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song2〜霧の中の秘密

 この二人の音楽はCDに出来ないなーーライブを見てそう感じた。



 noomのことを知ったのは、地元に住んでる友達からだった。

 すごいバンドがいる、有希に聴いてもらいたい、有希のレコード会社からデビューさせてよ、と。

 私が勤めているのは中堅のレコード会社。各地でオーディションをやったりもするけど、口コミで評判の高いアマチュアバンドのライブに自分たちで足を運んで探し出すことも多い。原石が見つかるのは稀だけど、いろんな音楽を聴けるのは仕事をする上でいい刺激になる。

 今回も友達からのお勧めということもあって、視察することにした。


 私の地元、豊霧市とよぎりし。昔からよく霧が出るからそういう名前がついたらしい。地形的に霧が発生しやすいらしく、地元を離れてから、確かにこの街は霧がよく出ると思うようになった。

 この日は昼過ぎに着いた。駅前で友達と待ち合わせして、昼食を食べながらnoomのことについていろいろ教えてもらった。

「有希のところからデビューしてもらいたいからね、他の友達とかにも聞いてみたんだけど……まず『noom』って名前、意味が二つあるみたいなの」

「二つ?」

「新月の夜にしかライブをやらない、てのは話したでしょ。普通の月のイメージって満月で、新月はその逆。だから英語の『moon』を逆から並べて『noom』」

「ふーん、なんとなくそれは想像ついてたけど」

「さすが有希、英語は成績よかったからね」

「いや、たぶん関係ないと思うけど……」

「まぁまぁ。で、もう一つ。濃い霧って書く『濃霧』。それも兼ねてるみたいなの。つまりここ豊霧市で活動したい、という意味が込められているの」

「なるほどね、なかなか洒落てるじゃん」

 友達は、まるで自分が褒められたからのように笑った。

 次に、私が疑問に思っていたことを聞いてみた。

「noomはいつから活動を始めたかわかる?」

「新月の夜のライブを始めたのは10ヶ月くらい前みたい。いつも同じライブハウスでやってるから、そこのオーナーに聞けば分かるんじゃないの」

「そのライブハウスで演奏する前は?」

「その辺はさっぱり」

 友達はあっさりと言った。

「じゃあ、どうして新月の夜だけなの?」

「それもさっぱり」

「……それって重要なところじゃないの?」

「そうなんだけどさ、いつどうやって結成したのか、どうして新月の夜なのか、普段何をしてるのか、誰も知らないの。ま、そういう謎めいたところもnoomの人気の一つなわけ」

「素顔は誰も知らないってこと?」

 友達は相づちを打った。

「そう。だからね、実は超大物アーティストじゃないか、なんて噂もあるほどなの。もちろん噂だけど」

「なるほど、ね……」

 分かったのは、とにかく新月と豊霧市にこだわっているということぐらい。後は、実際に聴いてみるしかない。



 ライブハウス「deep mist」。ここでnoomは、新月の夜にライブをやっている。

 スカウトするときは、事前にバンドメンバーには知らせない。なるべく普段のパフォーマンスを見たいのと、逆に緊張しても困るからだ。

 ただライブハウスのオーナーには、一応話はしておく。録音、録画の許可が下りれば、会社に戻ったときに報告しやすい。

 オーナーである有明龍哉は少し戸惑いながらも、丁寧に対応してくれた。そしていろいろなことが分かった。

 noomは10ヶ月ほど前、路上でライブしていたところを有明が見つけ、他のバンドのオープニングアクトとして抜擢した。ライブハウスで披露した日がたまたま新月の夜だった。観客の評判がよかったため、次からはワンマンライブとなった。ただ新月の夜だけ、というのはnoomからの提案であり、その真意については有明も知らないと言った。noomの二人が普段何をしているのかも知らないようだった。

 撮影の許可については強く拒否された。音楽を聴くことに集中してほしいという有明の意向で、観客全員に撮影は禁止させているようだ。

 ただ穿った見方をすれば、それこそ本当に超大物アーティストなのかもしれない、とも感じとれてしまった。



 霧が立ちこめる夜、「deep mist」でnoomのライブが始まった。

 ほんのわずかな照明の下で響き渡る、SAYOの透明感ある声と、KIRITOの繊細なギター。

 なるほど、確かにいい。心に響くものがある。これなら地元で有名になるのも無理はない。だけどーー


 この二人の音楽はCDに出来ない、そうとも感じた。


 レコード会社としてアーティストを売り出すとき、その人たちの特性にあったプロモーションをしていく必要がある。CMやドラマ曲として売り出す場合が多いが、バラエティー向けな人もいる。ライブに定評があるなら他のアーティストのライブと抱き合わせて宣伝していく方法もある。最近ではケータイから売り出すことも多い。

 noomの場合はライブ向けのアーティストだ。それは間違いない。SAYOのMCが耳に入ってくる。

「いつでもどこでも聞ける音楽……それはちょっと私たちの音楽じゃないの」

 そう、この二人の場合、CDや音楽配信といった、圧縮された音源では伝わらない何かがある。

 noomの音楽はこの瞬間、この場所でないと響かない。

 雑音の多いマスメディアでは、彼らの繊細な音楽を完全に伝えきれるとは思えなかった。

 私が考えを張り巡らしているときに、不意に「レコード会社」という言葉がSAYOの口から出た。

「実は今日ね、あるレコード会社の人が見学に来てくださってるの。もちろんどう評価されるか分からないけど、私はライブで声を伝えたいの。この、新月の夜に、このライブハウスで」

 有明から知らされたのか。でも緊張を感じさせず、かといって無理していないパフォーマンスだ。

 放っておくのは惜しい。だけど……スカウトはしないことにした。



 ライブ終了後、有明に会いに行った。noomに私のことを話したのかと聞くと、すまない、うっかり口をすべらせちゃってね……と笑いながら話した。

「で、どうでしたか天川さん、うちの看板アーティストnoomは?」

私は正直に感じたことを話した。実力は文句なしだが、メディアに流すと逆に印象が薄れてしまうということを。

「なるほどね……率直な評価をありがとう」

「ところで、noomのお二人は?」

「ん、ああ、もう帰ってしまったよ」

「そうですか。是非ともお話をしたかったのですが」

「ああ、それは残念でしたね。さっきのことは私から伝えておくよ」

 ……何か引っかかる。何かは分からない。強いて言えば、女の勘だ。

「私の方から直接、連絡を取らせていただくことはできないんでしょうか」

「あまりそういうのは、私はお勧めしないんですよ。またnoomに会ったときに、そのことも含めて伝えておきますから」

 有明は腕を組んだ、あまり触れて欲しくないことなのだろうか、話を切り上げようとしている。ただこれ以上食らいついても教えてくれないようだし、印象を悪くするのもよくない。私は諦めることにした。



 外に出ると、霧がまだ残っていた。

 ……有明は知っている、noomの正体を。新月の夜にライブをする理由を。それらを敢えて隠している。

 おそらくそれは、noomのカリスマ性を高めるためではない。noomの存在意義に関わる重要な秘密のような気がする。

 それに、SAYOのあの声はどこかで聞いたことがある気がする。どこだろう、聞き覚えがあるのに、思い出せない。


 実家に帰った私は、親との会話も早々に切り上げ、自分の部屋で仕事を再開した。バッグの中からビデオカメラを取り出す。

 有明からは撮影禁止だと言われたけど、会社へ報告するには必要だ。さすがに堂々と撮るわけにはいかないが、音声くらいは録れるし、ステージもほんのわずかだが写せる。

 私は再生ボタンを押した。

「・・・?」

 私は画面を見て呆然とした。これが、noomの秘密なのか、と。

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