、と決めたら何があっても変えることなんてない。高校3年の秋にこんな話聞いたら先生たちは大変だろうな、と他人事のように心配していた。

「咲はそのままでいくつもり?」

「うん、今の調子なら合格できそうだし」

「ふーん、じゃあ私たち、今度の春でお別れだね」

「別に引っ越すわけじゃないんだし。いつでも会えるじゃん。その間に私はラジオに出ること目指すから」

 大学入ったら放送サークルに入って、ラジオで自分の声を届けたい……それが私の目標。テレビよりも人々の声を受け取りやすい、それでいて私の声を伝えやすい、そんなラジオというメディアの魅力に惹かれていた。

「そーだよね。あ、私がデビューしたら、咲のラジオに出させてよ。約束だよ」

 咲が私の方に顔を向けて笑った。

「オーケー、約束」

 私も笑い返した。秋の風がまた、やさしく沙夜の髪をなびかせた。沙夜は空を見上げ直した。

「今日は新月なんだって」

「え?」

 沙夜はたまに突拍子もないことを言う。

「夜には地球の裏側に隠れちゃって、月が見えない日なんだって」

「中学の理科で習った気がする」

「でもさ、実は今の昼間にはさ、太陽のほうに月があるってことだよね」

 沙夜は腕を高く上げて、太陽の方角に向かって指差した。

 太陽、月、地球の順……これで夜になると、月は見えなくなるけど、確かに昼間は太陽の方向に月がある。太陽が眩しすぎて見えないだけだ。

「うーんっと……あ、そうなるか」

「新月って私好きなの。今は目の前にいるのに見えないし、夜になったと思ったら隠れちゃって見えないし」

 私は太陽の光の前に月の輪郭を描きながら、沙夜の話を聞いていた。

「いそうでいない、いないようでいる。恥ずかしがり屋だけど、いつもそばにいる。それにこれから輝いていくんだから、毎日楽しそう……私、そんな歌手になりたいの」

「……どんな歌手なの、それ」

「わかんない!」

「なに、それ」

 私も沙夜も思いっきり笑った。雲一つないこの青空に、どこまでも突き抜けるように。


 翌年の春。沙夜はバイトしながらボーカルスクールに通い、私は大学に通うことになった。

 私は大学で放送サークルに入った。ラジオ局を見学させてもらったり、たまに先輩といっしょに「FMみすと」で番組を流してもらうこともあって、充実した大学生活だった。

 一方沙夜の方もボーカルスクールでがんばっていたけど、すぐにオーディション、デビューというわけにもいかなかったらしい。しっかり実力付けてからオーディションを受けさせる、というのがそこの方針のようだった。


 半年後。私のサークルに、見慣れない男の人が一人いた。話し方からすると年上らしいけど、半年間見たことは一度もなかった。その人が霧人先輩だった。

 霧人先輩は1年間アメリカに留学していて、学年的には一つ上だった。向こうではバンドも作って、ギターをやっていたらしい。いろいろお話をしていると、日本でもバンドを続けたい、できれば女性ボーカルで組んでみたい、ということだった。

 女性ボーカル……私は沙夜のことを思い浮かんでいた。霧人先輩の自作曲を聴いて、なんとなく合う気がしたからだ。私は思い切って、二人を紹介することにした。


 二週間後。私と沙夜は霧人先輩の家に行った。狭い部屋の中に音響機器が並んでいた。アメリカで買ったものとか、帰るときに向こうのバンドメンバーからのプレゼント品もあるらしい。

「じゃあ、まずは好きなように歌ってみて」

 霧人先輩がヘッドフォンを耳につける。

「はい、よろしくお願いします」

 沙夜がマイクに向かう。手には小さなノートを持っている。

 沙夜が前もって聴いた霧人先輩の自作曲に、歌詞をつけてきて歌う……それが今日の課題だった。ノートには「new moon」と書いてあった。


  "new moon いそうでいない 新月の夜 

   new moon いないようでいる 昼の新月

   恥ずかしがり屋な お月様 まるで私みたい

   でもこれから変わっていくんだから!

   I can do anything!"


 沙夜が歌い始めると、霧人先輩の表情がどんどん変わっていく。まるで子供のように目を輝かせて。曲が終わっても、霧人先輩の視線は沙夜から離れようとしなかった。

「あのー……先輩?」

「あ、ごめん、おつかれさま」

「どこか、ダメなところありましたか?」

沙夜は心配そうに霧人先輩を見た。

「いや、むしろ完璧だよ!僕の探していた声そのものだったから。沙夜ちゃんこそ、僕の曲はどうだった?歌いにくかったりしなかった?」

「いえ、全然。私の声に合ってるというか、うまく乗せてくれるというか……」

「よかった!もうちょっと歌詞も音も詰める必要はあるけど、これならいっしょにやっていける気がする……いっしょにバンド組まないか?」

「え、いいんですか?」

 沙夜はうれしそうな顔をしていた。ボーカルスクールではなかなか大勢の前で歌うことがないらしく、久々にわくわくする、という感じだった。


 それからしばらくは霧人先輩の家で曲作りするという日が続いた。路上ライブでは人の足を止めるのが重要だということで、カバーをいくつか歌いこなすこともやっていたという。

 そして初めての路上ライブの日。私も準備を手伝った。

「咲が私たちの初めてのお客さんだね」

「ありがとう。霧人先輩、沙夜をよろしくお願いしますね」

「ハハ。いやーしかし、初めてというのはいつになっても緊張するなぁ。アメリカじゃあ何十回もやったんだけどなぁ」

「お願いしますよ霧人さん」

 バンドメンバーなのに先輩と呼ばれるのは何かおかしい……そう言って霧人先輩は沙夜に対して先輩付けを禁止させたようだ。

「あー満月だ!」

 沙夜が東にある満月を指差して声を上げた。

「うーん、ちょっと眩しいかな……」

「そうか、沙夜ちゃんは新月が好きなんだっけ。しまったなぁ、日にち間違えちゃったかな」

「いいですよ全然。ちょっとしたライトアップみたいで」

「じゃあ、照明も点いたところで始めますか」

 二人のデビューライブが始まった。なかなか道行く人の足を止めることは難しいけど、何人かは聴いてくれて、拍手してくれた人もいた。中には、同じように路上ライブしている人も声をかけてくれた。

 数曲やったところで、私は別れることにした。ラジオの打ち合わせがあるからだ。

「ありがとうね、咲。自分の番組の打ち合わせなんだよね。ラジオがんばってね!」

「咲ちゃん、沙夜を紹介してくれてありがとう」

 私も翌月から自分一人だけの番組を持つことが決まっていた。みんな、新しい道を見つけたようだった。


 打ち合わせが終わると、沙夜から電話がかかってきた。

「ちょっとちょっと咲どうしよー。スカウトされちゃったんだけどー」

 沙夜がものすごく興奮している。こんな沙夜は始めてた。霧人先輩が代わりに電話に出る。

「ライブハウスの『deep mist』って知ってる。あそこのオーナーが僕らのライブ聴いて、今度うちでライブしてみないかって言われちゃったんだよ。とりあえずはオープニングアクトで一曲だけなんだけど」

「すごーい!いつなんですか?」

「二週間後。だからちょうど新月になるかな?」

 咲の声が入ってくる。

「咲、後でチケット渡すから、絶対来てね。必ずだよ」


 二週間後。ライブ当日。霧が濃い日だったのをよく覚えている。

 沙夜と霧人先輩、いや二人はnoomというバンド名で、SAYOとKIRITOはステージの上に立っていた。「七等星」という、私が初めて聴いた曲だった。初めて二人が出会ったときの曲「new moon」とは少し違った、どちらかというと閉鎖的な世界観。だけど今日みたいな、月の無い夜に、霧が立ちこめるこの街でよく響く曲だった。観客全員が、二人の音に聞き惚れていた。私がこの二人のキューピット役だったと思うと、無性にうれしくなった。

 ライブ終了後、私は二人に会いに行った。廊下で二人の後ろ姿を見つけたが、誰かと話をしているようだった。沙夜の声が耳に入ってくる。

「私たちのライブ、今日みたいな新月の夜だけということでお願いできませんか?他の日、他の場所では決してライブしないという条件で、お願いできませんか?」

 私には、沙夜の言葉の意味が理解できなかった。いろいろな言葉が聞こえてくる。プロ、CD、大きなステージ、事情、新月の夜には必ず来る……

 男の人との話が終わると、二人は私に気づいたようだった。

「あ、咲、今日はありがとね。ステージからも見えたよ」

「ねぇ……さっきの話って……」

 霧人先輩が割って入ってくる。

「さっきの人、ここのオーナーなんだ。ちょっと無理なお願いしてたところ」

「あのね、聞いて咲。私たち、今日みたいな新月の夜にだけ、ここでライブすることにしたの」

「それ……どういうことなの」

 沙夜は、なんだか悲しそうな顔つきだった。

「うまく説明しにくいんだけど……ちょっと事情ができちゃって。新月の夜じゃないとダメみたいなの、私たち」

「ダメみたいって……なにそれ」

「わかんない!わかんないんだけど……お願いわかって。たぶん、そのうち咲もわかってくれると思うの」

「信じてくれないかもしれないけど、僕ら次の新月の夜もここでライブやるから」

「お願い咲!次のライブも来て!そうすれば、分かってくれると思うの」

 沙夜は頑固な性格だったのを思い出した。これ、と決めたら何があっても変えることなんてない。だったら、信じるしかないと思った。


 次の日、私はあることを知った。信じられなかった。だけど、沙夜のことは信じようと思った。

 そして次の新月の夜、沙夜と霧人先輩はnoomとして、SAYOとKIRITOとして「deep mist」のステージに立っていた。信じられなかったけど、信じることにした。



「10秒前!」

 ディレクターからの声がヘッドフォン越しに入ってきた。休憩は終わりだ。番組はあと30分。もう一仕事しないと。

「お送りしたのは、こちらも月に由来をもつアーティストの曲です。moumoonムームーンで『青い月とアンビバレンスな愛』でした。『ピンキー・リング』さん、noomのライブデート楽しんできてくださいね」

 沙夜、聞いてるかな?私の夢はかなったよ。沙夜の曲はラジオの電波にのせて流すことはできないけど、こうしていっぱい紹介するよ。


 CMの間、ふとブースの外に視線を動かした。窓から見える下弦の月は先ほどよりもぼやけて見えた。少し霧が出てきたのだろうか。私は思わず笑みを浮かべてしまった。

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